第20話 失望
それから数分が経った頃だった。
「失礼します…」
生徒会室のドアが開き、男子生徒の一人が入ってきた。ひょろっとしていて顔は少しやつれていた。
「二年の
「相談者の方ね。どうぞ、そこに椅子があるから座って」
その男、川平は会長の向かい側にパイプ椅子を置いて座り、そして俺の方へと視線を向けていた。
「え…誰?」
「影井勇綺君、新しい生徒会の一人なの。仮なんだけどね」
「え、生徒会?こんな人いた…?二年だよね…見たことないけど」
こいつもまた、面識のない人物だ。知らないのも当然だ。
「まあ、どうでもいいや。それより相談を聞いてください。俺、男子バレー部を辞めたいんです。でも、自分からはなんていうか言い出しづらいというか…。それで、もし良かったら生徒会長に代わりに辞めることをバレー部員達に伝えてくれないかなと思いまして」
辞めたいけどそのことを言い出せない空気だからなんとかして欲しいということか。
意思が弱いのもあり、そういうことを打ち明けられない人間も多い。俺だってそっち側の一人だ。
嫌なことを無理矢理続けることが正しいなんてことはないだろう。
ただし違う、ここは悩み相談室なだけでなんでも屋ってわけではない。
こいつは何かを相談しようとしに来たのではなく、ただ頼みごとをしに来ただけではないか。
「いいよ、そんな事ならお安い御用だよ」
会長は相変わらずの早さであっさり引き受けた。これは相談なんて呼べるものではない。
「ありがとうございます!それじゃあよろしくお願いします!」
川平は一言だけお礼を言って帰ろうとドアを開けようとする。
「ちょっと待ってくれ」
俺はそう言って、その川平を引き止めた。
川平はこちらを振り向いた。会長も驚いた様子だった。
「え、何?」
「そんなこと自分で言えばいいだろ?」
「あのさぁ…あんたが誰か知らないけど話聞いてたよね?言いづらいから代わりに言ってもらいたいんだって」
「お前はなんで部活を辞めようとしてるんだよ、その理由ぐらい聞かせてくれよ」
「会長が引き受けてくれたんだから、別に理由なんて言わなくてもいいだろう」
「俺も一応ここにいる生徒会だ。聞ける権利ぐらいある。そうですよね、会長」
少しポカンとした表情をしていた会長だった。俺が話に入って来たことが意外だったのだろうか。
そして会長は口を開いた。
「…え、ええ…。あの、教えてくれないかな?」
「…わかりましたよ」
そうだ、それを行うにしても理由は聞いておくべきだ。そんな安易に引き受けてもいいものではない。
川平はもう一度椅子に座った。
「部員達、特に同学年と馬が合わなくなったんだ。部員全員本気になってきたというか、だからなんかついて行けなくなったから辞めたくなったんだよ」
逃げ出したいわけか。それでまた辞めることからも逃げ出すというわけだ。
逃げるのが悪いことだとは思わない。何せ逃げてばっかの俺だからな。人にとやかく言える筋合いではない。ただ、こいつの場合は違うだろ。二年ってことは一年はしっかりやってきたってことなんだろ?それなら話は変わってくるだろう。
「一年やってきて部員の一人として認められてきたところで辞めるってのは他の部員にも迷惑がかかることわかっているだろ」
「別にいいんだよ!俺は大して活躍もしていないんだから、辞めたって…」
「だからって勝手に断りもなく辞めることが許されると思うのか?」
「さっきからなんだよ偉そうに!お前だって今ここにいるってことは部活入ってないってことだろ?それなら人のこと言える立場じゃないだろ!」
「そうだ、俺は部活に入ってない、なぜなら最初からやる気がないからだ。どこにも所属していなければ初めからそんなことで悩む必要もないんだよ。お前も中途半端な気持ちでやるくらいなら最初から入らなければよかったんだよ」
俺は反発して意見を言った。こんなことをするのなんか初めてなのかもしれない。
川平は怒りを露にした顔をしていたが、何も言い返さない。言い返せるようなこともないんだろう。
どうだ、わかったか。これが逃げの常套手段だ。逃げるなら逃げれる環境を確保しておくべきだ。常にそこの一員として溶け込もうとしなければいいんだ。そんなんだから辞めるのが困難になるなんて状況になるんだよ。
「影井君…!もういいの…」
会長が止めに入ってきた。
「大丈夫だから、川平君の気持ちも受け取ってあげましょう。辞めたいのは変わりないでしょうから、しっかりと引き受けるから。だから安心してね」
「そ、そうだぞ!お前がなんと言おうが俺は会長に頼んでいるんだからな!」
どうして…どうしてなんだ。俺は会長のことを思ってやっているのに。
「だとしても、なんで会長に頼むんだよ、他の友達にでも頼めばいいだろ。それか顧問の先生にだけひっそりと言えばいい」
「そんなこと気軽に頼めるような友達もいないんだよ。他の部員に頼めるような事柄でもないし。それと顧問は怖いんだよ、すぐに反対されるのがわかりきっている。辞めること自体は自由だ、後からそのことが顧問にも知れたらそれでいい。…それに、生徒会長ならどんなことでもやってくれるってことを噂に聞いたからさぁ…」
どんなことって…そんなことが広まってるのかよ…。確かに、この会長ならどんなことでもしてしまいそうだ。それがエスカレートしていったらその後どうなってしまうのか、そんなこと想像したくはない。
「川平君、安心して。ちゃんと私から言っておくから」
「頼みましたよ…生徒会長さん」
川平は俺を睨むようにしてから、生徒会室から出て行ってしまった。これ以上引き止めようとする気力が俺にはなかった。
「…なんで引き受けてしまったんですか」
「だって…困っている人がいるのなら、それを助けてあげたいの。何もしないなんてことは出来なくて…。頼られて、出来ることがあるならそれをしてあげたいな…って」
「会長がやろうとしてることは川平の成長を阻む行為でもあるんですよ。辞めたいなら自分の意思で自分から言うべきですよ。人に優しくすればその人の為になると思うなら大きな間違いですよ」
「うん…それもわかってるの…それでも…私は、その人が幸せになって笑顔でいてくれるのが一番なの。どんなことであっても、困っている人は助けてあげたいの」
「こんな感じの頼み、何度もされていたってことですか?これは相談じゃないですよ、嫌な仕事押し付けられてるだけじゃないですか」
「周りからは何度か止められることもあったけど…。私はそうは思っていないから、構わずにしていることなの」
そして、会長は席を立ち上った。
「今から行く気なんですか?」
「…ええ。バレー部が帰らない内に今からね…少し待っててくれるかな?」
「こんな利用されるようなこと、下級生からの頼みなんてやらなくてもいいじゃないですか」
「それでも…自分がやりたくてやってるの」
ここまで俺が止めようとしても聞く耳も持とうとしない。こんなにまで人に意見をすることなんて今までにないぐらいのことだというのに…。
俺はこの、なんでも引き受けてしまう会長のことがどうにも好きになれなかった。損する生き方をしてほしくない。そう考えていたら俺はこんな質問をしてしまった。
「もし、今その生徒の依頼を受けるのを拒否しなかったら、俺が仮の生徒会を辞めるって言ったら…会長はどうしますか?」
「えっ…?…そ、それは…」
会長はその問いにすぐには答えず、悩んでいる様子だった。
沈黙が数十秒ほど続いた。
俺は、すぐにでも俺が辞めることを撤回させてくれるものだと思った。しかし、会長は迷っていた。
…思い違いをしていた。その時、所詮俺も会長にとってそこまでの人間なんだと思い失望した。
俺だろうがあの川平とか言う男だろうが扱いは一緒なんだ。勝手に会長にとって、自分だけが特別な存在なんだと勘違いをしていた。馬鹿だった、そんなわけがなかったのに。会長はこの学校の生徒全員が好きなだけだ、俺はその一員に過ぎない。
「もういいです。勝手にしてください」
俺は自分の鞄を持って生徒会室から出て行こうとした。
「待って、影井君…!」
後ろを振り向く。しかし、何も言うことなくただ悲しげな顔をしていて何か言いたげなようだった。
俺は、もう会長のことなんかどうでもいいと思い生徒会室を出て行った。
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