第8話 体育

 その日の三、四時間目が続けて体育の授業だった。

 競技はサッカー。俺のクラスである二組と、一組の男子のみの共同での授業だ。


 授業の試合はまだ始まってなくとも生徒達は一際盛り上がっていた。

 何故かと言うのは一組にはいるのだ。ある一人の生徒が。

 面識はないが俺でも知っているぐらいの人物だ。風の噂でいろいろ話題が入ってくる。

 一組の方ではその生徒を中心にして数人の人だかりが出来ている。


 その生徒とは俺と別の一組の生徒、神崎龍介かんざきりゅうすけだ。何を隠そうこの男子は学年…いや、この学校一に運動神経が良い。サッカー部に所属していて、部の中でも掛け離れた身体能力を有して、部のエースとして活躍している。その他の全てのスポーツや武芸などにも長けている。プロを目指さないかと声がかかったこともあるんだとか。それに加えて頭も良く成績も優秀らしい。性格も良くて誰に対しても優しく、そして何より顔も良い。

 おまけに、そいつも生徒会に属していたな。


 どんだけ欲張った能力を入手しているんだ。こういう奴を見ていると自分がどこか、何か一つでも特質した何かを持っているのか?と落胆してしまう。


 サッカーをしている姿は前にも見たことがあるが美しいものだった。少し長めの髪をなびかせ、汗を飛びちらせながら俊敏に動いていた。身長も俺より数センチ高くて180超えてるであろう程にスタイルもいい。顔立ちは俳優なんかと見間違えるんじゃないかという容姿だ。本当に何から何まで兼ね備えている。


 神崎はいつも注目を浴びている。女子からは勿論だが男子からも人気がある。気持ち悪いレベルだ。


 そんな生徒とサッカーの授業なんだ、盛り上がるのもわかる。


 しかし、俺は興味がない。体育というのは俺の一番嫌いな授業だ。

 俺が体育を嫌いな理由だが、まず運動神経が悪いのだ、インドア派な俺には向かない。しかし、根本的な理由はそこではない。


 「それじゃあ二人組を作って準備運動をするぞ」


 これである。

 体育の先生からそう掛け声がかかり、生徒達はペアを組んでいく。

 そう、他の授業と違って頻繁にあるのがこの組を作らされることである。

 

 体育を行う全生徒が奇数の場合一人余る、ほぼ確実に俺なのだ。

 偶数の場合は二人余る。一人は俺、もう一人は大体の確率で俺と似たような青春の影に隠れているようなタイプの人間だ。

 そんなタイプの人間でも俺とは違い、似たような生徒の友達がクラスにはいたりなんかするがな。

 違うクラスの生徒だった場合なんかは俺と仲良くしようなんて思って話しかけてくることもあるのだが、上手く対応ができない。人を避けてきた弊害なのだろう。


 俺が一人で余る時、基本は先生と組むことになる。なんなら他の生徒と組むのより楽だ。ただ稀に先生が他の生徒の監視をする時などには出来ないことがある。そんな状況の時に二人組の中に強制的に入れられるパターン、それは気まずいので中々の苦痛だ。それもまだいい方だ。二つのチーム分けをする時に、引き抜き制でメンバーを決める時にクラスの運動能力が一番高い人を二人決め、その人が一人ずつ自分のチームへ入れていくのだ。当たり前だが、運動能力の高いものから順に選抜されていく。それで最後まで残る者がいる、言うまでもない、俺だ。内心「こいついらねえ…」と思われる態度で仕方なく入れられるのである。あれは辛い。

 とにかくそんなことで俺は体育が嫌いなのだ。


 そういった孤立する状況に最初は疎外感があった。ただもう慣れた。早く先生来いといつも思っている。


 そして俺は先生を待っていた、しかし…。


 「ねえ、俺と組まない?」


 後ろからそんな言葉が俺に向かって話しかけられた。


 え?何?余ったからでもなさそうで、自分から俺と組みたいなんて奴がいるのか?そんな物好きがいるとはとても思えないが…。

 そう思いながら後ろを振り向いて、その話しかけてきた人物を見る。

 その人物を見て衝撃を受けた。一瞬見ただけでもわかる、その美形な顔立ちに。


 そう、話しかけてきたその人物は神崎龍介だった。


 この光景に周りも騒ついていた。何より俺が一番驚いている。


 どうしてこの完璧超人男が俺なんかに話しかけてきたのだ…話しかけられたのは初めてだ。しかもペアを組めと、突然どうしてそんなことに?


 「え、なんであいつなんかと?」

 「つか、あいつ誰?」


 周りの視線がものすごい恥ずかしくなってきた。

 会長といい、カースト上位の生徒なんかと関わりなんて持ちたくないのに、どうしてこうも寄ってくるのか。


 知らない男子の一人が神崎の元へ寄ってくる。一組の生徒だろうか。


 「龍介、こいつと組むつもりか?…龍介とは体力が釣り合わないだろう」


 ズバッと言われたが、まさにその通り。何も間違えちゃいない。とっとと他の生徒と組んでくれ。


 「今日は俺、影井と組みたい気分なんだよ。だから気にしないでくれ」


 なんだよ組みたい気分って…やめてくれよ。


 「龍介が言うなら…まぁ仕方ないな」


 あっさり引き下がった。そこはもう少し粘ってくれよ。

 

 その男子生徒はどこかへ行ってしまった。そして、神崎は俺の方に視線を向ける。


 「それじゃあ、いいかな?」

 「他の人と組めよ、俺なんかじゃ相手にならない」

 「君がいいんだ」


 何を考えてるんだこいつ…。

 ただ、ここで断る理由もなさそうだ。準備運動ぐらいなら、まぁ良しとするか。


 「…わかったよ」

 

 この時間は準備運動やパス練習をする時間だ。俺と神崎はペアで軽い柔軟体操をすることにした。


 こんな俺だが男相手に緊張してしまっている。

 準備運動をしている時、神崎は俺に話しかけてきた。


 「君、かなり生徒会長に気に入られているみたいだね」


 ———!? 

 神崎も秋山と同様にそのことを知っていたのか?知っていてもおかしくはないのはわかるが…。秋山はともかくクラスも別のこいつにも俺と会長が接触していたことがわかっていたのか?


 「いや、気に入られてるわけじゃないと思うが」


 柔軟体操は続けながらその質問に答えた。


 「いいや、気に入られてるね君は。会長は誰にでも好意を持って接しているが君に対しては何か違う特別なものを感じるよ」


 …どうして俺がそこまでされていることを知っているんだ?


 「なんで特別だなんてわかるんだ」

 「伊達に一年、同じ生徒会を務めていたわけじゃないからね。僕はずっと会長のことを目にしてきたんだ、誰にも気兼ねなく話しているのを僕は知っていた。そして、会長の様子が最近変わったことに気が付いた。あんなに幸せそうな会長を見るのは初めてだった。何かあったのかと思って会長のことを陰ながら見ていた、そしたら君と会っていたことが分かったのさ。会長は君にだけは一段と好意的に接していた」


 ずっと見られてたって言うのか?ストーカーかこいつは…。

 完璧超人かと思ってたがこんな一面まであったのか。このことが知れ渡ったらさすがのこいつも引かれるだろ…いや、イケメン無罪なのか?寧ろストーカーしてほしいとか?

 

 「君は会長から気にかけて貰えてるのにそれを無視し続けていた」


 そんなとこまで見ていたのかこいつは…。


 「そして昨日の放課後も会長の誘いを断った」


 ———!?

 そうか、あの時の人影、あれは神崎だったのか。

 まずいぞ…見られていたのか、あの光景を…。


 「なぁ、影井…どうして誘いを断ったんだ?」

 「それは…いいだろ、別に。…それよりどうしてあの人はあんなにまで俺に執着するんだ」

 「会長は君の知っている表面だけの人物じゃないんだ。あんな会長だけど過去には…いや、これ以上はプライバシーに関わる。…とにかく君みたいな輪の中に入れないような生徒はどうにかしてあげたいんだろうさ」


 ピーー。笛の音が鳴る。


 「準備運動終わり!試合を始めるぞ」


 先生の掛け声がかかった。


 「最後に一言だけ言っておく、僕は会長が好きなんだ。特にあの笑顔がね。会長に悲しんでいる顔なんて似合わない。昨日はどんなに繕ってもいつもの笑顔ではなかった。だから、今度会長を悲しませるようなことをしたら…僕は君を許さない」


 神崎は真剣な顔をしてそう言い残してコートの方へと走っていった。


 会長の笑顔、確かにそれは特別なものを感じるものだ、守りたいのもわかる。


 …なんだか、まためんどくさい奴と関わることになってしまった。しかし、もういいんだ。昨日あんなことがあったのだ。会長に会うことはもうないだろう。

 

 

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