第6話 思いがけない彼女の深層〜the day after〜
年末の寒さも極まり、身も芯まで凍えるある日。
ぼくは同居している彼女、恵子に意を決して結婚して欲しいと伝えた。
彼女はもちろん即答でOKをくれた。
ぼくの両親にもテレビ通話で報告して、あれこれ、どんな結婚式をするかだの、孫はいつかだの、両親は嬉しそうに責め立てた。
ぼくは気が早い両親を宥めつつ、何より恵子が楽しそうにしているのを嬉しく感じた。
改めて二人で挨拶に実家に戻ることを伝え、通話を終えた。
慌ただしくも浮かれた空気が流れるとある日、恵子と二人で出掛けた。
恵子の体調もだいぶ良くなって、普通の生活が出来る様になっていた。
ただすっかり痩せてしまって寒いらしく、マフラーぐるぐる巻きのミイラ子さんだ。
ぼくはそれを見ていてニコニコしていたら、笑い事じゃないよと怒られてしまった。
ふくれて見せる恵子が愛おしくて尚更笑った。
イルミネーションが輝く街並を見ながら、ぶらぶらしてちょっと買い物したりしてから帰路についた。
地元の駅もすっかり年末の装飾がキラキラして風景が忙しい。
エスカレーターを降り外へ出ると、突然眩しい光が目を覆った。
その瞬間、異常な状況に
ぼくは激しい衝撃を受けて宙に投げ出され、そのまま意識を失った。
わたしは眩しい光の中、突然突き飛ばされて何が起こっているのかわからなかった。
次の瞬間、激しい破壊音がした。
呆然としてへたり込んでいると、徐々に光景が目に入ってくる。
駅前の街灯の柱に突っ込んでフロントが大きく破損した車。
運転席にはエアバッグがいっぱいに膨れて中はどうなっているかわからない。
何か現実でない感覚がして、ただ虚ろに見回した。
そうだ!わたし突き飛ばされて無事だったんだ。
突き飛ばされて地面に打ち付けた膝から血が出ていたけど気が動転していたせいか痛くなはかった。
涼太は……
わたしを
「涼太!涼太!!」
わたしは上手く動かない脚を引き摺って涼太の元へ。
「嫌ぁ!死なないで……涼太」
また何もできない。泣いているだけだ。
駅前の派出所から警察官が駆け寄ってきた。
「大丈夫ですか!今、救急車来ますからね!」
どれくらい経ったかわからない。
担架で運ばれる涼太に付いて救急車へ乗り込んだ。
近くの大学病院に運ばれた涼太はそのまま集中治療室へ運ばれた。
わたしはその手前のところまで来て彼を見送った。
「気をしっかりね」
看護師さんがそっと声をかけてくれ、血が出ていた膝の手当てをしてくれた。
その後、状況を色々聞かれたけど、頭の中がぐちゃぐちゃで泣く事しかできなかった。
察した看護師さんは肩に手をまわして「ごめんなさいね」と言った。
集中治療室の手前のベンチに座り込んだまま何時間か過ぎた。
うつむいてただただ祈る事しか出来ずにいた。
もう夜も深い時間、彼のごい両親が駆け込んできた。
多分、警察か病院が連絡したのだろう。
「あ、恵子ちゃん!涼太は?」
お母さんが声をかけてきた。一旦止まった涙がまた溢れ出る。
「ごめんなさい……ごめんなさい……」
「あなたのせいじゃないわよ!大丈夫だから」
お母さんがそっと頭を撫でてくれた。
「わたしを庇って……彼が……ごめんなさい……」
「そうか、あいつは君を守ったのか!よくやったよ、さすがオレの息子だ。まず君が無事で良かった」
お父さんがそう言ってわたしの肩にそっと手を置いた。
ご両親の優しさが今は痛かった。
彼まで失ったらどうしよう……そんな事ばかりで頭が一杯だった。
看護師さんがご両親に状況の説明をし始めた。
今必死に医師達が処置を行っている事や輸血が必要なので、その許可など。
「今、先生たちが頑張っていますからね、ご両親も心配でしょうけど。息子さんの体力次第です」
「何とか助けてやってください」
そう言ってご両親は頭を下げた。
「大丈夫よ、涼太は頼りなさそうに見えても意外と丈夫なんだから」
不安そうなわたしを気遣ってお母さんがそう言ってくれた。
帰ってきて!涼太……
その後も何時間も処置が続けられ、治療室の扉が開いた頃には朝になっていた。
手術着を脱いで出てきた医師から、何とか命を留められたが油断ならない状態であることが説明された。
ご両親と共に治療膣の横のガラス越しに血の気のない涼太に対面した。
意識はなく人工呼吸器が装着されており、色々な装置につながれている。
その周りではまだ看護師さん達が忙しなく動いている。
「やれることはやりました。あとは息子さんの生きようとする力にかけるしかありません。暫く絶対安静です」
医師はそう言うと一礼して部屋を出て行った。
暫く見つめていた。やがて看護師さんに誘導され待合室へ移動した。
涙も枯れて頭の中は真っ白。
たぶん酷い顔しているのだろうと思う。
ご両親が心配してくれて、
「母さん、オレが残るから。そうだな、2人で涼太の着替えとか持ってきてあげなさい」
彼がどうなるかもわからないので不安だったけど、気を利かせてそうお父さんがきりだした。
「そうね、すぐ戻るけど、じゃあ何かあったら連絡頂戴ね。恵子ちゃん案内して」
道案内を理由にお母さんに言いくるめられて病院を出ることにした。
脚を引き摺るわたしを気遣って病院前に待機していたタクシーを捕まえ自宅に向かった。
一晩帰らなかっただけだけど、随分帰ってない変な感覚。
玄関の鍵を開けて中にお母さんを招き入れた。
「お邪魔しますね。涼太の部屋は?」
「この奥です」
「じゃあ、私が着替えとか見繕うから、恵子ちゃんは少し休んでて。シャワーは怪我してるから無理か。顔洗ったら?お肌に悪いわよ」
「そうですね……そうします。すみません」
お母さんも心配だろうに、気丈に振舞ってニッコリして小さく手を振った。
言われる通り洗面所に向かって鏡を見た。ひどいクマ……
泣いたせいでメイクも半分落ちてて恥ずかしい。
熱めのお湯で顔を洗った。
メイクを落として少し気が紛れたら、今更怪我した膝が痛くなってきた。
必死に怪我と闘っている涼太の為にもしっかりしなきゃ。
綺麗にメイクをし直して、大きく深呼吸した。
メイクを終えて洗面所を出て、着替えなどを入れる紙袋を持って涼太の部屋へ。
3回ノックをして部屋のドアを開ける。
「あぁ、丁度良かったわ。袋取りに行こうかと思っていたところよ」
お母さんに紙袋を渡す。
「もう入れるだけだから、着替えておいでなさいな」
「ありがとうございます。すぐ用意して来ますから」
短く返して2階の自室へ戻って昨日から着たままの服を脱ぎ捨ててデニムパンツにシャツを着込んだ。
1階に戻ると用意を終えたお母さんがリビングのソファで待っていた。
「すみません、お待たせして。早く戻りましょう」
容体が急変したりしたらと嫌な予感を感じて気が急いていた。
「ちょっと待って、恵子ちゃんちょっと座って」
お母さんが呼び止めた。
「あ、はい。どうされました?」
不思議に思い戸惑いながらもお母さんの隣に腰を下ろした。
「涼太のどこが好き?」
「え?」
突然の質問にびっくりした。
「こんな時に聞く事じゃないかもしれないけど、聞いてみたくて」
ふふっと微笑むおかあさん。
「真っ直ぐなところ、そして優しいです、とても」
ちょっと赤面したかもしれない。
「そう、あの子、あなたの事大好きで仕方ないのね、きっと。普通車が突っ込んできたら驚いて自分が逃げるでしょ?」
「……わたしが……轢かれれば良かったのに」
また涙が出そうだ。
「あら、そんな事言うものではないわ。あの子が可哀そうよ?」
「どうして……」
「自分の命より大切なものなんて、そんなには多くないはずでしょ?それがあなただったのよ。だから出来たの。だからそんな事言ってはダメ」
「大事な息子さんなのに……申し訳なくて」
「もうあなたも大事な私の娘よ。大丈夫、必ず戻ってくるわ、涼太なら。だからうちの息子をよろしくね」
お母さんは優しくハグしてくれた。
「ありがとうございます。お母さん」
「実はね、娘が欲しかったの!涼太のおかげで夢が叶っちゃった。うふふ」
ニッコリと笑顔でそう言ってくれた。
今日会ったばかりなのに、こんなに幸せをくれる人がいただろうか。
わたしはこの人の娘になりたいと本当にそう思った。
「わたし生きてきた中で一番幸せです」
本心のまま言ってしまったけど、良かっただろうか。
「お父さんも実は相当舞い上がってたのよ~この間の通話の時とか。涼太のやつ、あんな美人を捕まえるなんて!でかしたぞ~とか言っちゃって。あはは」
沈んでいた心が少し癒される思いがした。
「男は弱っちいからね、女がしっかりしなきゃねっ」
ふふっと笑ってウィンクするお母さんが可愛らしかった。
「涼太さんが素敵な理由が分かりました。ご両親がこんなに素敵なんですもの」
「ありがとうね、でもただの田舎のオジサンオバサンよ~」
手をヒラヒラさせてお道化て見せた。
「涼太さんが待っています。そろそろ病院に戻りましょう」
「長話しちゃったわね。じゃあ戻ろっか」
わたしは断ったのだけれど、どうしてもってタクシーを呼んでくれた。
脚の怪我を気にしてくれているのだろう。
10分くらいして家の前にタクシーが止まって、短いクラクションを鳴らした。
玄関の扉に鍵をかけて2人で乗り込んだ。
病院に着くとお父さんの元へ急いだ。
「お父さんすみません、涼太さんは大丈夫ですか?」
「おお、お帰り。今のところ何もないよ。変化なし」
「そうですか……」
「そういえば何も食べてないわね。私病院の近くで何か買ってくるわね」
お母さんがそう言ってそそくさと出て行ってしまった。
涼太の様子が気になって治療室のガラスをのぞき込んだ。
先程より少し顔に赤みが出てきた様に見えた。
お父さんの待っている待合室へ戻って
「涼太さん、少し顔に赤みがさして生気が戻ってきた様にみえます」
そう伝えると
「そうか、良かった。大丈夫だよ。あいつを信じよう」
わたしはそっと頷いた。
暫くしてお母さんが3人分の食べ物を買ってきてくれて、病院内のテラスで食事をした。
その日張り付いていたけど変化は少なく安定していて、夜遅くには集中治療室出ることができた。
峠は越えたと言われたけど意識は戻らず、念の為酸素吸入器を装着した状態だった。
取り敢えずホッとした。
ご両親はホテルに泊まると言ったけど、うちに泊まっていってと提案した。
その方が安心するからと言ったら承諾してくれた。
3人とも昨日から寝ていなかったから、割と早い時間で寝てしまった。
事故にあったその次の日から警察の方から連絡をもらっていた。
詳しい事は聞けなかったけど、事故車を運転していたドライバーは亡くなったそうだ。
酒酔い運転が事故の原因だったみたい。
相手が亡くなった事で、その怒りのやり場が無くモヤモヤした気持ちでいっぱいだった。
すでに3日間、涼太の意識は戻っていない。
医師が言うにもなぜだかよくわからないらしい。
数値は安定しているということで、お父さんは仕事に復帰するため故郷へ戻っていった。
お母さんが引き続きわたしと交代で身の回りを世話していた。
目が覚めない涼太……忘れていた自分の母の事を思い出した。
まさか……また。
事故に遭ったのも……まさか。
終わったはずだったのに。
良くない想像に取り付かれたわたしは、涼太のお母さんに許可を得て自身の故郷に足を向けた。
早朝に家を出て電車を乗り継ぎ、クッションの悪い古びたバスに揺られ、母の眠る墓地に着いたのは昼近くだった。
墓地の入り口で売られている花とお線香の束を買い水桶に柄杓を持って母の元へ。
何度となく来ている公園墓地の風景は、今日に限っては少し違っていた。
母の小さな墓石の前にはスーツ姿の初老の男性が佇んでいた。
彼は手を合わせ祈ってくれているようだった。
声をかけようとした時、気配を感じたのか、男性はゆっくり振り向いた。
「あの……」
わたしは言いかけてお辞儀をした。
「……もしかして、恵子……なのか?」
男性は少し驚いた感じでそう言った。
「なぜ……わたしの名前を?母のおしりあいですか?」
男性はわたしを見つめたまま、何か戸惑っている様子だった。
暫く思案し沈黙が続く。
「何と名乗ればいいのかな。そんな資格は無い事はわかっているのだけれど……」
上品な感じの佇まいの男性は少し悩んだ感じで
「私は君の父親にあたる者だよ、恵子。生きている間に会えるとは思っていなかったよ」
「え?」
わたしはとてもびっくりした。
「それは本当ですか?母からは貴方は亡くなったと聞いていました。なのになぜ」
「そうか……恵は結局許してはくれなかったのだな。死んだことになっていたのか」
父と名乗る男性は肩を落とし、何か苦い思いに耐えていた。
「なぜ、今、貴方は姿を現したのですか?母はすごく苦労しました。なぜ助けてくれなかったのですか」
「全ては私の不甲斐なさと恵の勘違いで起きた事故だったのだよ」
「事故?」
「そう、私は恵を愛していたよ、今でもね。悔いしかない。まさか恵が亡くなっているなんて」
「母の死に際にも会いに来てくれなかったのに……」
「今更なのはわかっているよ。君にも苦労を掛けた事だろう。許してもらえる筈がない」
その思い詰めた言葉は嘘には聞こえなかった。
「しかし、叶うなら、事の顛末を聞いてもらえないだろうか」
「わかりました。でも、先に墓参りをさせてください」
お線香と花束を供え、水を柄杓で墓石にかけ、短く祈りを捧げた。
わたしは父に向き直り、黙って頷いた。
父は静かに語りだす。
「恵と結婚した頃、私は恵の為に一生懸命働いていた。中々子供は授からなかったが、まだ見ぬ子の為にもある程度余裕が欲しくて仕事に打ち込んだ」
真っ直ぐ向けられた視線はわたしを見ている。
「そのうち大きなプロジェクトに抜擢されて、頼りにされて仕事が楽しかった」
あれ……どこかで聞いたことある気がする。
「そこでね、一緒に組んだ女の子が居たんだけども、その子とは本当に仕事だけの付き合いだったのだけれど。何せプロジェクトの間中一緒に居たからね。恵に勘違いされて」
有りがちではあるのだけど……
「いくら恵だけしか愛していないと言っても信じてもらえなかった」
不安だったのかな、お母さん。
「私も仕事で疲れていて、その時に止めておけばいいのに、勝手にしろ!とか言ってしまったんだ」
まぁ、わからないでもないよね。
「恵はそれで出て行ってしまってね。お腹に君が居るからすぐ帰ってくるだろうと放置してしまったのだ。だが、恵は帰って来なかった」
母は頑固だものね……
「その後、探しに回った。何日も、何日も。恵を忘れた事などない。でも見つからなかった」
そんな事実知りもしなかった。
母はそんな事も隠して生きてたんだね。
「それ以来、私は一人生きてきた。罪悪感と共に。本当にすまない。私が大人げないばかりに辛い思いをさせた」
父も父だが母も母だと思った。
「生まれてくる子に恵子と名付けていた。一目会いたいとどんなに願ったか。でも今更その資格も無いのだと思い、途中で探すことを辞めてしまった」
だけど、涼太の両親とは正反対……本当にわたしで良いのだろうかと思った。
「ホント、お母さんも馬鹿だね。お父さんもだけど。何やってんの?」
「面目ない……この通りだ」
父は深々と頭を下げた。
「あはは、もう!うちの家系、もっと頭いいのかと思ってたのにぃっあはは」
思わず笑ってしまった。
「ごめんよ、バカな親で。聞いてくれてありがとう。恵……何で死んだんだ。探し当てた時には石の下か。馬鹿者め……」
悔しさの果てに出た言葉なのだろう。
その思いは本当のものだと感じていた。
品の良さげな紳士もこんな馬鹿エピソードを披露して見る影もない。
「お母さん!もう、いい加減許してあげなよ。眠ってまで意地はる事ないじゃない!」
思わずそう言い放っていた。
「恵子……」
「もういいじゃない。終わりにしましょう。わたし、結婚するの、来年」
「そうなのか……おめでとう。どんな……いや、その、資格はないな。すまん」
やっぱり距離感がつかめないみたい。
「結婚式、したら、来てくれますか?今迄の罪滅ぼしに」
思わず口走った内容に目を丸くする父。
「本当の父親なら責任っていうのがあるでしょ?父親……してよ……」
「私で良いのか……いや、違うな。参加させてくれないだろうか」
父は涙ぐんでいた。
なんだ、泣き虫はお父さんからしっかり受け継いでたんだね。
もう、いいよね?お母さん……
「あーあ、色々頭の中ぐちゃぐちゃだけど、何か、道が開けた気がするよ」
急に現れた父との事、今までの母との事、そして今直面している事。
色々な事が心に渦巻いていた。
「私にはまだ可能性が残されている。未だ会えてなかった我が子と巡り会えたのだから。恵……君は許してくれるだろうか。いや、愚問だな。君は頑固だから。でも、これだけは許してくれ、何もできなかった不甲斐ない男だが、死ぬまでに一度だけでいい、"父親"させてくれ。そしたら後は……君の元へ行くよ」
父はお母さんの墓石に語り続けた。
「よしてよ……もう親が死ぬのは辛いよ」
母の死に際を思い出して辛い思いが蘇る。
「すまん」
短く言って、沈黙してしまった。
わたしは耐えきれなくて
「お腹すいた!何かおごってお父さん」
父は、ばつが悪そうに頭を掻きながら
「お、おう。わかった、喜んで!」
恭しく礼をした。
ぷっと吹き出してしまった。
商店街がある所まで父の運転で移動して店に入った。
そこで今迄母がどんなだったか、どんな最後だったかを話した。
父は頷きながら聞き入っていた。
そして、母が死んでから奇妙な現象があった事、そして今、婚約者が入院している事。
父のこれまでとか、今やっている仕事とかも話してくれた。
色々話している間に、今日初めて会った事を忘れていてびっくりした。
誰もがそうなれる訳では無いだろうけど……
捨てられたんじゃ無いと分かったら、驚く程にすんなり受け入れられた。
多分わたしは会った事無かったからこそ先入観なく、そして母が何も語らなかったからかな。
素直に許せてお父さんと呼ぶことが出来たのだろう。
初対面だったがすっかり話し込んでいた。
その時、携帯のメッセージ着信音が鳴った。
なんだろ……
父に断ってメッセージを確認すると、涼太のお母さんだった。
『恵子ちゃん、すぐ帰ってきて』
そう記されていた。
「どうした?」
わたしの表情が急に変わったのが伝わったのだろう。
父は声を掛けてきた。
「どうしよう……お父さん……わたしすぐ帰らなきゃ!」
手が震える。
震えて返信を打てない。
「わかった。途中まで車で送るよ。その方が早いはずだ」
ささっと会計を済ませた父はわたしを車に導いて発進した。
「本当は病院まで行ってあげたいけど、多分都心では列車の方が早いだろう」
「ありがとう」
わたしは短く答えた。
高速で走る車の中、震える手で何とかお母さんにメッセージを送った。
『すぐ戻ります』
気が動転して短くしか返せなかった。
涼太……死なないで!
父の操る高級セダンは快調に高速道路を疾走した。
電車を乗り継ぎ4時間以上もかかる道のりを2時間程で、あと1路線で病院に行けるところまで進むことが出来た。
「何かあったら連絡をくれ。気をつけてな」
車を降りる際に父は名刺をくれた。
わたしは無言で頷いた。
「さ、急いで行きなさい」
父はそう送り出してくれた。
「ありがと」
わたしは短く返して走り出した。
電車はすぐに駅のホームに滑り込んできた。
わたしは飛び乗り病院を目指した。
涼太の入院している病院は駅の近くだけど、少し高台にあって急な上り坂。
息が上がる……心臓が苦しい。
でも嫌な予感が脚を前に出せと言っている。
病院内も申し訳ないけどバタバタと走り抜けた。
涼太!
死んではダメよ!
心臓壊れそう……
「涼太っ!」
病室を入るなり叫んでしまった。
肩が大きく上下に動いて息苦しい。
「恵子ちゃん!」
お母さんがびっくりして目を丸くした。
すると、涼太は酸素吸入器はつけているものの、ベッドを少しリクライニングさせて状態を起こしていた。
「恵子……やぁ。元気かい?」
小さい細い声で涼太が言った。
「ばか……死んじゃうかと……思ったじゃない……」
わたしは意識の戻った姿を見て、床にへたりこんだ。
視界が滲んでゆく。また泣いちゃう。
「ごめん……ね」
小さく言って点滴や計器のコードが付いた腕を伸ばした。
わたしは腰の抜けてしまって、這って寄りその手を掴んだ。
手を掴んだまま泣いた。
泣いてばっかりだ。
お母さんがパイプ椅子を用意してくれて、腰の抜けたわたしを座らせてくれた。
お母さんももらい泣きして目が潤んでいた。
「またアレが起きたのかと……思って」
「大丈夫……だよ。簡単に……死なない……よ」
「やめてよ……もう懲り懲りだよ」
そう言ってわたしは突っ伏した。
「それにね……」
「え?」
「もう、何も起きないよ、多分」
わたしは顔を上げて涼太の瞳をのぞき込んだ。
涼太は少しやつれた顔で弱く微笑んだ。
「どういうこと?」
「信じないかも……しれないけど」
「うん」
「昏倒している時にね、夢なのかな……」
涼太はゆっくり語った。
わたしは手を握ったまま聞いた。
「綺麗な女の人が現れたんだ。きみに似ていたからすぐわかった」
え?お母さん?
「あの白いワンピース着てたんだ。きっと恵さん……だよね」
わたしはただ驚いた。
「……だから言ったんだ。娘さんをくださいって」
「したら?」
「娘を……よろしくお願いします……って」
重症の床に伏して、心配していた事柄が夢となって表れたのかもしれない。
でも、本当にお母さんとコンタクトできたのだと、今は信じたい。
「そっか、じゃあもう心配ないね!」
わたしは今できる限りの明るい笑顔でそう答えた。
彼は静かに頷いた。
思いがけない彼女の深層 (完)
思いがけない彼女の深層 Hiwatari.M. @hiwatari3273
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