第19話 呆然

 次の日の放課後。


 「行くよ、勇綺」

 

 授業が終わるなり、秋山は席を立って俺に向かってそう言ってから教室を出て行った。

 当たり前のように今日も来るものだと思っているのだろう。行かないで逃げ出してやろうなんて考えもあったが、そういうわけにもいかない。

 俺は不機嫌な気分のままでいた。今でもなぜ俺なんかが生徒会に行かなくてはならないのか、そして神崎の脅しによって会長に付き合わなければいけないのかがどうにも腑に落ちない。

 …それもあったが、あの会長の行いがどうにも引っかかっていた。あの行為がどうしても気がかりだ。


 俺は気乗りしないままに、秋山が教室を出て行った後に、それについて行くように俺も教室を出る。


 秋山と少し間を開けてから俺も生徒会室に入る。今日もすでに四人が集まっていた。霧島は今日もいないみたいだ。

 会長と目が合うと、いつものような笑顔を見せていた。


 「こんにちは、影井君」

 「こんにちは…」


 小さな声で返事をした、そして自分の席に着いた。


 …それから、昨日同様に活動報告が10分程度で終わる。俺は特に耳にも留めずに今日も聞き流していた。


 「それでは以上、今日の活動は終わりです。皆さん、お疲れ様でした」

 「会長、また明日。勇綺、もう帰っていいよ」


 秋山は立ち上がりながらにそう言って俺の後ろを通り過ぎて行ったが、俺は立ち上がることをしなかった。


 「…どうしたの?」


 俺が動こうとしなかったことに不思議そうな声色で後ろから聞いてきた。


 「華蓮、勇綺はまだ生徒会活動をするらしいから帰らないよ」


 神崎はそんなことを言った。大体お前のせいだろうが。


 「え?活動って…勇綺がまだ残るの?本当に?」

 「…ああ」

 「えっ?影井君、今日も残ってくれるの…?」


 俺がそう答えるなり秋山、そして会長も驚いていた。会長は嬉しいような、ただそれだけでもないような表情をしていた。


 「今日もって…昨日も残っていたんですか?」

 「ええ、昨日は生徒会室まで戻ってきてくれて、生徒会のお手伝いしてくれたの」

 「勇綺がまさかそんな活動に積極的になるなんて思いもしなかった…。ていうか龍介、なんでそんなこと知ってるの?この前のことと言い、二人がそんなに仲良くなったなんて考えられないんだけど…」


 そうだ、俺がこんな奴と仲良くなれるわけなんてない。


 「昨日あの後、こっそり僕に相談して来たんだ。自分も会長の役に立ちたいんだってね。だから活動を手伝ってあげなよと助言してあげただけだよ」


 こいつ、また平気で嘘をつきやがって。


 「うーん…そんなの全然信じられないんだよなぁ…。…まぁいいや、いいことだと思うよ。会長一人だけじゃ大変なこともあるだろうし、勇綺が生徒会活動に積極的になったことはいいことだよ」


 いいこと…なのかねぇ…。


 「じゃあ頑張って、勇綺」


 そう言い去って、秋山は生徒会室を出て行った。


 「それでは僕も失礼します。勇綺、後は頼んだね」


 ニヤリと笑いながら神崎も生徒会室を後にした。


 「…では、私も…」


 タイミングを見計ってからのように東條も立ち上がってから生徒会室を出ていった。そして生徒会室には俺と会長だけが残った。


 「…影井君が今日も残ってくれるなんて思ってなかった…。でも、嬉しい」


 好きで残ってるわけでもないんだがな。いつになったら解放されるんだか。

 会長のお人好しな性格が直れば俺ももうお役御免なのだが、早いとこなんとかしてほしい。神崎のことだ、ちょっとやそっとどうにかしただけではまだ許しはもらえないんだろう、あいつの方から何か言ってくるまでは付き合わなければいけないんだろうな…。


 「要望用紙を取ってくるから、少し待っててね」


 会長は席を立ち上がり、生徒会室前の目安箱を取ってきた。

 そして自分の席に座り、その箱を手元に置いた。


 「…そういえば影井君、昨日の用紙はどこにやったのかな?」

 「捨てましたけど」

 「捨て…」

 「どうかしましたか」

 「いえ、なんでもないの」


 もしかして会長は俺が本当にあの要望に応えられたのか半信半疑なのか?

 実際大したことはできなかったが、あのくらいで十分だ。


 会長は箱を開いて用紙を机の上に出した。


 「見てもいいですか?」

 「え、ええ…」

 

 俺は秋山の席に移り、その用紙の内容を会長と一緒に確認してみる。用紙は昨日より少ない八枚だった。しかし、書いてあることは昨日と何も大差ないようなどうでもいいことばかりだ。なんなら昨日俺が掃除しておいたところをまた掃除しろという要望が入ってる始末だ。

 俺はそれら全ての用紙を持って立ち上がる。


 「それじゃあ今日も行ってきます」

 「…影井君、待って」


 その依頼をさっさと果たそうと生徒会室を出ようとした時、会長に引き止められた。


 「あの…できればその用紙捨てないでほしいかな…」

 「なぜですか?俺がちゃんとやってないんじゃないかって心配なんですか?」

 「そんなんじゃ…ないけど」

 

 信用されてないことが心外だったのではなく、この行為が会長の為になっていないということが俺は気に入らなかった。

 俺は会長の負担を減らしたくて、少しでもどうでもいいような要望はスルーして欲しいと思ってのことなのに、それでも会長の意に反するということが嫌だった。会長は頼まれたことに対して完璧を目指しすぎなのだ、こんなものにしっかりやろうだなんて考えなくてもいい。


〜〜〜〜〜


 昨日同様に、適当で簡潔にその仕事を終えて、昨日より早い10分程度で俺は生徒会室へ戻ってきた。


 「おかえり…」


 持っていた用紙を会長の手元の机に置いた。今回はちゃんと捨てずに持ってきた。


 「あ、ありがとう…」


 そして俺は自分の席へと座った。素早く動き回ったもんで、体力がないから少し疲れる。


 「飲み物でも…買ってこようか?」

 「だからいらないですって」

 「そう…」


 お節介だな、本当に。

 …少し休んでから、俺は不意に昨日あったことについて思い出したので聞いてみた。


 「会長、そういえば昨日の同好会の予算の話、先生とかに話したんですか」

 「えっ?あの…その…それは…」


 口籠っていて、なんだか挙動がおかしい。

 どうしたんだ?なんか変だぞ。

 

 「…えっと、あの…ごめんない!その…もう同好会の人に自分のお金…渡しちゃったの」


 その時、落胆した気持ちになった。

 顔には出さないが、つい「はぁ…」と大きく溜息をついて、肩を落として目を閉じて下を向いてしまった。


 「ごめんなさい!あの…半分出してくれるとかせっかく言ってくれたのに、その…私、影井君に申し訳ないと思って、その…勝手に…」


 会長は目をうるうるさせながらうろたえていた。


 「なんでだろう…どうしてだろう…私、誰かが幸せになって笑ってるところが見れたらそれでいいのに、どうしてそれで影井君のような悲しむ人が現れてしまって…その…」


 会長は少しパニックになっていた。

 俺も、何も言わずに言葉が足りていなかった。


 「会長、俺は別に悲しんでなんてないです。だからそんなに落ち込まないでください」

 「…本当?怒ってない?」

 「怒るわけ…ないじゃないですか」

 「…良かったぁ」


 会長は胸に手を当て、安心していた。


 そう、俺は悲しんだり、怒ってたわけじゃない。ただ、呆れていただけだ。この人が人のことしか考えられないような人ってことに。

 昨日、俺が忠告しておいたにも関わらず、どうしてそんなことをしてしまうんだ。全然わかっていない。俺のことを思っての行為などでは決してない。

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