第2話 異変~そして、喪失

それからというもの、彼女とずっと一緒にいるわけでは無いけど、彼女の存在があるだけで色々頑張れた。

またあの笑顔に会えると思うだけでよかった。

これが愛のパワー!(言うだけで恥ずかしい妄想だ)

けして彼氏彼女という確約を取ったわけではない。

何度か確認しようと思った事もあったけど、なんかこの状態が壊れるのが怖くて聞けていなかった。

でも、それからお互いの予定を合わせて約束通りピクニックとか、ショッピング行ったり。

ぼくは一緒に居られるだけで幸せだった。

何度か手握ろうとか画策したが、ヘタレなぼくにはハードルが高かった。

情けない。(苦笑)


とある週末、彼女からのメッセージ。

彼女の家に来て欲しいと。

何やらただならぬ予感がして、仕事が終わり次第、急いで彼女の家へ向かった。

電灯は付いていなかった。

玄関は開いており、不用心だなぁと思いながら玄関を開けた。

「こんばんはぁ。居ないの?恵さん〜」

ちゃっかり下の名前で呼んでいる。

「……」

「はいるよ〜」

玄関を一旦閉め、リビングへと入った。

真っ暗な中で膝を抱える様に彼女は座っていた。

「ど、どうしたの?大丈夫?痛いの?苦しい?」


ぼくは身動きしない彼女の横に寄り添う様に座った。

何か重苦しい雰囲気だ。

「電気も付けないでどうしたの?」

リビングの照明のリモコンを操作しようとした時

「付けないで…ください。おねがい」

弱々しく震える声で彼女は一言そう言った。

ぼくは次の言葉が見つからなくて、ただ寄り添って座っていた。

泣いている様だった。

隣に座ったぼくの肩に頭をもたれてかけて、ずっと泣いていた。

じっと耐える様に。

かける言葉が無くて、ただ彼女の頭の重さと甘い香水の香りを感じていた。

何時間もその状態が続いたが、やがてポツリと彼女が言った。

「ごめんなさい、心細かったから。ごめんなさい」

「何もしてあげられないのが苦しいけど。一緒に居るくらいしか、出来ないけど。でも、それでよければ」

出来る限り優しい声で言った。

「ありがとう」

とだけ彼女はか細い声で言った。

酷く疲れていた様だったので、そっと付き添って2階の寝室前まで連れて言った。

「少し寝たほうがいいよ。ぼくは下に居るから。安心して」

彼女は1回頷くと、寝室へ入っていった。

最初来た時以来、彼女の家には何度か泊まった事があって、いつも床に転がってるのは風邪を引くからといって、布団をいつでも使えるようにしてくれていた。

彼女の身に何が起きているのが何なのか分からず、考えてもわからない。

ただ泣いている彼女を放置出来ず、今夜泊まることにした。


翌日、目覚めたが、テーブルに書き置きと鍵が置いてあった。

綺麗な字で

『出かけます。昨日はごめんなさい。家の鍵を置いて行くので、戸締りお願いします。鍵は涼太さんが預かっていてください』

思わぬ形で鍵ゲット!と喜びたい気持ちもあるが、昨日の状態が気になるところだ。

気には掛かったが彼女の家に一人でいるのも変だから自分の部屋に戻る事にしよう。

布団をたたんでしっかり戸締りをして彼女の家を後にした。


彼女の状況が気になりはしたけど、あの時何も言わなかったのは、聞かれたくないけど心細かったのだろうな、などと気を回した挙句に聞く機会を逃していた。

元々毎日連絡を取っているわけではなかった。

休日でどこか合う日があったら連絡するようにする位だったが、あれ以来彼女からの連絡が無い。

”SNSでも、しばらくの間返信できません。”との表示。

『どうしたんだろ、恵さん』

心配になり何度か家にも行ってみたけど留守だったし、職場には休暇願いが出されていたようで、出勤していなかった。

これ以上連絡をする手段が無く待つしかなかった。

ぼくはすっかり彼女という光を消されてしまってどんよりだった。


数週間が経ち、久しぶりに彼女のSNSがオンラインになった。

居ても立っても居られず、心配したよ。今どうしているの?とメッセージを送ってみた。

それに対して、体調を崩し入院していたのだという。

今も病院だけど、とりあえずは落ち着いたので心配しないでと。

病院なら見舞いにも行きたいところだが、すっぴんで恥ずかしいから来ないでと言われてしまった。

退院祝いをしようと約束をして、一旦メッセージのやり取りをやめた。

それからさらに2ヶ月ほど経ち、メッセージが届いた。

ようやく退院の目処が立ちそうだとの事。

だけど検査の結果次第なので2〜3週間くらいかな?だという。

病気の事を聞くのもどうかと思って、詳しい病状は聞いていない。

ただ待っているから元気で戻ってきて欲しいと伝えた。

結局1ヶ月くらい後に自宅療養という事で自宅に帰ってきた事を告げられた。

ぼくはどうしても会いたくて、仕事帰りに彼女の家に直行した。

鍵は持っているけど、ズカズカ入ったら迷惑だろうからインターホンを鳴らした。

少し時間を開けてインターホンから「はい」と声が聞こえた。

「ごめん、ぼくです。涼太」短く答えると、

「あ、入って」と。

ぼくは玄関を開けようとすると鍵が掛かっていたので、預かっている鍵を使って開けて入った。

「お邪魔しま〜す」

奥からしんどそうに彼女が出てきた。

以前から細かったけど、やはりやつれた感があった。

「ごめんね、心配かけて」

と言いつつ、ハッとして後ろを向いて顔を隠した。

「やばい、すっぴんだった(笑)」

弱々しく笑った。

すっぴんでもあまり変わらなかった。

依然として美しい。

「大丈夫ですよ、すっぴんも綺麗だから(笑)」

「うそっ!嘘つきはいけないんだぞ〜(笑)」

弱々しくはあるけど、以前の彼女に戻った気がした。

「それより、大丈夫なの?」

病状の方が気になった。

「うん、たぶん。まだ療養中なので働けないけど」

「そっか、遠慮なく何でも言って。買い物もしてくるし」

「ありがとう。相変わらず優しいね」

「急に会えなくなって、大事さに気付いたというか何というか」

「またまたぁ、大袈裟なんじゃない?あはは、でも嬉しい」

自分的には大真面目だったが、はぐらかされてしまった。

「あ、でもまだ完璧じゃないから無理しちゃダメですよ?寝てなくちゃ」

「うん、そうだね。でもさっきまで寝てて、寝疲れしちゃった」

「そっか。じゃあ飲み物でも?」

「でも、今何もないから」

「じゃあ、ぼく買ってきますね。あと足らないものとかあります?お腹空いてない?」

「食欲無いから……」

「待っててください。水分は摂らないとね。ゆっくりしててください」

「うん、ありがと」

ぼくは前に彼女と行ったスーパーに買い出しに出かけた。

こういう時は吸収の良いスポーツドリンクだよね。2ℓペットボトル2本をまずカゴに入れた。

あと、お粥に梅干しが定番かな?しんどくて喉を通らないかもしれないけど、何か食べないとね。

料理は得意じゃないけど、お粥位なら出来るだろう。

変に心配されるとだからスマホで作り方調べておこうかな。

米やたまご、梅干し、だしの調味料なんかを適当に放り込んで、会計を済ませ、彼女の家に戻った。

「ただいま〜」

「おかえりなさい。ごめんね」

リビングで彼女が申し訳なさそうな顔をしていた。

「スポーツドリンク買ってきた。あと、なんか食べないとと思って材料買ってきたんだけど。お粥なら食べられないかな?」

「うん、ありがと」

「じゃあ、キッチン貸して。作ってあげるね」

「え?作ってくれるの?大丈夫?」

「味の保証は無いけどね(笑)」

米を炊いていたら時間かかるのでレンジでチンできるタイプを別に買って来ていた。

鍋に水張って米放り込んでだしや塩、醤油なんかを混ぜ入れて、溶きたまごを回し入れてフィニッシュ!適当たまご粥のできあがり〜

「適当なんで美味くはないかもだけど…梅干しも一緒に。熱いから気をつけて」

「ありがと。いただきます」

あまり食欲がないのだろうけどフーフーしながら少しずつ口に運んだ。

「うん、美味しいよ」

「そっか良かった!無理しなくて良いよ、食べれるだけね」

そう言ってぼくはキッチンの後片付けに戻った。

洗い物を終えリビングに戻る。

茶碗の半分くらいは食べられた様だ。

「せっかく作ってくれたけど、全部は入らないや」

「半分だけでも食べられたなら良かった」

「涼太さんみたいに優しい味だったよ。ふふ」

と少し微笑んでくれた。

ぼくはもうそれだけで十分だった。

「さ、体冷やすと良くないから、眠ると良いよ」

「うん、そうだね、そうするよ」

病気のせいか、前よりも肩は細く感じて、痛々しかった。

「おやすみ。ぼく明日は仕事なんで一旦ぼくの家に戻るよ。でも、何かあったら連絡してね。すぐ飛んでくるから。あ、預かっていた鍵返すね」

「うんわかった、色々とありがとう。おやすみ」

心配だったけど仕事は休めない。

後ろ髪を引かれる思いで彼女の家を後にした。

それからというもの、彼女の事で頭の中が一杯で、一杯で。

だけど何もできない無力さも痛いほど感じていた。



だが、その日を境に、彼女は消えてしまった。

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