第17話 相談者
チョークが足りない…これはその隣の三組のクラスの黒板から数本取り、その必要な四組のクラスにそっと入れて置いた。これでも問題の解決にはなっているだろう。
それから、物資の補充なんかの要望は、新品がどこかにあるのかは聞かずに、俺のどこにあるか知る範囲のものを必要だという場所に移していった。
途中、あれは誰なんだろうという視線なんかもあったがそれは無視していた。
掃除をして欲しいなんかの要望は、教室から箒と塵取り、そして雑巾だけ持って軽く掃除した。しっかり綺麗にしろ、なんて書いていないからな。
図書館にラノベを置いて欲しい、などの実現不可能な要望は、これはもうどうしようもできないのでスルーした。
ということでここに書かれているものは全部終わりだ、戻ろう。
俺は用具を片付け、その用紙を全てゴミ箱に捨てた。
生徒会室まで戻りドアを開けた。開けるなり、何かの資料を書いている様子だった会長は、こちらを見てびっくりしている表情だった。
「…おかえり、どうかしたかな?何か手伝うことでもあるのかな?」
「いえ、もう終わりました」
「お、終わったの?随分早かったようだけど…」
時計を見ると俺がここを出てから15分弱しか経っていなかった。
こんなものに一々時間なんて使っていられない。これくらいでいいんだよ。
俺は自分の席に着いた。
「お疲れ様…。疲れてない?喉渇いたりしてないかな?何か飲み物でも買ってこようか?」
「いや、大丈夫ですから」
会長は立ち上がり、俺の方へと近づいて来た。そして俺の左の二の腕付近を制服の上からさすってくる。
「…何してるんですか」
「なんだか汚れがついていたみたいなの」
俺はそれを確認してみる。さっき、黒板を掃除しているときについた汚れみたいだな。
「別に、平気ですから。触らないでください…会長の手が汚れますよ」
「私のことは気にしなくてもいいの。…まだ汚れ落ちてないから」
「誰も…見ちゃいませんよ」
「…私は見ているんだけど…」
しばらくされていなかったが、会長はまだ俺に…いや、人に対するお節介な行為をすることに変わりないんだな。
「大丈夫ですから、気にしないでください」
「そ、そう…」
俺がそう言うと、会長は手を止めて少し悲しげな顔をしながら自分の席に戻って行った。
「相談者…来ましたか?」
「今日はまだ一人も来ていないの…」
意外と来ないのか?それならそれでいいか。だったらもう俺は帰っていいか?
少しは会長の負担を減らせたし、俺も役に立てたよな。
俺は帰ろうかなんて考えていたその時、「ドンドン」とドアをノックする音がした。
「どうぞ、お入りください」
会長の掛け声と共に、生徒会室のドアが開いた。
男子が二人、女子一人が生徒会室へと入ってきた。もしかして相談者なのか?帰ろうとした時に、タイミングが悪い。
「会長、少しご相談があるのですが」
眼鏡をかけた男子の一人が先頭切ってそう言った。スカーフの色を見るに全員二年生だった、面識のある人物はいない。
「相談者の方ですね?どうぞ、そこに椅子があるから、みんな座って」
会長は生徒会室内のドア近くの壁の隅に数個畳んで重ねて立て掛けて置いてあるパイプ椅子に手を向ける。
「は、はい。…ですがその前に」
三人の視線は俺の方へ集まっていた。
「君は先にいた相談者なのかい?」
「…あ、彼は影井勇綺君。新しい生徒会のメンバーで…」
「違いますって、俺は仮ですから」
「あ、そうだった、ごめんなさい…」
「仮…?生徒会にそんな制度があったんでしたっけ?」
「少し訳あって、そういうことになっているの…」
「そうですか。相談者…ってことではないんだね」
「ああ」
「そういうことなら…みんな、座ろう」
その三人はパイプ椅子に腰掛け、会長の向かい側の方に座った。
俺はこのままここに居ていいのだろうか?まぁ、ここにいる本来の理由は今この状況にあるわけだが…。
「僕は二年の足立です。こちらの女子が今井、そしてもう一人が浦沢です」
少し後ろで座る二人はお辞儀をした。
「あの、僕達物作り同好会をやっているのですが…」
「ええ、知ってるわよ」
物作り同好会?なんだそれ、初めて聞いたぞ。会長は当たり前のように知っているようだが。
「ご存知でしたとは、光栄です。…我々は人数が少なく同好会となってしまって、部活ではないので部費も出ず、手持ちのお金では流石に費用が足りないのです。そこで、どうにかしていただけないでしょうかということを相談しに来たのです」
新しい部を作る場合、部として認められるのは五人以上いる場合のみだったか。人数が足りないので部としてではなく同好会としたわけだ、それで部費が貰えないってことなのか。
…それで費用をなんとかしろだって?厚かましい連中だな。
こんなこと、さすがに会長だけではどうにかできる問題とは思えない。こればっかりは無理だろう。
「それなら、予算を組んでいただけるように務めてみるね」
って…あっさりと引き受けた。安請け合いしすぎだろ。悩む素振りも見せずに二つ返事だった。
「本当ですか!?ありがとうございます」
一同は会長にお礼を言った。
「それでですね、僕達は次に作りたいものに五千円程あると助かるのですが…」
具体的な金額を要求してきた。五千円が部費としてはどのくらいかなのかピンと来ない。ただ、そこそこの金額だろう。
「それぐらいならなんとかなると思う、安心して」
本当に大丈夫なのか?
「ありがとうございます!」
「いいのいいの。これからも困っていることがあったらなんでも言ってね」
その三人はとても喜んだ笑顔だった。その笑顔を見てつられるように会長も笑顔になっていた。
そして、その三人は退室していった。
「…ごめんね影井君、何か付き合わせちゃったみたいで」
「いえ、別にいいんです。…それより、さっきの本当に費用なんて出るんですか?」
「うーん…ちょっと難しいかな。同好会は正式には認められていないから」
そうと知っているならどうしてそんな即決してしまったんだ…。
「費用が出なかったらどうするつもりなんですか」
「…その時は、私がなんとかするしかないかな…」
自分でなんとかするって…つまり自腹を切るとでもいうのか?どこの誰かもしれない同好会の為に?ありえないだろ、人が良すぎるにも程がある…。
「そこまでする必要ないと思いますが」
「…でも、生徒達が楽しく学校生活を送ってくれるなら、それぐらいだったらいいかなって…」
この人は本当に自分のことなんか二の次にしか考えていないのだな。学校、生徒達が本当に大切でかけがえのないものだと思っているのか。
わからない、こんな考えに至れない。神崎の言っていたこと、わかるような気がしてきた。度がすぎている。
誰かの為に自分が損をする、それは俺が嫌いな考え方だ。
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