第4話 迷走~虚像の彼女

「この方、数年前に亡くなっていますよ」


ぼくは呆然としていた。

何かの間違いだ。

そんなはずはない。

ぼくが会ったのはやっぱり幽霊?

そんなバカな。

頭の中がグルグルして思考が停止している。


頭真っ白で固まっているぼくを見て役所の受付の女性は困っているようだ。

「あのぉ、大丈夫ですか?何か勘違いとかしているのでは?同姓同名の別人とか」

住所は書き写してきたものだから間違いないはずだ。

同姓同名の人の経歴を使ったのか?でもなぜ?何のために?グルグルした頭は何も答えが出せず、ただ空回りを続けた。

「何ならお墓にでも行ってみたら?どこかはわからないけど、そんなに墓地は多くないし、お寺さんに聞くとか」

このまま立ち尽くされても困ると思ったのだろう。

確かに迷惑だ。

「すみません。ありがとうございます。迷惑ついでにこの周辺の古い地図手に入りませんか?」

「それだったらこの建物の隣に図書館があるから、そこへ行ってみたらどう?」

「そうですか。お邪魔しました」

会釈で役所の建物から出た。


このままでは帰れないし、せっかくのアドバイスだ、まずお寺さんを回って聞いてみるしかない。

もう手掛かりが残っていない以上、これがダメなら諦めるしかない。

隣の図書館・・・

というか、役所の影に図書室程度の大きさのちんまりとしたプレハブの建物があり、そこで地図帳の様なものが無いか調べてみた。

雑然と灰色に塗られたスチールのラックに並べられた図書の中に地域史的な本を見つけた。

ぼくはその本を手に窓際に設けられた会議机にパイプ椅子のブースに腰掛け、黄ばんで古ぼけた本をめくった。

昔行われていた神事や催し物などが載っていた。

再びスマホのMAPを開き広域で神社仏閣を検索する。

相変わらず目印と言っていい様なものが何も無い。

神社や寺らしき表記も見当たらない。

田舎だとMAPも更新されないのかなぁ、などとため息をつく。

最初メモってきた住所と地域史の中身を照らし合わせ、大体の位置関係とスマホのMAPを合わせて、どの辺と近いのかを照らし合わせてみた。

住所を中心に見て近い場所は寺が二軒、神社が一軒。

だけど地域史によると神社は神主は常駐しない小さな神社で、神事の時だけ呼んできていた様だった。

維持は村人がやっている様なのでパスでいいだろう。

残るは寺二軒。

これ以上の情報はわからないから行って見るしかないか。

ぼくは二箇所の寺が在るらしき場所をMAPにマーキングして移動する事にした。

地域史のページを一応写メしてラックに戻し図書館を後にした。

役所前のバス停の路線図と行き先の看板を確認してみた。

探した方面は15分程待たなければならないらしい。

まぁこの地域にしては待ち時間は少ない方の様だけど。

ぼけっとしながらまとまりつかない頭の中を巡らせていると、遠くからサスペンションがヘタっていそうなバスがゆらゆらとやってくるのが見えた。

ぼくは立ち上がって停車場へ着くのを待った。そしてまた床をギシギシさせながらぼくを乗せたバスは走り始めた。

小一時間揺られて尻が悲鳴をあげる頃、ようやく目的のバス停が迫り、運転手さんに声を掛けてバスを降りた。

そこから山を登る方向へ足を進めた。

相当歩いて森へ入って暫く進むととても急な石階段。

それも相当長い様で終点は遥か上の方だ。

仕方なく頂上へ向け森を突き抜ける階段を登り始めた。

体力に自信があるわけでもないぼくは、案の定、一気に登り切る事は難しく、へたばって何度も途中で座り込んだ。

頂上まで辿り着く頃にはもう昼を回っていた。


階段の頂上まで息を上げながらたどり着くと、森が開けて、玉砂利がひかれた奥に大きくは無いが寺の建物が現れた。

ゆっくり歩を進めると、砂利道が折れ曲り本堂前に賽銭箱が設置されており、奥には鐘が吊るされた鐘楼が見える。

折角なので正面まで行って無事に恵さんが見つかる様にと、縁担ぎの五円玉=ご縁を賽銭箱に放り込んで手を合わせた。

鐘楼の手前を通り抜けまた山を登る形で上がっていくと墓地になっている様で、取り敢えずそちらへ向かって登り始めた。

こんなに山登りするつもりでは無かったので、明日の筋肉痛が心配になってきた。

やっとの思いで墓地の入口まで来ると手入れをする人影に出会った。

多分寺の僧侶なのだろう。

「あの、すみません」

ぼくはその僧侶に声を掛けた。

「はい、どうされましたか?」

僧侶は作業を止め、軽いお辞儀と腹の辺りで合掌をした。

「この墓地に泉原さんという方のお墓ありませんか?」

「ん〜、イズハラ、様ですか」

「はい、水が湧く泉に原っぱの原で泉原です」

「心当たりはありませんが、何故お探しですかな?」

「あ、はい。実は友人が見当たらなくなってしまって、ここが故郷とわかって探しに来たのですけど、どうやら実家も無くて、役所で聴いたら死んでるって。そんなわけ無いなと思ったんですけれど、他に手掛かりが無くて、墓を探してみようと思いまして」

「そうですか。随分難儀な事です。この辺りはそれ程活気のある土地では有りません。もしお探しの御友人が若い方であるならば、ここには眠っておられないでしょう。若い方が亡くなられたという事も聞きませんし。もし何かの手違いかも知れないと思われるなら、中をご覧いただいても構いませんが、何分、ここは墓地ですのでご配慮を」

僧侶はそう言ってまた合掌し、会釈の後作業に戻った。

「ありがとうございます」

ぼくはお礼をして一応墓地を一通り巡ったが、僧侶の言う通り泉原の名は無かった。


残るはあと一箇所。

これで何も見つけられなければ、もう何も無い。

それに、ぼくもそんなに休みがあるわけじゃ無い。

色々ひっくるめて後が無かった。

残されたもう一つの寺は集落の反対側だ。

元来たバス停まで山をとぼとぼと下り、辿り着いた頃には昼をとうに過ぎ陽が傾きつつあった。

バスの時刻表を覗き込むと、タイミングの悪いことに一時間以上来ない様だった。

仕方なく地図を頼りにそっちの方向であろう方へ歩き始める。

景色を見ている様で見ていなかったのか、思えば随分周りの景色が長閑な農村、平たく言えばど田舎である事に気づく。

歩き始めたはいいけど、このペースで行くと宿泊施設がある場所にはどう考えても着きそうにない気がした。

足を止め、どうすべきか散々迷った挙句、バス停に戻る事にした。

もう日が傾き始めているので一旦来た道を戻り、明日に持ち越す気になった。

戻れば一応泊まれるところは確保できる。

時間は勿体無いが、残念ながら野宿できる装備もないし、何より昼を食いそびれて腹ペコだ。

元へ返すバス停は別にあったが割と近くにあり、難なく見つけられた。

駅までのバスはあと30分程で到着する様だ。

思えば随分歩いてきた。脚が棒の様になっている事に今更気付き地面にへたり込む。

項垂れている間に思いの外、時は早く過ぎ去りギシギシと音を立てる古ぼけたバスがやって来る。

へたり込んでどっと重くなった体を持ち上げバス停の横に立ち到着を待った。


乗るタイミングで運転手に風呂に入れる場所とこれから食事ができる場所を聞いてみた。

数秒考えを巡らせた運転手は駅より一つ前で降りる事を勧めてきた。

風呂と食事をするとバスは無いが、バス停一つ位なら歩けなくは無いそうだ。

ぼくはその提案に乗り、駅より一つ前まで行く事にした。

相変わらずポンコツバスは車体を揺らして良くない道を進む。

疲れていたんだろう、ハッと気付くと景色が変わっていて駅に近付いているのだとわかる。

どうやら暫く居眠りしていたらしい。

車内の路線図を確認すると目的のバス停まであと2つ。

こんな時間に駅に行く人もいないらしく貸切状態だ。

程無くして1つバス停を過ぎ去り、次で降りる事を運転手に告げ荷物を抱え直す。

バス停で止まり礼を言いながら降り、疲れ切っていたぼくは抜け殻の様にその場で固まる。

ぼーっとしてても仕方ないので、まずは風呂に入ってさっぱりするかと聞いた通りに古びたアーケードを抜け、外れの銭湯に入る。

古い割には立派な煙突の立つ昔ながらの銭湯だ。

どうやら最後の方らしく、人も疎らで番台もウンザリ顔だ。

ロッカーに荷物をぶち込んでさっさと洗うとこ洗ってだだっ広い湯船に飛び込む。

最後の方だからなのか熱い湯好きなじーさんが居ないからなのか、ぬるめでぼくには丁度良かった。


ひと時頭の上にタオルを載せて目を閉じ今日の出来事を思い起こしてみる。

恵さんが死んでいる?そんなバカな。

墓も見つからない。

何かの手違いか。

だけど、役所の記録だしな。

あのおばちゃんが嘘付いてる?嘘ついても利益ないよな。

同姓同名の人が死んでいる?う〜ん、どうなんだろう……

結局、何もわからないじゃないか。

整理してスッキリしたかったが、何一つスッキリはせず、ぼくの頭はぐるぐるを続けた。

しっかり温まったので考えをやめて湯船から上がりタオルを絞って、脱衣所に戻り身支度を整える。

ホントは脱衣所でパンイチでゆっくりしたかったが、ぼくで最後の様だったので遠慮して生乾きの頭で外に出た。

濡れてるせいか風が気持ちよかった。

アーケードを戻り、端にある蕎麦屋に入る。

そう言えば朝以来飯を食っていない。

流石に腹が減りまくっている。

席に座り、かけそばと親子丼を頼み、瓶ビールを一本だけ頼んで出来上がるまで風呂上がりの晩酌を楽しんだ。

空きっ腹に染み入るアルコールで痛いくらいのところへ料理が運ばれて来る。

早速ガツガツと食ってあっという間にたいらげる。

サラリーマンをやっていると早食いが身に染みついててゆっくり味わえない。

かきこんで満腹になる頃には日が落ちて随分暗くなっていた。

ここから歩かなければならない事を思い出し、怠くなる。

食後の緑茶をすすりながら今日一日を思い出しながらふぅ〜っと息を吐き、暫くして会計を済ませ店を出た。

歩き出してアーケードを抜け、駅周辺に着く頃にはすっかり暗くなっていて、灯りが有るのは駅周辺だけだった。

グルグルする頭を一旦止めたくて、辛うじてやっていた売店でカップ酒を買い込んで宿に滑り込んで飲み直して寝る事にした。

酒のせいか、いつのまにか眠りの底へ落ちていた。


気づくと明け方、酒で早く寝てしまったからなのか、凄く早く起きてしまった。

昨日の山登りが効いたのか全身がほんのり筋肉痛で怠い。

『ここ最近運動して無かったからなぁ……』

などと心の中で呟きながらよっこらせっと体を起こして肩周りを解し始めた。

体と反して途轍

とてつ

もなく早く起きた割には気分的には悪く無かった。

またもやじっとしていられず宿を出て駅前の自販機でコーヒーを買い、ボロベンチに座り込んで冷たい早朝の風に吹かれた。

今日向かう寺は昨日とは反対側の方向にある。

昨日とは反対方面行きのバス停を覗き込むと、一時間弱待たなければならなかった。

うへぇ……と項垂れて、小一時間待つか次のバス停を目指して歩いてみるか思案を巡らせた。

昨日の教訓より大人しくバスを待つことにした。


退屈な待ち時間を過ごし、やがてゆっくりとあのポンコツバスがゆらゆらと遠くに見えた。

ぼくは立ち上がり大きく伸びをしてバス停の横に立った。

バスはまた床を軋ませて道を進んで行く。

一時間半の道のりを経て、目的の地であろうところでバスを降りた。

反対側と違って農村感が増した感じだった。

朝飯食べられる所あるといいのだけれど……かなり不安になってきた。

寺は更に歩いて30分位歩かないと行けないみたいだけれど、昨日よりも土地は比較的平坦みたいで少し安堵した。

周辺には何もなく朝飯はお預けでトボトボと歩き出した。

道中本当に何もなく畑に田舎道が延々と続いていて時折民家がポツンポツンと見受けられる。

歩き続けて何もなく寺に着いてしまった。

あぁマジで朝飯中止のお知らせ……


気を取り直して寺の門をくぐる。

質素な佇まいの小さな木造の本堂があり、折角なのでまた財布の中の小銭を投げ込んで手をあわせる。

『今日こそ彼女に合わせて下さい……』

奥に抜ける脇道から墓に行ける様だった。

様子を伺いながら墓の方へ進んでみると、寺の建物とは裏腹に広大な庭の様に樹々が立ち並び、大凡墓場とは思えない様な公園墓地が広がっていた。

寺が無ければ間違えてピクニックに来てしまいそうだ。

中に入ってみると入り口付近に案内板があるが区画の見取り図だけで名前は分からなかったので地道に回って探すしかない様だ。

考えても仕方ないが広大すぎて骨が折れそうだ。端から順に墓石を眺めながら流して見ていく。

色々な形をした墓石があり、最近のはイメージ通りの四角いものばかりじゃないんだなぁなどと感心してしまう。

真ん中が丸っこくなってたり円筒形だったり、猫が好きだったのか猫の彫像がくっついてたり、何でもありだなこりゃ。

物珍しさと公園風の心地よさ、空気の綺麗さですっかりお散歩状態で、半分くらい見たところで昼時。

今日は何も食ってない……流石に腹減ったんだけど、周りにマジ何も無い。

引き返したところで道中食事が出来そうな場所も見当たらなかったし、しばらく我慢か……。

夕飯は早めに繰り上げようかな……なんぞと考えながら、気を取り直してトボトボと墓巡りを再開する。

流石に脚が疲れて重い。

その重い脚を引きずる様に見て歩いているうちに、木陰にひっそりと小さな石碑の様なものが見えた。

気になってゆっくりとそちらへ向かった。

近寄ってみると小さな石に文字が彫ってあり、薄っすらと……泉原 恵……と読める文字が。

『やっぱりあった……あってしまった。やっぱり死んでたの?そんなバカな……』

探していたけど、探していたんだけど、認めたくない現実にぶち当たり思わず芝の上に膝から崩れる。

空腹も相まってそのままゴロンと芝の上に寝転びクリアに突き抜ける青い空をみあげた。

『あーあ、何やってるのだろ。思えば随分遠くへ来ちゃったなぁ』

喪失感の様な、そして脱力感。

今は頭の中身が真っ白だ。

ただ会いたい一心でここまで来ちゃったけど、居る確証も無かったし、それに会ってどうするつもりだったのだろう自分。

纏まらない考えが浮かんでは消える。

重くなってしまった身体を横たえ、暫く茹っていたが、こうしていても仕方ない。

無理やり体を起こし、改めて石碑の前に向き直り手をあわせる。

『恵さん……ホントは貴女は何者だったんですか?』

目を閉じ祈り、心の中で疑問をぶつけてみる。

するとガサッと後ろで物音がして、驚いて目を開け立ち上がり振り向く。




そこには……そう、“彼女”が驚いた表情で立っていたんだ。

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