第7話 幼馴染

 翌朝。

 俺は複雑な気持ちで校門前まで辿り着く。

 会長が待っているのではないだろうかと少し様子を見ていた。


 すると、そこにはいつものように会長はいたのだ。

 何も驚くことはない。当たり前のことだ。俺のせいでもう挨拶運動をしてないんじゃないかなんて思ったりもしたが、それはさすがに考えすぎだったようだ。

 しかし、いつものように辺りを探して俺を探しているような感じではなかった。

 いつものように優しい笑顔で挨拶をしていたが、時折どこか悲しそうな表情もしていた。


 顔を合わせるのは気まずいと思い、俺は生徒達が通る中に紛れて早歩きで過ぎ去ろうとしていた。

 校門に入り、少し前を歩く男子三人組の左隣を歩き、壁になってもらうようにして一緒に歩幅を合わせていた。

 しかしその時、三人はピタリと歩きを止めた。


 「これこれ、これがさぁ…」


 真ん中の男子がスマホを手前に差し出してその画面を他の二人に見せていた。


 俺は止まると思ってなかったものでそのまま前に進んでいた。ふと挨拶をする会長の方に視線をやると目が合ってしまった。

 会長はすぐに気がついていた。しかし、何も言わずに悲しげな顔をしてそっぽを向いていた。

 

 …そう、これでいい。

 これが俺の望んだことだ。

 まさか挨拶も交わしてくれないとは驚いた。ただそれでいい。それで…。


〜〜〜〜〜


 教室に着き、自分の席に着席する。

 

 俺は考えていた。

 俺は学校生活を誰にも邪魔されたくない。一人で過ごしたいんだ。

 これでいい、そのはずだ。

 しかし何故だろう、もやもやするこの感じは一体…。


 俺は机に右腕で頬に片肘をついてそんなことを思っていた。

 前の方で、女子数人が駄弁っているのが聞こえていた。

 そのうちの一人が俺の机に背中から打つかってきた。

 机が引きずられる音を立てながら少し押された。


 「あっ、ごめん」


 視線を見上げて、謝ってきたその人物を見てみた。

 その人は、俺の数少ないクラスの見知った顔だった。なぜかというと、この学校で俺の唯一の幼馴染である秋山華蓮あきやまかれんだったからだ。

 水色のリボンに髪をくくったポニーテールの髪を肩下までの伸ばし、澄んだ瞳をしていて、穏やかな表情をしている。


 「なんだ、勇綺か…」


 秋山は俺の顔を見るなり表情を緩めて、俺の名前を呼んだ。

 そう、この学校で唯一俺を下の名前で呼ぶ人物でもある。


 「ねえ、なんで華蓮は影井のこと名前で呼ぶの?」

 

 そこにいた秋山の友達の一人がそう質問をした。


 「え?あー…昔からの名残と言うか」

 「へー、なんか昔は親密な関係だったとか?」

 「違うから!まったくこれっぽっちも!」


 両手を振りながら否定をしていた。

 わかっている、だがそこまで必死に否定することもないだろ…。


 「そろそろ先生来ちゃうから席に戻ろう」


 秋山はそう言って、周りにいた生徒は席に戻った。

 秋山は俺の一つ前の席に座った。そこが彼女の席だ。

 授業が始まったらいつも真剣に受けている姿が見える。


 彼女はとても学力のある優秀な人だ。

 昔から真面目な彼女は今も結構人気があり、誰とも向き合ってくれて頼られがちだった。

 男女問わず友達が多い。顔も良いのでモテることもあるとか。それでも、誰か彼氏を作っているようなことはなかったと思う。


 俺の幼馴染と言っても小、中学、そして高校とずっと同じ高校に通っているというだけのことである。クラスも度々一緒になっていて、去年も同じクラスだった。まさか高校まで同じ所になるとは思っていなかった。なぜか縁のある人物だ。

 今ではこの学校では秋山だけが高校以前からの知り合いなのだ。ただそれだけの存在である。それ以上のなんでもない。

 俺の全盛期である幼少期は、周りから下の名前で呼ばれていることもあった。その時一緒になって秋山も俺のことを名前で呼んでいた。しかし、そう呼ばれていたのも小学生の時までだった。中学からは小学校から一緒だった一部生徒を除いたら、普通に苗字で呼ばれるようになった。そして、今となっては秋山だけがこうして名前で呼んでいる。名残というのは本当だろう。深い意味なんて本当に何もないだろう。



 簡潔に言うが、俺は秋山のことが好きだ。

 いや、正確には「好きだった」が正しい。

 秋山はいつも真面目な優等生。それでいて行動力のある人で何か行事があればそれを率先する性格である。

 

 忘れていたが秋山も生徒会に所属していたんだったか。今は副会長をやっているなんて聞いたような…。中学の頃もしていた。恐らく時期生徒会長なのだろう。

 そして今は軽音部に所属していてる。そこでも人気者だとか。

 そんな優等生で誰にでも気を配れて優しく振舞ってくれる秋山は、昔は俺のことにも目をかけてくれていた。

 

 時々話しかけてくれたり、優しくしてくれていた。その状況は少し前までの会長と俺の関係と少し似ているところがある。ただ、あそこまで度が過ぎてはいないがな。


 俺はその行為がとても嬉しかった。

 女子なんかとは免疫のない人は少し優しくされただけでもその人に好意を持ってしまう、そういうもんだ。そして、俺はいつしか秋山のことが好きになっていた。


 しかし、ある日秋山が話しかけてくることが俺に対して好意なんてものを一切持ってないと言うとこに気付かされたきっかけがあったのだ…。

 その出来事は今は思い出さないでおこう。思い出したくない。


 俺はもう、秋山が俺のことを好きなんじゃないかなんて勘違いはしてはいない。あの性格だから俺なんかにも差別なく接して優しくしてくれてることは知っている。優秀な自分を保つために誰にでも優しくしてるのだ。


 その頃の俺はそのことにすぐに気がつかなかった馬鹿だ。

 だから、俺は人を好きになんてなってはいけないのだ。俺には告白するような勇気もあるわけもない。そもそも付き合いたいとかそんなことも思ってはいない。どうにかなるわけでもないんだ、好きという感情はなくしてしまった方が楽だ。そして、今は特になんの感情も出なくなってしまった。人間というそのものがもう好きになれないのだ。


 

 朝の始業時間が近づいていた時、秋山は椅子に座ったまま、自分の椅子の背もたれの部分に手をついて身体だけをこちら側に向けて、俺の方を見てきた。


 「ねえ、勇綺」

 「…な、何?」 


 秋山が突然話しかけてきた。話しかけられるのが久しぶりだったもので驚いて少し緊張した。


 「勇綺、最近会長と知り合いになったの?」


 何故それを?と思ったが同じ生徒会なら知っていても当然なのだろうか。会長は俺のことを話題にしていたりするのか?そういうどこかで話題に出されるようなことはされたくないのだが。


 それより昨日起きた出来事、理由はどうあれ俺が会長を泣かしてしまった事実。これが広まってないだろうか?これが広まったら人気と信用のある会長を泣かせたなんてことがバレたら、もう俺はこの学校に居られないんじゃないかと思えてきた。


 「この前、勇綺と会長が話しているところをチラッと見かけたんだけど…」


 チラッと見た?その発言から察するに会長が俺と接触していることを名指しして話しているとかそういったことはないのだと一瞬ホッとした。チラッと見た、というのはどこでなのだろうか。まさか昨日のことではあるまいな…。


 「知り合い…というかただ話しかけられただけだが」

 「話しかけられた…って何を話してたの?」

 「いや、別に大したことは何も…」

 「ふーん…最近の会長何か楽しげで、何かあったのかって聞いてみたら、ある生徒と知り合いになれたのがとても嬉しいって言ってたの。仲良くなりたくて、新しい生徒会に招きたいとか言っていたから、それが勇綺なんじゃないかって…少し思っただけ」


 名前は出してはいなかったが俺のことであろう人物のことは話題には出ていたのか。


 「…でも、会長昨日の放課後は悲しそうな表情をしていた…明るく振る舞ってはいたけど私にはいつもと違うように見えたの…何かあったのかなぁ…」


 それについては心当たりがありすぎる。

 やっぱり落ち込んでいたのか、そりゃそうだろうとは思う。

 ここでそれが俺だと言うことは出来なかった。言う必要もないだろう。会長はもう俺には会いに来ない。会長もすぐに俺のことなんて忘れるに決まっている。もう、終わったことなのだ。

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