第4話 挨拶運動
翌日、肌寒い気温だった。
学校までは電車でそこまでかからない距離にある。電車を降り、徒歩でその学校に向かう。そこまで歩く距離もそれほど長くない。通学なんかには時間はかけたくないのだ。
そして、学校が目に入るところまで着いた。
校門を入ってすぐの右側付近ではいつも、生徒指導が挨拶をしている。
実は毎朝ここが難関である。
朝っぱらから大声を張りたくない。声が小さいなどと難癖つけられるのも嫌だ。
俺はいつも、なるべく誰かと同時に入ることにしている。そうすれば大体、挨拶することもなく難を免れる。
俺の今歩いている歩道の向かって左側に学校の校門がある。そして、俺の向かい側の正面からは同じ高校の制服を着ている女子二人組の生徒が会話をしながらこちらへ歩いているのを俺は確認した。俺は歩くスピードを少し緩め、調整する。そして校門へその二人組と同時になるように入り、校門を通り過ぎる。
よし、完璧だ。これで挨拶はせずに済んだ。
そう思っていた。
「おはよ〜う」
女性の声がした。
というかこの声どこかで聞いたことがあるような。
その挨拶は俺に向けられたものではないだろうと思ってスルーしていた。
「影井君!」
その、俺の名前を呼ぶ声でそれが誰かわかった。
そうだこの声、そして俺を呼ぶ人物なんてもう一人しか思いつかなかった。
俺はその声がした校門の方を振り向いた、そこには会長がいたのだ。そしていつもの笑顔でこちらに駆け寄ってきた。
「影井君、おはよう」
「…おはようございます」
どうしてここにいるんだ。まさか俺のことを待ってた?そんなことあるわけないか…。
会長からは避けながら過ごそうとしていたら早々に会ってしまうことになるなんて…。
「どうしているんですか」
「えっ?…私、生徒会長になってからは一応、毎朝挨拶運動をやっていたんだけど…知らなかったかな?」
そうか、どっかで見た顔だと思っていたのはそういうところでも見ていたのか。
「なんか顔色悪くない?大丈夫?元気かな?」
朝はいつもこんな感じだ。元気なんていつだってあるわけがない。
それよりもこんなところで話し込まないで欲しい。相変わらず周りからの視線が痛い。
「さっき少し雨降ってたけど大丈夫かな?濡れてない?…今は降ってないみたいだけど、傘忘れてたりしないかな?…もし忘れたのなら生徒会室の私の所まで来てね、いつでも貸してあげるから」
すごい勢いで話しかけてくる。確かに話しかけること自体はいいとは言っているが、ここまでとはな。
そしてどんだけお節介なんだよ、この人は。
「…はい、覚えておきます」
俺は会長に目を合わせようともせずにそう答えた。そして校舎に向かおうと会長に背を向ける。
「影井君…!」
また引き止められた。そして嫌々な態度で後ろを振り向く。
「あの、えーっと…最近寒いね。大丈夫?風邪ひいてない?体調悪かったりしないかな?」
会長はなんとか会話を繋げようと必死になっていた。
「大丈夫ですから」
「そう…じゃあ悩み事とかないかな?あったら相談に乗ってあげるけど…」
「ないです」
会長は俺と会話をしたいのだろうけどこれは一方的に話しかけてきているだけだ。
会話というのは互いに言葉を交わし合うことだ。しかし、これは返事を返しているだけだ。自分から話すことはない。これだけを繰り返していれば大抵の人は「この人は話したくないんだな」と思ってくれる。いつしかそんなことが慣れしまっていた。人と話すということがめんどくさくなっていた。すぐさま会話を切り上げたいという気持ちでいっぱいになる。
俺は常にその言葉に対する問いにこれ以上会話が膨らまない答えを出すのがベストだと考えている。
会話のキャッチボールが出来ていない状態に気づいてくれ。投げられたボールを敢えて受け止めた状態で離していないのだから。
それから話したくない時や接触してほしくない時は常にそんなオーラを出すように心掛けている。
話しかけてきてもその人の顔を見ず、目を合わせない。表情も変えない。時折、話しているのが嫌だということを態度に小出しする。それでいつも乗り切ってきたのだ。
「本当に…ないかな?」
なかなかしつこいな、この人。
「なんでもいいの。小さなことでもいいし、何かしたいことがあったら私が手助けもしてあげるし…」
次から次に話しかけてくる。
この人は違う、普通じゃない。もう諦めて話しかけるのをやめてもいい頃だろう。それでもなお、お構いなしに話そうとしてくる。
「結構ですから…」
「…何かあったらいつでも言ってね」
「…はい」
俺は小さな声で返事をして、早歩きでその場を立ち去り教室へと向かった。
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