第12話 気持ち

 「大丈夫だ、秋山は悪くない。俺が生徒会室に来ないのは秋山のせいじゃない。俺が今の誘いに無理矢理に拒んで帰っていったって言ってくれ」


 そう、心配する必要はない。それで秋山の優等生な保身は守られる。  


 「…ねえ、今の勇綺すごくムカつくんだけど…。今の言い方だと私は自分のためだけに勇綺を連れて行きたいみたいに聞こえるんだけど…」


 後ろの秋山に体を向けると、両手に拳を握り、軽く歯を食いしばって少し怒っているような表情だった。

 

 「じゃあどうして俺をそこまで来させようとするんだ」

 「それは…その…」


 秋山は口籠もっていた。

 やっぱりそういうことなんだよ。言葉ではそう言ってても、駄目な人を救ってる私って素敵…なんて思っているだけに過ぎない。


 「勇綺、また逃げ出すの?」


 逃げ出す?思ってもなかった言葉が返ってきた。

 そんな煽り、俺には効かない。逃げるのは俺のモットーだ。逃げてればいい、そしたらいつか問題は風化して解決するものなんだよ。


 「…勇綺が龍介に自分から事情を話すなんてとても思えない、だから何か理由があるんだと思う。それでも勇綺があの時生徒会まで来て、会長に会って謝罪までして…私の提案だけど仮でも生徒会に入ってくれると言った。これは大きな進歩じゃないの?…だからもう少しでさ、その…学校に溶け込めるんじゃないの?」


 秋山が今でも俺のことに対してそんな風に思っていたなんて考えてもなかった。秋山は未だに、あの時俺に何もできなかったということに悔いているんじゃないのか。


 「だから、後一歩なんじゃないの?踏み出したら、自分の居場所みつけられるんじゃないの?」


 自分の居場所?生徒会が?そんなわけあるか。俺は一人だ。一人でいること、それが俺の立ち位置だ。

 

 ———それでも、これだけ俺のことを思ってくれる人間が一人…いや、会長を入れて二人か…そんなにいるなんてな。自分のためにやっていない、それが本当なのかは定かではない。ただ、ここまで言われたら心苦しい。


 「勇綺…私はね、誰かに言われたからやる、それも確かにいつだってそうやってきた。それが正しいものだと思っていたから、そのことは否定しない。でも、自分の意思もしっかりあるの。私は勇綺がいつか変わってくれるんじゃないかって期待しているの。いつかまた、他の生徒を…人を好きになってくれるんじゃないかって…。だからさ、私のためにも…来てよ」


 秋山は少し潤んだ、訴えかけるような目をしていた。

 人を好きになれる…か、そんな自信はなかった。

 それでも、何かが変わるんじゃないかと思った。自分を変えていくつもりなんてなかった、今のスタイルが自身にはベストなんだとそう今でも思う。

 それでも、違う生き方があるというのなら、たまにだったら道を逸れてもいいのかもしれない。


 「…言っておくがまだ仮だからな、決して生徒会の一員ではない。それをわかってくれるなら…行ってもいい」


 俺は表情は変えずともどこか少し照れ臭い気持ちで、痒くもない首を左手で掻きながら目を合わせずにそう答えた。そして、一瞬だけ見てみた秋山の顔はとても嬉しそうな笑顔の表情になっていた。


 「よし!そうと決まったら早く行こう!」


 秋山は今度は俺の右腕を左手で掴み、引っ張るようにして急いで階段を駆け上がる。


 早いよ、何故急ぐ。

 俺はその手を振り解いた。


 「…逃げないから、掴まなくてもいい」

 「…本当?勇綺、いつも急にどこかにいなくなってるんだもん」


 誰かに察知されずに消え去る事は得意だ。だが今はそんな心配される必要はない。


〜〜〜〜〜


 俺はゆったりと階段を登っていた。


 「何してんのー?早く早く!」


 階段を先に登っている秋山から急かされる。

 …そして、生徒会室のドアの前で秋山が俺のことを待っていた。


 「遅いよー!」


 そう言われて少し駆け足になり、秋山の隣に立つ。

 そして、秋山が生徒会室のドアを開いた。昨日も嗅いだ花の香りがする。


 そして、昨日同様に長机の一番奥に会長が座っていた。

 そして向かって右側の奥には神崎、そして神崎の左隣には昨日もいた一年の女子生徒が座っていた。


 「花城会長、お疲れ様です」

 「こんにちは、秋山さん。それから…」


 会長は俺の方を見ていつものような眩しい笑顔を向けていた。


 「こんにちは、影井君」

 「…はい…こんにちは」


 俺は小さな声で返事をした。


 「でもよかった…影井君、ひょっとしたら来ないんじゃないかと思っていたから…」


 その通り、行こうなんて思ってなかったからな。


 「そんなわけないじゃないですか。来ますよ、私がちゃんと見張っていたんですから」


 まるで躊躇いなくここへ来たみたいな誤解を招く言い方をしないでくれ。


 「やぁ、影井。僕も君が来ないんじゃないかと心配したよ」


 神崎はいつものように誰にでも見せている爽やかな笑顔でそう言った。

 その笑顔に隠れた裏の顔を知っている。俺が来なかったらこいつも何かしてきそうな気がする。

 大体この状況になっているのはこいつのせいだ、俺はその笑顔が腹立たしい。


 「さぁ、座って座って」


 会長がそう言って、秋山は左側奥の昨日も座っていた場所に座り、その秋山の右隣にはすでに教室でも座っている他の皆と同じ椅子が一つ設置してあった。ここが俺の席という事なのだろう。

 そして、俺はその席へと着いた。

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