第13話 自己紹介

 席に座ると、俺の正面には昨日もいた面識のない女子生徒が座っている。生徒会の一人なのであろうことはわかる。学年はスカーフの色で一年ということ以外の情報は何もわからない。

 さっきから一言も喋っていない。思えば昨日もいたことを忘れるくらい何も言ってこなかった。

 

 髪はショートカットなのだが前髪が長くて目元がよく見えない。ただ、よく見てみると結構可愛らしい顔をしている。

 そんなことを思いながら彼女を凝視していたら一瞬、前髪に隠れていた目が俺と合ったような気がした。すると、すぐさま目を逸らされた。そして彼女は前髪を触りながら少し挙動不審な様子だった。

 

 ん?俺嫌われているのか?何かした覚えもないが。


 「それでは、活動報告をしたいと思います。…と、その前に改めて新しい生徒会役員…と言っても仮なのだけど、影井君に自己紹介してもらいたいのだけどいいかな?」


 自己紹介?別にやらなくてもいいだろ。

 しかし、やらないわけにはいかないのだろうな。


 俺は自己紹介というのがどうも苦手だ。それだけで大体どんな人間かというのがわかり、第一印象が決まる。その人の声や仕草、そしてその人物から語られる自分のこと、それらの情報が一気に伝わるという行為なのだ。

 殻に閉じこもりながら生きてきた俺からすると、自分を曝け出すということが好きじゃないのだ。一人でもいいから俺の存在を知られたくないという考えなのだ。

 ここにいるメンバーは今となっては前にいる一年の彼女を除いたら見知っている人物しかいないので特に関係はないがな。

 自己紹介をするならとにかく簡潔にだ。

 

 「えー…俺は二年———」

 「勇綺、自己紹介の時くらい立ったら?」


 秋山から忠告された。

 え?わざわざ立つ?本当に律儀にしようとするなぁ…仕方ない。

 立ち上がり改めて自己紹介をする。


 「二年二組、影井勇綺です。仮で生徒会役員になりました。仮ですが、本当の役員が見つかるまではよろしくお願いします」

 

 完璧だ。仮、ということをしっかりアピールできた。あくまで繋ぎの存在としているということも念押ししておく必要がある。


 俺はすぐに席に座る。

 他の皆から軽い拍手をされた。いらないから、小っ恥ずかしい。


 「影井君は一応まだ仮ということなので、まだ役職は付いてないの。今日から生徒会役員の仮として活動してくれるから、みんなよろしくね」


 一応ってなんだ。いつか正式になるみたいな発言は、そうはいかないからな。


 「それじゃあ影井君の為にも私達も自己紹介しておきましょうか」


 今更いいから、そんなの。

 会長は立ち上がり、俺に視線を合わせた。


 「私は三年一組の花城亜姫。今年度から生徒会長をやっています。私なんかが生徒会長として不備のない行動が出来ているのかわからないけど、精一杯頑張りたいと思っています。なので影井君、それからみんなも改めてよろしくお願いします」


 会長は席に座り、生徒会の皆が軽く拍手をする。

 俺もそっぽを向きながら音が出ないくらいに軽く拍手の素振りを見せた。


 「それじゃあ次は…秋山さん、いいかな?」

 「はい!」


 秋山は元気よく立ち上がった。


 「私は副会長の秋山華蓮…って言っても、勇綺にもう自己紹介することなんてないかな、同じクラスだし。私達、小学生からの幼馴染だから」

 「そうだったんだね…だからあんなに影井君のことを理解していて…なんだか羨ましい」


 会長はそんなことを言った。羨ましいだなんて、俺はそんなこと思われるような人間ではない。


 「羨ましいなんてことないですって!」


 そうそう、もっと言ってやれ。俺の失望するようなことじゃんじゃん伝えていってくれ。そしたら会長も俺に執着するのをやめるかもしれない。


 「勇綺はね、本当に冷たい冷酷人間なの」


 そうそう、その調子だ。


 「人のことなんか一切興味を持たない、待とうとしない。話しかけてもうざがられている態度しか取らない、本当につまらない人間なの」


 …いや、確かにそうだがそこまで言う?


 「それでも…なんか見ていたいというか、一緒にいたいと言うか…って何言ってるんだろう私、自己紹介だったよね。あ、あのよろしくね、これから」


 秋山はすぐ着席した。同様に拍手が起こる。

 秋山は顔を少し赤らめて恥ずかしがっていた。こっちまで恥ずかしくなるだろ。


 今のは自分で発言したことに対して彼女なりにフォローしてくれただけだ。変な勘違いするなよ俺、また好きになるなんて馬鹿な感情を出すなよ俺。


 「次は僕かな」


 神崎が立ち上がった。


 「僕は二年一組の神崎龍介。役職は会計。影井とは体育や学年行事なんかで顔見知りだったくらいかな」


 俺は存在感の塊の神崎のことを知ってるのは当然だが、神崎も俺のことを知っていたのか?本当か?


 「影井とは今後も仲良くやっていきたいと思う。お近づきにまず、僕も下の名前で呼んでいいかな?」


 まだ知り合って数日も経っていないだろ、それでもう名前呼び?距離感が近いにも程があるだろう。…まぁ、断る理由もないか。


 「別に構わない」

 「そうか、ありがとう。これからよろしく、勇綺」


 神崎は拍手と共に着席した。

 

 「えーっと、次…東條さん、いいかな?」

 「…は、はい…」


 前にいる女子生徒はとても小さな声で返事をした、なんだか覇気がない。

 怯えたように恐る恐るゆっくり立ち上がる。

 

 「…私は…一年一組の…東條絵美とうじょうえみです…。…書記をやっています…。その…よ、よろしくお願いします…」

 

 小さな声でスローテンポにそう自己紹介をした。特に目線を合わせることもなかった。

 そしてまた恐る恐る、拍手と共に着席した。


 俺は今の自己紹介だけで理解できた。この東條絵美なる人物、この子は俺と同類だ。人見知りで積極的に話そうとしていない。

 こういった性格の人が生徒会にいるのにも驚いた。俺なら生徒会に入ろうなんて考えもしない、この子には何か俺とは違う思考をしているのだろうか。


 「はい、これで自己紹介は終わりかな。本当は生徒会にはもう一人いるのだけれど…」


 …そうだ、もう一人の存在を忘れていた。生徒会は六人いたはずだったんだ。


 「後の一人はね、庶務の霧島朱鳥きりしまあすかって言う一年の女の子がいるの。影井君は知っているかな?」


 知ってるわけないだろ、一年だろ?面識ある人物なんてまずいない。 


 「知らないですが」

 「え!?知らないの?朱鳥ちゃんだよ?」


 俺が知らないと答えるなり秋山は驚いていた。

 いやだから誰だよ、知らないものは知らない。


 「朱鳥ちゃんは芸能人なんだよ?アイドルグループに所属していてモデルとしても活躍してるの。今売り出し中で、この学校では知らない人はいないはずだよ」


 芸能人?…そうか、思い出したぞ。生徒会選挙の時そんな奴がいたな。一際盛り上がっていた気がする。

 それなりに有名らしいんだが、俺はそういうのは疎いので知らない。誰もが知っているような人物ではないから、所詮はその程度なんだろう。

 しかし、まさか俺が生徒会に入るなんて思ってもいなかったから、そんな人物なんて縁のない存在としか思っていなかった。そいつも生徒会に入っているというのならいつかは必ず会う運命なんだろうな。

 …嫌だなぁ、ただでさえ人気者の生徒が集まっている生徒会にそんな余計な人物まで付け加えられていたのか…。ますます俺の居場所ではないだろうと思えてきた。


 「霧島さんは仕事が忙しくて生徒会には中々顔を出せないの…。それどころか学校自体休むことも度々あるの」


 どうしてそんな奴が生徒会に入れたんだ?なんて聞くまでもないか。人気があるからに決まっている。

 そいつもどうして立候補なんかしたのか謎だ。学校にも来れず生徒会にも顔出せないならどうして入ったのか、迷惑な奴だ。

 

 「ということで自己紹介はこのくらいにしましょうか。それでは今日の活動報告をします」

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