閑話 side кролик

「……何だ、君か」


 俺は【生徒会室】に入ってきた人物へと目をやる。


 随分昔から使われなくなった生徒会室。

 あまり人目を気にせず、関係者だけで集まれるこの場所は、俺達にとっては非常にありがたかった。外ではよく奇異の目に晒されるからな、落ち着いて食事も出来んのだ。

 尤も、食事をするには些か埃っぽくはあるのだが。


 役目がなければ入り浸り、思い思いに過ごす。そして役目というのも、この世界にやって来たプレイヤー。……この世界における【天神族】を手引きするというもの。この役目は交代制で、彼等がやって来る時間によって対応者が違う。

 彼等の多くは、俺達の記憶には残らない。別の奴が対応した奴はもちろん、担当しても会うのは精々一回程度。二回以上会えるのは、特別な条件をクリアしたプレイヤーだけなのだから。

 そしてそんな条件クリアを成したプレイヤーを、俺はまだ数人しか知らない。


 そんな感じで日々やって来るプレイヤーを俺達は事務的に対応している。ここは空間と時間の流れが特殊だからな……俺も何人プレイヤーと会ったかなんて覚えていない。そもそも俺は細かい作業が苦手なんだ!

 目の前にいる『竜』なんかは、出る回数そのものが少ないから楽そうだよな! 羨ましい!


「『兎』の。声に、出てる」

「あ? そうだったか? 悪い悪い」

「悪いと、思って、ないね」

「そりゃ思わないさ! これまで君が選んだプレイヤーは何人だ? 片手で事足りる!」

「……一応、三十八人、いた、よ?」

「よし訂正しよう、君選んだプレイヤーの数は、片手で事足りる!」


 PETは、必ず全種類があの部屋にあるわけではない。しかも、卵の発生条件を満たしたとして、そのアナウンスは無く、大抵の者が気付けないのだ。

 『竜』なんて特別な存在をPETに出来る奴は少ない。こいつがあの部屋に現れる条件を達成出来る奴は、大抵がこいつを選ばないからだ。

 というのも、『竜』の発生条件というのがマリアからの好感度を一定以上に上げるなんてものだからである。

 マリアは人見知りで、懐く相手が限定される。そんなマリアの好感度を、PETを選びきる前に一定以上に高める事に加え、出会って早々にマリアの種族を知る、なんて無茶にもほどがある。

 更に、最初に出会ったナビゲーター……つまり俺達だな。さっさといなくなろうとする俺達と一定時間以上話すなんて条件は、早く遊びたい盛りのプレイヤーには酷な条件なのである。


 クリアできる奴は、いるにはいるのだが。

 そういう奴は大抵、小動物を選ぶ。現にあいつも俺を選んだしな!


 というか、何しに来たんだ、こいつは。


「……謝罪、しに、来た」

「謝罪?」

「うん、そう」


 独特な喋り方をする『竜』は、そもそも自分の出番がほとんど無いからか常に無気力だ。そんな『竜』が自ら何かをしに来るなど、本当に珍しい。


 にしても、謝罪と言ったか。

 ……何のだ?


「貴方の、お気に入り。なん、だけど」

「ふむ」

「私も、気に、いっちゃって、ね?」

「……うん?」

「その、ね── あげ、ちゃった……♪」


 ほうほう、俺が気に入った奴にねー。

 そうかそうか、あげちゃったかー。

 うんうんわかるわかる。あいつにはこう、何だかんだ貢ぎたくなるよなー……。


 ……って。


「っはぁあああ?!」

「だから、謝罪」

「本当に謝罪レベルの案件じゃねぇか?! つか、どうやった! あいつは絶対『竜』を選ばないじゃねぇか?! つかさっき『俺』を選んだろ?!?!?!」


 【卵】は一人一つ! これは鉄則の上、俺はあいつにやる【卵】にのみ、特別な効果を与えている。その上『竜』まで来たら……! 明らかにヤバイだろうが?!

 つかシステム的にどうやった?!


「あの、ね。条件、もう一つ、クリアした、から」

「……あ?」

「『私』が出る、条件、クリアして、その上で、『私』に、気に入られる。条件、クリア。ぱちぱち、ぱち」

「……あぁ、俺達なら誰でも使える裏技か」

「ん……♪」


 納得した。

 納得した故に、脱力した。


 珍しく口の端を持ち上げ、控えめに手を叩く『竜』は、するり、俺の懐に入ってくる。言動は妙だし常に無気力だが、人目に触れにくい故の寂しがりはかわいいとこだよな!


 ……何の話だったか。


 あぁそうだ、裏技の事だったか。

 簡単に言えば、俺達が『対象のプレイヤーと会っていない』かつ『対象のプレイヤーを何らかの要因でこちら側が気に入った』時のみ発生する、特殊な裏イベントだ。これは、今まで発生したことが無いが、システム的には可能だった。だから『竜』も使ったんだろうが……。


 ただ、これは。


「……君、わかってんのか? あいつがもう一つのイベントを起こせなきゃ、君の徒労に終わるんだぞ?」

「ん、わかって、る」

「……その上で、か。はー……妙な事になったもんだ」


 このシステムは、あるイベントを起こさなければ最終的に無駄になる。

 そしてこれまで、その条件を満たせたプレイヤーを、俺はそれこそ片手程度しか知らないのだ。


 しかし。

 えらく上機嫌なまま隣に座る『竜』を撫でながら、俺は考える。もしあいつが、俺達の【卵】をどちらともを孵す事が出来たなら、と。

 ……ははっ。楽しそうだな!


「そしてそうなる可能性は高い、っと!」


 広がった可能性は、この閉じた世界にこもる俺達の希望になる。




 ── 待ってるぜ、ユズハ!




 俺は珍しく窓を開け放ち、久々に見慣れすぎた景色を眺める。

 色褪せたと思ってたんだがな。あぁ、そうだった。この世界はこんなにも、色鮮やかだったんだ。

 それを思い出させてくれたあいつなら。


 と。


 今はもう誰も着けていない生徒会のバッチが、窓から差した光に照らされて輝く。君の出番は、そう遠くないかもしれない。久々に磨いておこうか? 埃まみれじゃあいざって時に格好つかないだろう!


 俺は鼻唄混じりに、バッジの置かれている埃まみれの戸棚を漁る。

 今の俺は、それさえ楽しく感じていた。

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