第5話 執着
その日の二時間目の移動授業が終わり、周りにいるクラスメイト数人と教室へ戻る時だった。廊下を歩いていたら、偶然にもその前には会長の姿があった。その付近に女子の友達であろう二人と一緒に歩いていた。
完全に油断していた。咄嗟のことだったので隠れることも出来なかった。そのすれ違いざま、会長は俺の存在に気づいたようだった。
「あっ、影井君…」
会長は立ち止まり、俺の名前を呼んでいた。
会長は、俺が会長の存在に気づいてることを知っている様子はなかった。そして、今の名前を呼ぶ声はそこまで大きいものでもなかったので、俺は気づかないフリをしてスルーして早歩きで前に進んでいた。
「影井君!!」
今度は少し大きめの声で呼ばれた。同じクラスの生徒も何人か気がついてそちらに注目が集まる。
「あれ、会長だ」
「影井?誰だっけ?」
周りの生徒からも余計に注目されてしまう。
二度目は無視するわけにもいかないのでそちらを振り向いた。
会長はこちらに向かって手を上に掲げて大きく振っていた。
手を振っているだけだった。何も言うこともない。どう対応していいのかわからずただ見てることしかできなかった。
「誰?あの子、亜姫の知り合い?」
会長の友達であろう一人が俺のことについて聞いていた。
「知り合い…というか、なんというか…」
会長は再びこっちを見て今度は小さく手を振っていた。
「ごめんなさい、行きましょう」
会長はそのまま反対側の廊下を進んでいった。
一体何がしたかったんだ。やめてくれ、恥ずかしいんだから。
俺はそんな心中で教室へと廊下を歩いていた。すると、同じクラスの男子の一人が俺の方へと近づいてきた。
「なぁ、今の生徒会長だろ?なんでお前の名前呼んでたんだ?」
話しかけてきた男は名前もまだ覚えてない奴だった。
誰だっけこいつ、いきなり馴れ馴れしく話しかけてくるなよ。
俺は立ち止まらずに歩いていた、そしてそいつはついて来て質問してきた。
「なあ、どうなんだよ」
「知らないよ」
突然名前を呼んで去っていったその行為の意図はわからなかったが、大体の検討はついてはいる。ただ声をかけたかっただけなんだろう。
「お前会長と知り合いなのか?」
「そんなわけがない」
一応見知ってはいるが、知らないフリをしておこう。
「今お前の名前呼んでたじゃねえか」
なんだこいつ、うるせえしうざったい。早くどっか行ってくれよ。
「なあ?」
「知らないよ」
「…お前、それしか言えないのかよ」
「本当に知らないんだよ」
「…もういいよ」
その生徒は友達のいるところへと戻っていった。
こそこそと話が聞こえる。俺の陰口を言っているんだろうと思う。どうでもいい、そこには耳を傾けない。
〜〜〜〜〜
その日の昼休みの時間であった。
俺は昨日同様、一人で弁当を食べていた。
「影井君!」
もはや聞き慣れた声が俺の名前を呼ぶ。
後方のドアを見てみるとやはりいたのだ、会長が。
どうして今日も来るんだ…。昨日断ったばかりだろ、なんの用があるって言うんだ。
そしてまた手招きして呼んでいた。仕方ないので廊下へ出る。
「あの…影井君、さっきはごめん。用もなかったのに名前呼んじゃって」
本当に用もないのに名前を呼ばれるのは困る。変に目立ってしまったじゃないか。
「影井君に偶然会えたのが嬉しくなっちゃってつい…」
つい…で話しかけないでほしい。
「それでね…」
昨日とはまた別の風呂敷に包まれた弁当であろうものを首元まで持ち上げる。
「今日はお昼一緒に…どうかな?」
懲りもせずにまた誘ってきた。
「言いましたよね、俺は一人で食べたいんですって」
「そうだけど…影井君とちょっとは距離縮まったかなと思って…気が変わってくれたんじゃないかなーって…」
距離が縮まった?どこが?
会長がどういう考えをしているのか全く読めない。
「俺は話をすることしか承諾してませんが」
「一緒にお昼を食べながらゆっくりお話したいかな〜って…」
それはもう、友達…というよりそれ以上の関係のような気もしてしまう。
「今日だろうが明日だろうが駄目です。一人がいいんで」
「そっかぁ…」
昨日も見たあの表情で落ち込んでいた。
ただ、しばらくしても帰ろうとしなかった。
「あの…どうかしました?」
「今の一瞬で影井君の気持ちが変わってないかなって…」
どうして一瞬で変わると思ったのか。変わるわけないだろ、そんな一瞬で。
「昼休み、もう会いに来なくてもいいですから」
「うぅ…」
会長は悲しそうな顔をしながら去っていった。
〜〜〜〜〜
翌日の朝、今日は晴れていた。
昨日のこともあって会長が挨拶運動をしていることを知っていたので、俺のことを待って探しているんじゃないかと少し警戒して、校門前から少し様子を伺った。
そしたら案の定、辺りをキョロキョロしながら生徒達へと挨拶をしている会長がいた。
きっと俺を探しているに違いない。昨日あんな態度を取ったにもかかわらずまだ俺に話しかけようとしているのだろうか…。
どうしたものか…校門を通らないわけにもいかない。できれば会長から避けたい、また話しかけられるようでは困る。このまま授業が始まる間際まで待っているか、そしたら仕方なく自分の教室に帰ってくれるだろう。
そう思い俺は校門には入らず、学校の反対側にある建物の隙間に身を潜めていた。
ここまでする必要があるのか?と我ながら思ってしまった。ただこれも死活問題だ。俺の安息の学校生活を邪魔されては困る。
数分経ち、始業時間の始まる3分前になった。さすがにもういないだろうと確信して、様子を見てみる。しかし、そこにはまだ会長がいたのだ。
なんでまだいるんだ…。
会長は教育指導の先生と何か話している。
先生は先に校舎へと行き、会長はまだ残っていた。
会話は聞こえなかったがあの感じから察するに、会長はもう少しだけ残ろうとしてるのか。
俺はさすがにもう待っていることはできない、観念して俺は校門まで行った。
「影井君!」
会長は俺にすぐ気がついた。
「おはよう…遅いから今日休みなのかと思ったよ」
「もう始業時間になりますよ。いつもこんな時間まで挨拶運動してるんですか」
「…いつもってことでは…」
「俺のことわざわざ待ってたなんてことないですよね」
「そんなことは…」
どう考えても俺のことを探していたようだったが、まぁ言わなくてもいいか。
たかだか朝の挨拶のためだぞ、そんなことで待ってほしくなんかないってのに。
「影井君、体調はどう?まだ寒い日が続いてるけど…体調なんかは…」
「昨日大丈夫って言ったばかりなんですが、それに今日は寒くもないですよ」
「そう…だったね」
「…もし俺のために待っていたっていうのならもうやめてください。俺のせいで会長が授業に遅れたらどうするんですか」
「そんな、私の心配なんてしてくれなくてもいいのに…。でも嬉しい…私のことも思っていてくれて、それだけで私は嬉しいな」
心配したわけでもない。会長が授業に遅れるとなぜなのか理由を問われる、会長は俺個人の名前は出さないだろうがこんな感じのこと繰り返していたらいずれわかってしまう。
俺が原因なんてことになったらめんどくさいことになる、それを避けたいだけなのだ。
「…でもわかった。もう影井君をこんな時間になるまで待つようなことはやめようと思う…」
「そうしてください」
そして俺は自分の教室へと向かった。
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