第3話 捜索~幻影
会社の帰りや休日にも訪ねてみたが、一向に彼女が帰宅している様子は見受けられず、ずっと留守だった。
もしや具合が急変して運び込まれたのではないかと、近くの病院を回ってみたが、それらしい入院患者は見つからなかった。
今更だが思い返してみたら、ぼくは住んでいた家と名前くらいしか知らない。
素性なんてどうでも良いくらい見えていなかった。
何か化かされた気分にもなったが、それでも強烈に彼女の笑顔が脳に焼き付いて離れなかった。
諦められなかった。
『そうだ、あの人なら・・・』
文房具屋のぼくと彼女をよくひやかしていたおばちゃんだ。
彼女の事を何か知っているかもしれない。
ある日、久し振りにあの文房具屋に足を運んだが、おばちゃんはいなかった。
おばちゃんまで消えたのかと思ったが、その次の日は売り場にいた。
シフトの関係か。
「あの、すみません」
「はーい、あら久し振りねぇ、泉原さん元気なのかしら。お休みしてて、その後すぐ辞めちゃったからねぇ」
良かった!彼女を覚えている人がいた。
「え、辞めたんですか?」
「そうよぉ、知らなかったの?一緒なのかとばっかり思っていたのに」
ぼくは彼女が入院していたと聞いたこと、消えてしまった事を話した。
「何か思い当たる事、ありませんか?何でもいいんですけど」
「そうだったのねぇ、でも、あまり自分の事を話す子ではなかったからねぇ」
「そうですか。もし、何か気付いたことがあったら教えてください」
「心配ねぇ、あの子いい子なんだよぉ」
「知ってますよ。だからもう一度会いたいんです、どうしても」
真剣にそう伝えた。
おばちゃんは考え込んで、何かを思いついた様だった。
「そうだ、本当はいけないんだけどね、個人情報っていうの?だから勝手に見ちゃいけないんだけど。でもおばちゃんも心配だからさ。あんた、探しておやりよ」
事務所であろうところに一旦引っ込んだが、何か書類の挟まったクリアファイルを手に戻ってきた。
手渡されたのは彼女の履歴書だった。
まさかそれを持ち出すわけにもいかなかったので、その場で小さな手帳を買い、田舎であろう場所の住所や会社の情報だけ書き写した。
探すためとはいえ、本当に細かいところはプライバシーの問題というか、いや、既に見てしまっているのだから今更遅いのだけど。
やはり気がひけるというか罪悪感が咎めてしまって見ない様にした。
本籍の住所はそれ程離れてはいないが、すぐに行ける程の距離ではなく、ちょっとした小旅行になりそうだ。
休みの日を利用するしか無いかな。
固めて休暇を取ろう。有給どんくらい残ってたかな……。
「ありがとうございます。ダメ元で色々当たって見ます。何かあるといけないので書類は元の場所へ戻しておいて下さい」
「何とか探して元気付けておやりよ。たぶんさ、あんたに迷惑かかると思ったんじゃないかね?頑張って」
「そうですね、そうかもしれません。ありがとうございます。では」
おばちゃんにそう告げて一礼し文房具売り場を後にした。
今すぐに彼女の事を探しに行きたかったけど、色々と準備しなければだし、仕事辞めてまでは行けないし、ぐっと我慢してまず深呼吸。
休暇願いでも書いておくことにしよう。
詳細な住所が分かっているが、まだそこに実家があるのだろうか。
ネットのMAP検索で建物は確認できたが、流石にそこに誰が住んでいるかまでは分からない。
とりあえずその辺の周辺地図を印刷したり、もしかしたら役所へ行けば何かわかるかもしれないので、その周辺のエリアの役所なんかもおさえておこう。
ネットの地図情報だと木々や畑、田んぼなどが多く長閑な田舎って感じで、中々周辺に聞き込もうにも手こずりそうだ。
でも、これしか今情報はない。これで何も当たりが無かったらお手上げだ。
そんな事を思いながら日々を過ごした。
休みを寄せ集めているので、連勤でへとへとにもなったが、抱えている仕事にケリをつけて、何とか乗り切ることができた。
彼女の事がやはり原動力になっていたんだと思う。
そして、田舎で法事があるのだと嘘をついてどうにか寄せ集めた連休に突入した。
初日の朝、ぼくは適当に着替えなどを詰め込んだバッグを背負い、電車に乗り込んだ。
彼女の田舎は新幹線などで直通には行けず、色々な列車を乗り継がなければ行けない様だった。
まあまあ時間的には長くなりそうなのだが、ぼくは割と列車の旅は嫌いでは無かったので、弁当など買い込んで鈍行に揺られながら旅路を楽しんでいた。
けれど思えば今まで自分から旅行に行こうなんて事は思わなかったな。
何か用があれば……、というか、今も用があるから目的地へ向かっているのだけれど、ここ数年は遠くに用があることも無く、取り立てて旅好きでも無かったから、自分の田舎にすら帰らない出不精になっていたな。
連勤の疲れもありウトウトしたり、乗り換え場所を通り越しそうになったりしながら、徐々に景色は田園の風景に変化していった。
目的の駅にはあと少し、どちらかといえば北に向かっているので冷んやりと冷えてきているのが分かった。
目的の駅を降りたらバスで移動かな。
弁当のゴミやらをまとめて、降りる体制を整えている間にゆっくりと駅のホームへ列車が滑り込んで止まった。
荷物を抱えホームに降り立ったが、駅周辺だけ開けている感じで、これぞ田舎の駅という感じだ。
外へ出ると更に肌寒く感じ、詰め込んでおいた上着を羽織ることにした。
駅に備え付けてあった地図と自分で調べた地域情報を見比べて、目的地へ行くバスを探しあて、ようやくバス停にたどり着いたが、時刻は夕刻、既にあてはまる便は終わっていた。
歩いては行けないけどタクシーを使うのもちと勿体ないので、ここは駅近くの小さな宿泊施設に泊まって、明日の朝向かう事にした。
宿泊できると言っても本当にカプセルホテルより少し良い程度の素泊まり宿だったが、布団もちゃんとしていたので、やることも無かったので眠りにつくのはあっという間だった。
連勤の疲れも手伝ったのだと思うけど、ぐっすり眠れた。
次の日の朝、というか早く寝すぎて起きたのは早朝というより夜中だった。
首都圏を離れるとやっぱり空が澄んでいて空気がキレイで何か洗われた気分になっていた。
しばらくうだうだしていたが、ぼくは早々にも荷物をまとめて駅近くの売店で何か買おうかと宿を出た。
早朝の外の空気はぴんと張った感じで身が引き締まる。
大きく深呼吸してから周辺をふらふら歩いてみた。
流石に早朝では店がやっておらず、自販機の缶コーヒーを買って再びバスの時間を確認にバス停までやってきた。
バスの始発まで15分程度だったので、朝食は諦めコーヒーをすすりながら古ぼけたベンチに座り込んだ。
ま、移動先で飯屋か何かあるだろう。
スマホから調べておいた経路を確認して降りるバス停を確認していると始発の古めかしいバスがこちらへ走ってくるのが見えた。
飲み終わった缶を近くのゴミカゴへ放り込み荷物を抱え直して待つ。
ぼくの目の前でバスは止まると自動のドアがプシューと音を立てて開いた。
床が板張りのレトロなバスに乗り込むと床がギシギシと鳴った。
料金は降りる時の様なので、適当な席に座った。
始発ともあって乗客は今のところぼくだけだ。
バスはゆっくりと走り始め、時折へたり気味のサスペンションが音を立て道の悪さも手伝いゆらゆらと車体が揺れる。
ぼくは乗り物に酔う方では無いので大丈夫だが、弱い人はしんどいレベルだろう。
飯食えなくて良かったのかもしれない(笑)
そんな事を考えながら揺られて1時間強、目的のバス停でお金を支払って降りた。
少し尻が痛い。
背伸びをして座りっぱなしで固まった体をほぐし、スマホのMAPを頼りに彼女の本籍であろう住所を入力して移動経路を検索した。
30分くらい歩けば着きそうだ。
周辺を見回すと古風で小さな商店街があったので、まずお預けになっていた朝食にありつく為そちらへ向かった。
ファストフードなんかは全くなく、”ザ・田舎の商店!”という趣だ。
食事出来そうな定食屋があったのでそこへ入った。
まだ早い時間という事もあり客は僕しかいなかった。
ぼくは朝からガッツリ系なので大盛りカツカレーを頼んだ。
綺麗な店ではないけれど、かえってこういう方が飯は美味い場合がある。
そしてカレーは大体大外れが無いから安全牌だと個人的には思っている。
程なくして運ばれて来たカレーを大きめのスプーンでガツガツと食べ進めた。
大盛りでなくても良かったかなぁと思いつつも、口へと運んだ。
すっかりたいらげて満腹になり、本来の目的を忘れそうになっていた。
そうだ、家探さなきゃだ。
30分の道程を歩けば腹もこなれてくるだろう、という事でゆっくり歩き始めた。
大盛りカレーの満腹感から外は寒いけど、冷たい風が気持ち良く感じられた。
調べた経路通りに歩を進める。
次第に地方都市という感じから更に外れた感の風景が広がって、やたらと敷地が広い民家がポツンポツンとある感じだ。
スマホのGPSが無かったら目印になりそうなものが無いので即迷子コースだっただろうな。
便利な世の中になったもんだ、うんうん。
黙々と歩く事30分、多分この辺りのはずの場所に立っているが、そもそも番地の表記が見当たらない。
「あの〜すみません!」
ぼくは近くで畑仕事をしている女性に声をかけた。
「はい?どうしたかね」
初老の女性は顔をあげた。
「すみません、この住所を探しているんですが、わかりませんかね」
住所を書き写したメモ書きをその女性に見せた。
「んー、こりゃ古い表記だね。昔の番地だよ。確かにこの辺りの番地だったと思うけどね。色々区画整理とかもあったからさー」
「そうでしたか、ありがとうございました」
ぼくは女性に礼を言って離れた。
しかし古い番地表記でよく検索出来たもんだ。
凄いんだか凄くないんだかわからんわ。
『仕方ない、家が残っていたらと思ったけどダメか。役所で何かわからないかな』
ぼくは来た30分の道程を引き返した。
役所まではまたバス移動だけど、役所前で降りられるバス停がありそうだ。5分ほど待ってバスに乗り込み役所前まで移動した。
それほど大きくない建物に入り、総合案内……というかそもそも窓口は1つしかなかったけど、そこの受付の中年女性に声を掛けた。
「すみません、お伺いしたいのですが」
「はいなんでしょうか」
「実は知人を探しにここへ来たのですけれど、生家もどうやら無いようで……」
「はぁ」
「こちらで何かわからないかなぁと思って来てみたんです」
嘘をついても仕方ないので正直に言ってみた。
「泉原恵という人です。何でも良いんです。何かわかりませんか」
「えーと、個人情報だからねぇ、簡単にお教えは出来ないんですけどねぇ」
「なんとかなりませんか。友人なんですけど急に居なくなっちゃって。住んでた所にも戻ってない感じなんですよ」
「一応調べてみますけどね、そういう事なら警察に言われてみては?」
「お願いします。一応ぼくの身分証明と彼女の本籍地として書かれていた住所です」
ぼくはメモ書きと自分の免許書を提示して怪しい者じゃないアピールをしてみた。
一度奥へ引っ込んで端末のキーボードを叩いている。
しばらくして受付の女性が戻ってきたが、その口から意外な言葉が聞こえてきた。
「あなた、本当にこの方の友人なんですか?」
「は?はいそうですけど……」
受付の中年女性は明らかに訝しげな視線をぼくに投げている。
「どういうことですか?何かわかったんですか」
「この方、数年前に亡くなっていますよ」
……えっ?
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