第2話 お誘い
その日は何事もなく授業が終了した。
今日の会話はあの時の生徒会長との会話のみ、少し喋りすぎたな…。
誰かと会話しただけでも強く印象に残ってしまう。その少ししか話す機会がないのでかえってその言葉の意味が気になったりしてしまう。
生徒会長はどうしてあの時俺にあんな質問をしてきたのだろう。それが引っかかっていた。
〜〜〜〜〜
翌日だった。
四時間目の授業が終わり昼休みの時間になった。生徒達はそれぞれ教室で弁当などを食すか、学食や購買に向かって行く。
俺は教室の右端の後ろから二番目の自分の机で一人で弁当を食していた。中身は母親が作ってくれた大したことのない普通の弁当だ。
ぼっち飯なわけだけが、周りの目は最初は気になっちゃいたが、今では別段気になることはない。
教室に残っている生徒も半分くらいでそこまで多くない。
わいわいと騒いでいる声が鬱陶しいと感じることもあるが、それでも便所やどこか一人隠れて食すよりはいいだろう。そういうことをし出すと、自分がそんな哀れで悲しい人間だということを自分で決めつけることになってしまう。それならば、もう堂々と自分はぼっちですということを辺りに知らしめる方が楽だ。そんな態度を示していたら、周りも変に気を使わず俺に関わるのはやめておこうとなるだろう。
俺はスマホをいじりながら、箸を勧めていた。
10分くらい経った頃だった。
「影井君!」
唐突に自分の名前を呼ぶ声が聞こえて少しむせた。
俺の名前を呼んでる声が聞こえた後方のドアを見た。すると、そこにいたのはあの生徒会長、花城亜姫だった。
どうしてここに…?
生徒会長だからか、教室に残っていた生徒達の視線はそちらに向けられていた。
「影井君、食事中にごめんね。少しいいかな?」
手招きして呼んでいるようだった。
一体なんなんだ?昨日の今日で何か用でもあるってのか?ただ生徒手帳を拾っただけだよな?
俺は弁当の蓋を閉めて恐る恐る教室を出てみた。
「あの…えっと…」
会長は手元に持っていた可愛らしいピンクの風呂敷に包まれている物を両手で首元まで持ち上げた。
「お昼…一緒に食べない?」
え?なんの冗談?
昨日も見たあの愛らしい笑顔で突然誘ってきた。
お昼を一緒に?なんだそれ。高校生になってからは一度も学校で誰かと昼食を囲ったことなんてない。俺は一人で静かに自分のペースで食いたいんだ。
それを一緒にだって?それも女子と?それ以上に生徒会長って、ハードルが高いにも程があるだろ。
それ以前にどうして俺を誘う?どうしてそうなった?何がどうしてこんな状況になってるのかわけがわからない。
廊下の周りでも会長を見る視線が集まっている。
「あ、生徒会長だ。やっぱりかわいいな〜」
「話してる人って、あれ誰?」
二年生の女子二人のすれ違いざまの会話が聞こえてきた。
周りが騒ついてこういった注目が集まるこの状況はキツイものがあった。
「どうして俺なんかと一緒に?」
「私、影井君と仲良くなりたくて…」
仲良く?昨日落とし物を拾った、ただそれだけの関係なのに。急にどうしてそんなことに…。
「駄目…かな?」
女子と食事をする、それは普通の男子からしたら勝ち組なことなのだろう。ましてはこんな美人の生徒会長なんだ。決して好意とかそういったものではないのだとしても、こんなお誘いはとても光栄なことなんだろう。
しかし、俺は普通とは違う。人が嫌いなんだ、見知らぬ人と食事すことがどれだけ苦痛なことなのか、しかも目立つタイプの人間だ。それを考えただけで俺は断る選択肢しか考えられなかった。
「俺…一人で食べるのが好きなんですよ」
「…そっかぁ…ごめんね、無理なことを言って」
会長は持っていた弁当を下ろして、下を向いてしょぼんと落ち込んだ表情をしていた。
そんなに落ち込むようなことか?俺なんかが断っただけだぞ。
「それじゃあ少しでいいの、影井君とお話したいことがあるんだけど…」
お話?生徒会長と一体何を話すことがあるってんだ。
「あ、会長!おはようございます」
廊下で会長に挨拶をする二年の生徒達が何人か現れ始めた。
「おはよう木村さん」「あら桜井君じゃない」「森田さん、久しぶり」
会長に話しかけだす生徒まで現れ始める。会長は一人一人に丁寧に相手をしている。
誰に会うにもいつも可愛らしく微笑んで優しく接している。
誰にでも好かれている感じだ。俺の苦手なタイプだ、この人と一緒にいたら人が集まってくる。
それよりも、本当に生徒達の名前を覚えているんだな。同学年の俺でも今話していた人の名前が一人もわからなかったというのに。
人が群がってくる、この状況が嫌で仕方ない。もう自分の席に戻ろうかなんて考えていた。
そんなうちに、会長に話しかけてきた人達はいなくなった。
「ごめんごめん、話…いいかな?」
話がなんなのかわからない。ただ長くなりそうなことも考慮して今は避けたい。人に見られているこの感じがもう耐えられなくなっていた。
「その話、今じゃないと駄目ですか?」
「いや、そんなことは…ないけど」
「それなら、また機会があるときにしてくれませんか」
「…そうだね…今お昼の時間だもんね…それなら放課後とかいいかな?」
「機会がありましたらね…」
「…うん、わかった。邪魔してごめんね。じゃあ、またね」
右手で軽く手を振って笑顔のまま、その場を立ち去っていった。
機会があったら、なんてその場凌ぎの嘘に過ぎない。俺はもう会うつもりはない。なんの話だったか知らないが、このまま有耶無耶にしてその話を無かったことにしよう。
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