第15話 恐喝

 それから、俺は帰ろうと階段を降りて下駄箱まで来る。

 そして、自分の靴箱の前に誰かが立っていた。その人物を見て少し驚いた。


 「やあ、お疲れ様。勇綺」


 そこにいたのはそう、神崎だった。だから馴れ馴れしく名前で呼ばないでくれ。いや、そうじゃなくてどうしているんだこいつ。…ここで誰かに待ち伏せされるのは一体何回目なんだ。


 「どうしてここにいるんだ…部活はいいのか?」

 「今から行くところさ。それより今日は来てくれて感謝しているよ」


 まぁ帰ろうとしてたがな。…そんなことを言うために来たのか?神崎のことだから違うんだろう。


 「勇綺、君はこの後会長が何をするか知ってるか?」


 何をするか?そんなもん興味ない。部活には入っている様子はなかったから、生徒会の仕事でもするんだろう。粗方、大したことはしないだろう。

 

 「生徒会室はね、ただの生徒会活動を行うためだけの場所じゃない。お悩み相談室でもあるんだ」


 お悩み相談室?そういえばそんなこと聞いたことがあるような気もするが。


 「去年の前生徒会長がやろうと決めてから、始めるようになったんだ。会長はそれに賛成していた。それが現在でも続いている」


 だからどうしたんだ?俺に何か関係あるか?


 「それだけじゃないんだ。これは花城先輩が会長になってから決めたことなんだが…勇綺、生徒会室の前に机が置いてあって白い箱のようなものが置いてあったのを見たかい?」


 言われてみれば確かにあった。特に目に止めようとはしていなかった。

 机の上に白い箱とメモ用紙程度のサイズの紙が置いてあったな。

 

 「あれは生徒みんなからの小さな要望や依頼なんかをそこに書き込んで入れているんだ。所謂、目安箱ってやつさ。そして、それを全部会長一人で応えてあげようとしているんだ」

 

 そういったものだったのか。どうせどうでもいいようなことしか書いてないんだろうがな。


 「要望なんて些細なことさ。単なる雑事なことが書いてあることが多いんだよ。それでも、会長はそれら全ての要望に応えているんだ。会長となった今年度からだ、他の役員もみんな生徒会にはいられない、会長としての責務だとしてやるだろう。少し前までは転校してしまった三年のもう一人の生徒会の人も一緒に残っていたのだけどね、その人ももういない」


 一人で全部?そんなわけが…。

 と、一瞬は考えてみたものの、あの会長ならそうするとしか思えなくなってきた。

 一体どうしてそんなものを作ってしまったんだか。


 「会長はお人好しが過ぎる、世話を焼きたがる、君もわかるだろう?」


 そりゃ、それを一身に受けてきた俺だしな。


 「あの人は危ういんだ。いつか壊れてしまうかもしれない。人のためにどこまでも尽くそうとしてしまう。だから、誰かにそのストッパーとしての役割が必要だと思っているんだ。…そう、だからそれを君にやってほしい。…そういうことだから、君にはもう少しだけ生徒会室に残ってほしいと思っている」


 何を言い出すんだこいつは…。ストッパー?さすがの会長でもそこまで要領の悪い人でもあるまい。


 「俺一人がいたところでどうにかなることでもないだろう。会長がやりたいことならそうさせてやればいいだろ」

 「君も、もう少し会長と長く付き合えばわかると思う、会長がどれだけのお人好しか。君がそばにいるだけでも会長は何か心を変えてくれるんじゃないかって、そう思うんだ」

 「それなら、神崎が一緒にいてやればいいだろ」

 「僕には部活もあるしね…。出来ることなら一緒にいたかったさ。ただ、今は部員達のためにもそういうわけにもいかないんだ。それに君なら暇だろう?何も問題はないはずさ」


 暇って…そんなわけないだろ。俺はこれから帰って撮り溜めたアニメを消化したり、ゲームのやり残したイベントをやり遂げたりだな…。


 わかってくれ神崎、俺は早く帰りたいんだ。どうして好きでもない学校なんかに居残らなくてはならない。一秒でも早く家に帰りたいんだ。家の安心感、それは一般の生徒が味わう数倍のものを俺は感じているんだ。一人でいる空間が好きなんだ。

 そしてアニメやゲーム、現実世界とかけ離れていて、人の感情を読む必要もないそのコンテンツにハマっていくのはこんな性格なら必然的な流れなんだろう。

 正直、会長がどうなろうと知ったことではないんだよ。


 「会長ももっと君と一緒にいたいはずさ、きっと喜ぶ」

 「そんなことないだろ、神崎だろうと変わらないはずだ」

 「いいや、僕は何も持っていないんだ。会長に惹かれるような何かを…いや、色んなものを兼ね備えすぎたが故なのだろうか。君は何も持ってない、だから好かれているのだろう」


 馬鹿にしているのかこいつは。

 しかし、そこまで会長のことが好きなら恋人として付き合えばいいだろうに…神崎なら不足ないだろ。会長もあの性格なんだ、すぐに了承してくれそうなものだ。それなのに俺と一緒にいさせようだなんて、何を考えているんだ。

 

 「会長を手伝えるのは新しく生徒会になった君しかいないんだよ」

 「俺は仮で入ったんだ、生徒会の仕事を手伝おうなんて気はない」

 「いいのかい?会長を悲しませて…忘れてないよね、僕の言ったこと」


 こいつ…まだ言うのか。しかし、もうその理屈は通らない。会長は俺が生徒会の一員となっているだけで今は満足しているからな。


 「今の会長はそこまで悲しんでいるような素振りはない」

 「それはわからないだろう?会長は内面的には心のどこかで悲しんでいるかもしれない。一人生徒会に残っていることがね」


 そこまでくるとさすがに言いがかりに過ぎない。


 「俺のことなんていいんだ、会長のことを考えてくれよ。いつも放課後は一人で孤独にいるんだ、一緒にいてあげようとは思わないのか?」

 「思わない」

 「強情だな、君。いい加減折れてもいいだろう」


 そうだ、俺はそこまでの人間だ。嫌なことはとにかくやらない。やれやれとか言いながらやることもない。


 「あの一年、東條とか言ったか?あの子に居てもらえばどうだ」

 「絵美は美術部だ、辞めてもらうわけにはいかないだろう」


 そうか、あの子も部活に入っていたのか。…それより一年の子でも、もう名前で呼んでいるのか。


 「そうだ、秋山に頼めよ。秋山も人がいい、部活を抜けてでも付き合ってくれるかもしれないぞ」

 「…君、そこまでしていたくないのかい?」


 俺だってさすがにそこまで会長に付き合うのは遠慮したい。


 「はぁ…もういいよ、君には失望したよ」


 お前に失望されようがどうでもいい。早く帰らせてくれ。


 「僕が会長の元へ行くよ」


 そうか、好きにしろ。最初からそうしておけ。


 「ああ、しかしどうしたものか…。このまま俺が部活に行かなければ部員達はとても困るだろう…」


 そりゃあそうだろうな、大部分がお前頼りだろうしな。


 「会長も反対するだろうが、それでも俺は意地でも部活に戻るつもりはない」


 確実に反対されるだろう。それを振り切るなんて容易じゃないぞ。


 「これは部への大きな損失になるだろう。僕がいるといないじゃ大きく変わってくる。そうしたら部員達は僕を引き留めようと生徒会に押し寄せるだろうなぁ…。僕は部に行くわけにもいかない。どうしてこうなったか、理由を問われるだろう。こうなっているのは誰の責任になるか…」


 ———! 

 俺は神崎が何をしたいかを理解した。


 「お前…やり方がちょっと汚くないか」

 「これくらいしないと君は乗ってくれないだろう」


 そう、こいつの魂胆は神崎がなぜサッカー部に来ないかを部員に問われた時、根本の原因が俺が生徒会へ来ないからということを言うつもりなんだろう。

 元を辿れば別段、俺だけが悪いわけではない。しかし、神崎が言うことならばそいつらは必ず俺のことを恨んでくるに違いない。こいつはそれほどの人権を持っている。俺が神崎を敵に回してるという事実が知れ渡るだけで俺は周りから冷たい目で見られるだろう。どんな扱いになるかわかったもんじゃない。


 「お前、自分でこんなことしてて恥ずかしくならないのか?脅しだぞ、こんなの」

 「好きになった人のためだ、これくらいのことはするさ」

 「その好きな人に別の男を近づけるような真似してもいいのかよ」

 「この好きって気持ちは恋愛感情とかそういうものじゃないんだよ…。僕は、人を好きになんかなっちゃいけない、幸せになる資格なんかないんだ…」


 何を謙遜しているんだこいつは。こういう人種がそういうことを口にすると俺みたいな人間の立場がなくなるんだよ。それなら偉そうに自分に見合う態度を取っていてくれた方がまだいい。


 「生徒会室に行ってくれるよね…?」


 これから会長がすることを見張っていろと言うのか?そんな面倒なことやりたくない。

 だが、こいつも簡単には引き下がらないのだろうな。


 「はぁー…」と俺は大きく溜息をついた。


 「少しだけだ、付き合ってやるよ」

 「やっと決断してくれたようだね。ありがとう、僕からもお礼を言っておくよ」

 「ただ約束してくれ。これで最後にしてくれないか、こんな脅すようなこと」

 「まぁ、君の行い次第かな。考えておくよ」

 「会長のお人好しな性格をなんとかすればそれでいいんだろ?」

 「そういうことになるかな。厳密に言えば君には会長に付き添って欲しいと言うことなんだけどね。…それじゃ、よろしく頼んだよ、勇綺」


 爽やか笑顔で笑いつつ、神崎は校庭へと出て行った。

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