第10話 仮
「えっ…!?そうなの!?」
会長の方を見ると目をキラキラ輝かせながらこちらを見ている。
先程とは打って変わるような明るい表情になっていた。
「言ってませんよそんなこと」
「あっ…そ、そうなんだ…」
今度はわかりやすく落ち込んでいた。
神崎は後ろから俺のそばまで近づき、耳元に囁いた。
「言っただろ、会長を悲しませたら僕は許さないって」
「会長に会いに来たらもういいって言ってただろ」
俺も小声でそう言い返した。
「そんなことは一言も言っていない。僕は会長の笑顔を取り戻すまでは君を許すつもりはないよ」
まんまとハメられた。
確かにそんなこと正確には口にしていなかった。
…どうすればいいんだ。このまま生徒会に入るか?いやいや、ないだろ。ありえるわけがない。
そもそもどうして生徒会に入らなくてはいけないだなんてことになっているんだ…。
神崎もまた、会長が俺を引き入れたいってことを知っていたのだろうか。そうすれば会長も喜んでくれると思っているのか。
しかし生徒会に入るだなんて嫌だ。面倒だ、何をしなくちゃいけないのか検討もつかない。
それならいっそ神崎に噂を広められることに耐えるか…。あれは冗談半分で言っただけかもしれない…。
俺は神崎の顔を見てみる。すると、ニヤニヤと邪悪な笑みを浮かべている表情だ。
こんな俺でも表情を読むことは得意だ。
これはダメだ、本気の顔だ。
…俺はしばらくどうしようか考えていた。
「———ごめん、話が読めないんだけど」
状況を理解していない秋山が話に入ってきた。
「会長が最近話していた生徒会に招き入れたい生徒…って、あれはやっぱり勇綺のことだったんですか?」
「え、えぇ…そうだけど…」
会長は少し照れた表情で答えた。
秋山は少しむっとした顔で俺の方を向いてきた。俺が会長から言い寄られていたことを知らぬ振りをして嘘をついたことに少し怒っているのだろう。
「はぁ…それで勇綺は昨日、会長を傷つけるようなことを言ってしまって、それを謝りに来たってところでいいのかな」
「…そういうことだ」
さすが、話を汲み取ってくれるのが早い。
「龍介が頼まれたからここまで連れてきたってのは本当なの?」
龍介?…ああ、神崎のことか。名前で呼んでいるのか。
「その通りだよ華蓮」
おい、お互いに名前呼びなのか。俺だって一度も秋山を下の名前で呼んだことがないのに、そこまで進展するような仲だったのか。
「うーん…それが信じられない。勇綺が人に頼みごとをするなんてとても思えないんだけど…」
その通りだ。俺がこんなことで誰かに頼むなんてこと普通はありえない。さすが俺のことを熟知してくれている。
「勇綺、本当なの?」
本当のことを言ってやりたい気もするが、言ったところで今置かれている状況が解決するとは思えない。
「ああ、そうだよ」
「…本当かなぁ」
秋山はまだ疑っているようだった。
「…私は勇綺のこと、付き合いが長いんでよく知っているんです。勇綺はもう、どれだけ言ってもこういった活動グループには入ってくれないってわかるんです」
付き合い、なんて言ってもずっと同じクラスにいたぐらいの関係だけどな。しかし、まさにその通りだ。
「それから会長が勇綺を生徒会に入れたいって気持ちも少しわかります。一人にしておけないってことですよね」
秋山は会長の方を向いてそう返答を求めると、会長は少し照れながら頷いていた。
会長は確かに秋山に似ているところはある。考え方が一緒なのかもしれない。
「だから、こうしたらいいんじゃないですか?…『仮』ってことで生徒会に入るのはどうでしょう」
仮…?
「勇綺はこのままではすんなり入ってくれるなんて言いそうもないの、だから一先ず仮ってことにしたらどう?本当の六人目の生徒会役員が決まるまでのさ」
仮…か。確かに、それならまだ正式に決まったわけでもないから抵抗はない。神崎の要望は会長を悲しませなければいいということだ。会長は俺が一人でいることに心苦しんでいるんだ、だからあんなにまで俺に関わって、生徒会に招こうともしていたのだ。別に生徒会という組織に属する必要はない。会長も最初に言っていた、正式に入る必要もないと。
これなら一時的とはいい、問題は解決される。
生徒会なんて組織に入るのは不本意だ。しかし、このままでは埒が明かなそうだ。
「それなら…仮ってことだったら、いいですよ」
「ほ、本当に!?嘘じゃないよね…」
「…はい」
俺がそう返事をすると会長は満面の笑みになる。
「嬉しい…こんなことになるなんて思っていなかった…」
それはこっちが言いたい台詞だ。どうしてこんなことになってしまったのか。
…そして、会長は俺の前まで来て、笑顔のまま右手を差し伸べてくる。
「これから、よろしくね。影井君」
「は、はい…」
目線は逸らしながら小さく答えた。
…それから会長の顔を見ると少し不思議そうな顔をしていた。
「勇綺!握手握手」
秋山は小声ながら、俺に聞こえるようにそういった。
そうか、これは握手なのか。こんな機会なんて滅多にあるものではないのでわからなかった。
異性の手に触れる、そんなこと過去にあったか記憶にない。少し戸惑ったが、俺はその差し出された手を軽く握る。すると、優しく握り返された。その手はとても柔らかく暖かいものだった。触れただけで温もりを感じ取れた。
そして、手を離した。
…この後どうすればいいんだ?とりあえず今日はもう帰ってもいいよな…。
「では…もう帰りますよ」
「ええ、また明日」
明日…?
また、明日から切り替えて今後も遠慮もなく接してくるということか?
まだ、そういった行為には抵抗はある。しかし、今ではなぜかそれを少しだけ待ち焦がれている部分もあった。
俺は生徒会室を出ようとして、その時にドアのそばにいた神崎に小声で囁いた。
「どうだ、これでいいだろ神崎」
「まぁ、今のうちは会長も笑っているからいいとしよう。ただ、また悲しませるようなことをしたら…わかるね?」
とりあえずはこれで一時凌ぎはできた。会長も俺のことを仲間の一人として認識しただろう。後は頃合いを見計らって俺はフェードアウトすりゃいい。そんな考えをしながら俺は生徒会室を後にして、帰宅した。
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