第16話 要望

 はぁー…と再び溜息をついて、俺はその場に立ち尽くしていた。

 仕方なく、俺は重い足取りで一歩一歩ゆっくりと進み、階段を上がって生徒会室までやってきた。

 どうしてまたここまで来ることになってしまったのだろう。

 生徒会室のドアの前に到着して、また立ち尽くす。

 神崎の言うことなんて聞かなくちゃいけないのか?しかし、こうしないと俺の平穏な今後の学校生活が危ぶまれる。


 少し考えた後、覚悟を決めてドアを二回ノックした。


 「はーい。どうぞ、お入りください」


 会長の声が聞こえてきた。そしてドアをゆっくりと開けた。

 そこには先程同様の席に会長が座っていて、何かの用紙を見ていた様子だった。会長は俺の顔を見るなりとても驚いた表情をしていた。


 「か、影井君!?どうして戻ってきたの…?」


 どうして戻ってきたか、それにどう返答するか考えていなかった。

 ここで神崎から行くように仕向けられて来ただなんて言ったら、会長は俺が嫌々で無理してきているんじゃないかと思い、そこで悲しんでしまいそうなのでそこは伏せておいた方がいいのか…。


 「いや、なんというかその…手伝えることないかなぁと思いまして」

 「そんな…いいのに。影井君はまだ仮なんだし、そんな無理に手伝ってもらわなくても…」


 これでもまだ、会長は俺がここに来たくて来ているわけではないのだろうと勘ぐっているようだ。俺だって何も手伝いたいなんて思っちゃいないのだがな。


 「でも、嬉しい…すごい嬉しい。影井君が自分からそんなこと言ってくれるだなんて、夢にも思っていなかったから…」


 会長は少し目をうるうるさせながら、本当に嬉しそうな顔をしていた。

 たかが俺なんかが来ただけで、なんて大袈裟なんだ。


 会長の手元には白い箱、そして小さな白い紙に何かが書かれているようなものが数枚見えた。さっき神崎の言っていた目安箱と要望が書かれた用紙なのだろう。


 「それ、なんですか?」


 あたかも知らないようにその用紙に目線をやる。


 「えっ?ああ…これはね、生徒達の要望が書かれているの。些細なことなんだけどね…」

 「…見てもいいですか」

 「ええ、構わないわよ」


 俺は会長の手前の秋山が座っていた椅子に腰掛け、その用紙を数枚確認してみた。



 どれどれ、見てみるか。

 『一年四組のチョークが少ないです』

 そんなもの、ここに頼む前に補充しとけよ。

 『東棟の二階から三階までの階段が汚いです』

 それも自分で掃除してろ。

 『図書館にラノベを置いてほしい』

 無理だろそんなこと。いや、ある所はあるのか?しかし、そんな要望書かれたところでどうにも出来ないだろう。


 他にも十数枚のどうでもいいような頼みごとばかりが書いてあった。


 なんだこれは、わざわざここへ書いて提出するような要望なんて一つもないだろ。こんなもの一々解決していったらキリがない。


 「私はこの用紙の一枚一枚の要望に応えようと思うんだけど…」


 え?これを?全部?

 

 「こんなもの、どれも応じるに値しないのばかりじゃないですか」

 「そんなことはないと思うのだけど…。…生徒達が困っているならそれを聞き入れてあげたいと思うの。一つ一つ生徒からの頼みごとが書かれていて、頼られていることが私は嬉しくて…」


 本当にとんだお人好しだ。こんなものはただの雑用だろ。便利屋として使われているだけじゃないか。会長はそれがわかった上で、それでもやろうとしているのかもしれない。

 他の生徒会メンバーにも手伝ってもらえばいいだろうに…。部活があるからとかでそんな迷惑はかけれないなんて思っているのだろうな。それに自分で作ったものだから、頼ろうともしないのだろう。

 

 「この要望、今から解決しにいくんですか?」

 「今からはちょっと無理かな。実はね、ここはお悩み相談室でもあるの」


 それも事前に知っている。

 

 「悩みがある生徒が直接ここに来て、私が相談に乗ってあげているの。だからね、重要な用事でもない限りはなるべくここは開けて置かないことにしているの。書かれている要望は下校時間、もう誰も来ないだろうと確信してからの数分か、出来なかった分は後日に回して休憩時間なんかの暇な時にやっているの」


 この学校の下校時間っていうと、何か用がない限りなら19時だ。あと約二時間程度ある。

 おい、まさか毎日そこまで残っているんじゃなかろうな。…いや、会長のことだからそうなのだろう。それに俺も付き合わされなきゃいけないっていうのか?冗談じゃないぞ。


 悩み相談ってのがどれだけの人が来るのかわからない。しかし、いつ終わるか知れたものじゃない。

 早いうちに会長のこの性格をなんとかしてもらわないとこちらも困る。


 …ここに書かれているようなことを一人で全部解決しているようじゃ時間を無駄にするだけだ。会長は今年三年で受験生、こんなことしてる暇もないはずだ。そんなことも神崎は危惧しているのだろう。


 生徒会室は開けられない、ならばもう俺しか頼れるのはいないだろう。


 「ここに書かれた要望、全部俺が今から解決してきます」

 「えっ…?そんな、大変だよ」


 そこまで大変なようなことは一切ない。


 「大丈夫です、行ってきます」


 俺はその用紙全てを握りしめてポケットに入れて、生徒会室を後にした。

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