第18話 教師の頼み

 それから間髪入れずにもう一度生徒会室のドアが開いた。


 そこに入ってきたのは顔の厳つい中年の男性教師だった。確か…金原とか言ったか。

 

 「お、花城いたか。…っとお前は確か…」


 金原先生は俺の方へと視線を向ける。


 「金原先生、ご紹介がまだでした。校長先生には一応お話しておいたのですが、こちらの生徒は影井勇綺君、新しい生徒会の一人です。まだ、仮なのですが…」


 もう校長に話したのか、段階が早すぎないか?すぐに辞めるかもしれないっていうのに…。


 「そうだそうだ影井…って生徒会?なんでまたこんなのを入れたんだ」


 こんなのって、さすがに言葉を選んで欲しい。


 「それはその…影井君の能力とかそういうのではなくて、ただ単に私が生徒会に入れたいと思っていたからで…そして、影井君は了承してくれたのです」

 「ああ、そう。まぁ花城が決めたんならそれでいい。他の先生達にも決まったって伝えておいてやる」

 「はい。ありがとうございます。ただ、本人はまだ仮ということなので」

 「…そんなことより頼みごとがあってここに来たんだよ」


 そんなことって…。

 先生は右手に抱えるように持っていた数十枚ある用紙を会長の手前の机の上に置いた。


 「生徒達のテスト用紙だ。悪いが今先生達忙しくてな。ここに解答もある。チェックしといてくれないか」


 …いやいや、これはどう考えても先生がすることだろ。生徒一人なんかに頼むようなことじゃない。

 …そうだ、思い出した。俺のただ教室で座っているだけでも耳に入ってしまうぐらいのいつもの風の噂で聞いたことがある。この金原とかいう先生、いい噂を聞かない。教師としては不適切なことも何回かしでかしたこともあったとか。

 そんな奴だ、こんなことしてくるのも納得がいく。


 「はい。やらせていただきます」


 また二つ返事だ。どうしてそんな簡単に引き受けてしまうんだ。結構な量だぞ、いいように使われていないか?


 「悪いな。花城だから信用して頼めるんだぞ、しっかりやってくれよ」


 そして金原は生徒会室を出て行った。

 会長は先生からの信頼も厚いんだな。あの金原の性格自体には難ありだがな。


 「これ、先生がやらなければいけないことですよね」

 「まぁ…そうかな。こんな頼みごとは初めてだし…」


 それなら先生だろうが引き受けなければいいだろうに、先生からも扱き使われているんじゃないか。


 「でもこれは貴重な経験だもの。大切にやらせてもらうわ」


 会長は採点を始めていった。

 これは先生という立場が上の人間だからまだ許されるのかもしれない。ただ、それでも会長一人で引き受ける義理なんてないだろ。

 俺は少し溜息をつき、秋山の椅子に席を移して、その用紙の半分を持ち自分の手元に置く。


 「影井君…?」

 「俺もやりますよ…暇なんでね」


 会長は少し驚いたような表情をしていた。


 「そんな!いいの、これは私が任された仕事なんだから」

 「大丈夫ですよ、しっかり採点します。なるべく記号なんかも会長の字に合わせます」

 「そうじゃなくて、こんな事は私がやればいいから、影井君はやらなくてもいいの…」


 俺はその言葉に何も返さず、自分の鞄の中から筆箱を取り出し、その中の赤いペンで俺はひたすら採点を始めていった。

 こんなこと進んでしようなんて思わない。ただ、俺は会長に気付いて欲しいのだ。会長が引き受けてしまったことで俺が手伝い、その結果で少しでも誰かの負担となっているということを感じてほしかったのだ。


 「さっきの同好会の予算ですけど、学校から下りなかった場合、俺も半分払います」


 これは念押しだ、これでさらに人に迷惑をかけてると気が付いてくれ。二千五百円は実際払うとなるとかなりの出費だが…まぁ、なんとかなるだろう。


 「やめて…!それは私が引き受けたことなんだから私の問題なの、影井君にそんなことしてもらう必要はないの!」

 「俺だって、仮ですが同じ生徒会の一員ですよ。生徒会の受けた相談なんで無関係ではないですから」

 

 俺は初めて生徒会である立場を利用した。

 そう言ってから俺は採点の作業に戻った。会長は何も言わなかった。

 …ふと、会長の手元を見ると手が止まっていた。そして目線を上げて会長の顔を見てみる。…すると、会長は俯きながら少量だが涙を流していた。


 俺は驚愕した。

 どうしてだ…!?なぜ泣くんだ。まさか、二度も泣かせることになるなんて思ってもなかった。

 俺はそんな衝撃を受けながら会長の顔を見ていたら、その視線に会長は気が付き、慌てて手で涙を拭った。


 「ち、違うの。なんでもないの、影井君のせいで泣いてるわけじゃないの。その、嬉しいというか…でも悲しいというか、どういう気持ちかわからないの」


 俺は会長のことを思って言ったことなのに、会長にはそんな苦しい一言だったのか?

 わからない、会長…というか人そのものがわからなくなってきた。


〜〜〜〜〜

 

 その後も、二人で黙々と採点を行なっていた。

 そして、ほぼ同時に採点が終わり、最後の一枚を俺が書き終えた。


 「終わりました」

 「うん…。本当にありがとう。影井君がいなかったら今日中に終わらなかったかもしれない」


 会長はどこか悲しげな顔をしていた。時刻を見ると下校時間の15分前となっていた。


 「…それじゃあ、そろそろこの辺で帰ってもいいですか」

 「ええ…。今日は本当に、その…ありがとう。でも、もしかしたら私…本当は影井君に生徒会なんかに入ってもらわない方がよかったのかもなんて少し思ってしまって…」


 その発言に少し驚きとショックを受けた。表情には出さないが、かなり傷ついている。

 どうしてそんなことを言うんだ。初めは自分から誘っておいて、その言われようはないだろう。


 「私、自分でもお人好しな性格なのがわかってるの。誰かの役に立てて、その人の笑顔を見ているとこちらまで嬉しくなってしまって…。人のことを思っての行為なの。それでもその行為が他の人の為、自分の為にもなっていないってことも知っているの」


 そうか、自覚はあったんだな。


 「それで、それがやっぱり影井君にも負担になってしまったんじゃないかって考えたら、私のやったことは間違いだったんじゃないかって…。影井君にまた余計な迷惑をかけてしまって、嫌な思いをさせたんじゃないかと…」

 「…大丈夫ですよ。今のところはですけどね」

 「本当に?…それなら…良かった」


 会長はホッとした様子で微笑んでいた。


 「…でも、その…そういうことはなるべく控えた方がいいと俺は思います」

 「…うん、善処する」

 「…では、帰ります」

 「また…明日ね」


 また明日か…。これからずっとこんなことに付き合わされなければいけないなんて思うと気が引けてくる。

 これも神崎から仕向けられたことなんだ、そうしなければいけない。だが、それだけではなく、俺個人としてもなんだかこのままではいけないと感じ始めてしまっていた。

 

 そして、俺は下校する。こんな遅い時間に帰宅することは高校生になって初めてだった。

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