第3話 勧誘
その日は進路相談があり、放課後少し残ることになった。
俺は大学に進学するつもりはなかった。学力もそこまでなく勉強も好きじゃないって理由もあったが、一番の理由は学校という施設そのものが嫌いだからだ。人口密度が多すぎる。青春をしている連中が目に入るだけでなんかもう目が痛くなる。なので早いうちに就職したいと思っている。だが、そんなことは言ってはいるがまだ何がしたいかなんて明確には決まっていないのだ。
そんなことを先生と話していた。
担任の女性の松本先生は進学について何も勧めてこなかった。俺なんかに関心がないのだろうか、他に優秀な人なら沢山いるからな。
そしていつもより30分ほど下校が遅くなった。
早く帰りたいという気持ちがいっぱいで下駄箱まで着いた。
自分の靴箱の場所まで来ると、校庭からの日差しから誰かの人影が見えた。
そして、その自分の靴箱の前を見てみると、誰かが立っていた。眩しいながらに顔までよく見てみた。そしたら一瞬でその人物がわかった。
そう、花城会長だった。
まさか、向こうから積極的に会いに来るとは予想していなかった。
「あ、影井君!」
会長は俺に気がついて駆け寄って来る。
まさか本当に今日の放課後を待っていたとでもいうのか?
「今日、進路相談あったんだね。いつ終わるかわからなくてずっと待ってたよ」
ずっと待ってた?ここで?30分ぐらいあったぞ?生徒会の仕事もあるだろ、たかが俺と話すくらいでそんなに待つなんて一体何を考えてるんだこの人は…。
「それじゃあ…話、聞いてくれるかな?」
ここまでなってしまったらもう聞く他ないだろう。幸い周りに人もいないので目立つこともない。
「…なんですか?」
「その…影井君、いつも一人でいるじゃない?だから…ね、なんだか放って置けなくて」
その言葉に眉がピクリと反応してしまう。
さらっと酷いこと言うなこの人。しかし何故俺がいつも一人でいることを知っている?
「ち、違うの!だから可哀想とかそんな風に思ってるわけじゃないの…ただ、やっぱり一人でいるのは寂しいんじゃないかって…」
寂しいなんて思っちゃいない。人と関わらなくてもそんなこと感じることもなくなった。
「私は生徒一人一人に目を向けようと思っているの。その人がどんな学校生活を送っているのかって見ているの。…それである日、影井君の存在に気がついたの。いつも一人で部活や委員会とかどこのグループにも一切属していないから、なんだか見ていてこっちまで悲しくなってきて…」
一人一人に目を向けるなんてなんて労力の無駄なことをしているのか…。
それで俺が一人でいることが惨めに見えているのか、勝手に決めつけないでほしい。
「それでいつしか影井君のことを目で追うようになっていて、二年に進級したらクラスにお友達ができて、一人でいることもなくなるんじゃないかなっ…とか思ってたけど…そんなこともなくて…」
学年とクラスが変わるだけで友達ができるとかそんな簡単な話なわけがない。
「ずっと話しかけたいと思っていたのだけど、タイミングが掴めなくて…それで昨日影井君の方から声をかけてくれたことがとても嬉して、知り合えたのはとてもいい機会だと思ったの」
…要は俺が一人でいることを哀れんでいるだけなんだろう?大きなお世話だ。俺は好んで一人でいるだけなのに。放って置いてくれた方が俺はいいんだがな。
生徒会長、という大役を任されたのだから俺みたいなのは特に放って置けないんだろう。こんな協調性の無い生徒はなんとかしないといけないと立場が上の先生辺りからも言われてるんだろう。そう、嫌々俺に接してきているに違いない。
「…それで、何が言いたいんですか?」
「その、だからね…影井君も生徒会に入ってほしいの…!」
なんでそうなるんだよ。
生徒会?この俺が?何をバカなことを言ってるんだ?そんなのありえるわけないだろう。
「影井君もどこかのグループに入ってほしいなって思ったの。二年生になった今から部活に入るのも難しいだろうし、何か入りたい委員会なんかもないのなら是非、生徒会に入ってくれないかなって」
どうしてそうなる。何故どこかに所属させようとしたがる。一人がいいんだよ、余計気を回さないでくれ。
「どう…かな?」
「お断りさせていただきます」
「…どうしてかな?」
「俺なんかが務まるとはとても思えません。そもそもそんな簡単に生徒会に入れるわけじゃないですよね?」
「生徒会は六人だったの。でも、つい最近生徒会にいた三年の一人が突然転校することになってしまったの、だから変わりの一人を決めたいんだけど、もう一度選挙をしている余裕はもうないみたいなの。だからこちら側で一人決めていいことになっていて…」
「それなら選挙に出た人にしてくださいよ、俺なんかにしたらその人達に申し訳ないですから」
「選挙に出た一人を選んでしまうと他に立候補してくれた人から反感も買ってしまう可能性も考えているの。だからその辺は難しいの」
「…どうして俺なんですか」
俺としたことが、ついこんな質問をしてしまった。そんなことを尋ねずとも拒否だけしてればよかったのだが…。
「誰かと一緒にいる、誰かと何かをする、それって素晴らしいことだと思うの。そして、何より影井君に学校生活を楽しんでもらいたいから。そういうのって、学生時代しかできないと思うの」
学校生活を楽しむ、ねぇ…。
そんな考え、俺にはなかった。
「他の人を当たってください。自分には荷が重すぎます」
「生徒会は何も難しいことなんてしないの。他の生徒会役員もみんな優しい人ばっかりだから…なんなら入ってくれなくてもいいから、一緒にいてくれるだけでもいいから」
役員でもないのに生徒会にいろと?一体なんの意味があるんだ。
必死に引き入れようとする会長だった。
本当のことを言うと俺は1ミリも葛藤なんてしていない。どう断るのが早いんだという思考しかなかった。
「だから…どうかな?」
「…無理です」
ここはシンプルにきっぱり一言で断った。
「…そっか…」
会長は悲しそうな顔をして俯いていた。
だからどうしてそこまで落ち込むんだ、俺みたいな生徒一人の事だというのに。
「だったら…生徒会は諦める。…それなら、私と
お友達になってくれない…かな?」
友達?何それ?
会長は目を輝かせながら真剣な眼差しで見つめてくる。
突然のことに戸惑った。俺は幼少期を除いて友達というものを一切作ってこなかった。
明確に友達になってほしい、なんて言われたのも初めてなんじゃないか。
友達という定義がわからない。
何をしたら、どこまでが友達なのか。
「…どうかな…?」
これは返答に困る。ここで断るのも申し訳ない気もする。「嫌です」なんて答えるのも違う気がする。しかし、生徒会長なんかと接点を持ってしまったら後々めんどくさいことになりそうだ。ここは傷つけないよう優しく断るしかない。
「俺なんかが会長と友達になんてなれませんよ。会長なんかと一緒にいていい身分なんかじゃないです。だから遠慮させてください」
「そんなことないよ!私はそんなの気にしない。生徒みんなと仲良くなりたいの。だから、駄目…かな?」
会長は引き下がってくれなかった。仕方がないので自分の気持ちも伝えることにする。
「俺の気持ちも汲み取ってほしいんです。生徒会長なんかと友達になったら周囲から嫉妬されてしまうと思うので…それが嫌なんです」
「私はそんな…大層な人間じゃないと思うのだけど…」
自分が人気者で好かれているという自覚がどうやらないらしい。
「別に俺、友達が欲しいなんて思ってないですから、気にかけなくてもいいですよ」
「でも…」
会長は悲しそうな顔をして、それでもという顔で訴えかけていた。
「それなら友達は諦める…。でも私、影井君とお話がしたい、もっと知りたいの。こうして会う機会があったら、もっと会話したいな…」
会話…ねぇ。人と話をするという行為は最大のコミュニケーションだ。俺からしたら神経を使いとても疲れるだけだ。そんなことは避けたい。
ただ、このままだと会長は引き下がらない気がした。そのぐらいならまだ許容範囲だろうと思う。
「まぁ…それぐらいだったら」
「本当!?良かった…」
会長はいつも以上の笑顔でとても嬉しそうな表情をしていた。本当に顔に出やすいんだな、この人は。
「ごめんね、帰る時に話し込んじゃって。それじゃあ、また今度ね。さようなら」
会長はその場から立ち去っていった。
今度…か。これからはなるべく会長を避けようと思う、それなら話す機会なんて早々来ないだろうからな。
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