不運な刹那

『よし、僕から編入祝いを贈ろう!』

「わぉ、脈絡が無い」


 感じた事を素直に声に出してしまったけれど、ジークハルトさんは何も気にした様子は無く、虚空へと指を滑らせる。

 然して時間もかからず、何もない空間から僕の目の前にしゅるん、と音を立てて、三つのアイテムが現れた。


 一つはほんのり光る青い硝子瓶入りの水。

 一つは真珠のような光沢を持つ拳大の岩。

 一つは橙色で刺々しい花弁の鈴蘭。


 統一性の無いそれらを、出された順に見るけど……お祝いだし、何か特別な効果でもあるのだろうか。


『あっ、インベントリにしまったアイテムは特殊な例を除いて品質が下がることはないから、その辺りについては安心してね!』


 僕はニコニコしたままのジークハルトさんへと視線を移す。

 特殊な例というと、例の特別なPETの卵とかの事だろうか。あれもインベントリにしまったところで、成長は止まらないようだし。


「それで、これは何ですか?」

『ん……? あぁそうか、君は編入したばかりだったね。それじゃあ《鑑定》も知らないよね』

「《鑑定》?」


 それはあれか。ラノベやゲームでお馴染みの、対象の情報を見る能力!


 よく主人公が人の名前を調べたり、敵の弱点を知るための手段にしてるやつだよね! 食べ物に毒が入ってるか、銀や試薬がなくても事前に分かるってことだよね? うん、便利そう!

 というか、この場面でその話をするということは、僕にもそらが使えたりします?


『《鑑定》はスキルのようなもので、対象の情報を文字化する能力なんだ。やり方は簡単で、調べたいものに意識を集中させながら《鑑定》と唱えるだけ』


 僕の興奮が伝わったらしい。苦笑を浮かべつつ、ジークハルトさんは鑑定の仕方を教えてくれる。

 そんなに分かりやすかったかな? 楓雅以外からは、鉄面皮なんて呼ばれるほどの無表情で有名なんだけど。うーん、ゲームだとやっぱり勝手が違うなぁ。


 ともかく、言われた通りに三つのアイテムを《鑑定》してみよう!


「《鑑定》!」






 ピンポ~ン♪




『 条件達成 ユズハさんはexクエスト《偶然たる必然》《偉人の教え1》 をクリアしました

 選択可能な職業に【賢者】【愚者】が追加されます 』






「……ん?」


 軽い音と共に告げられたのは、本日二度目の衝撃だった。


 またもやexクエストを達成したようだ。

 何だか特別そうな職業が選べるようになったらしい。片方は何となく予想つくけどもう片方が未知だね!

 【愚者】というとタロットの大アルカナが思い付くけど、何か関係性でもあるのだろうか? 字面だけなら別に要らない気がするんだけど……うん、これは後で調べよっか。

 

 鑑定の結果が、目の前でふよふよ浮いている。ステータスと同じように、透明なパネルがアイテムそれぞれの真上にあった。




癒しの泉の聖水 ☆8


竜の白金ドラグニス・プラチナ ☆8


ランタンリリィ ☆8


雑草 ☆0




 ふむふむ、☆がレアリティを表しているとして、これは……高いんだろうな。勢い余って何でもない所を鑑定したらしい雑草は、☆1どころか☆0だもんね。

 ありふれた物が☆0だと仮定すると……☆8って相当レアなのでは?

 しかもそれが三つなんて……。


『これらはね、この学園では決して手に入らないアイテムなんだ。まだレベル1の《鑑定》じゃ分からなかっただろうけど、それぞれ生産地が学園からとても遠いんだよ。加えて入手難易度も高い。比較対象を出すと、☆5のHPポーションは一流の作る高級品。☆8になるとどんな傷も直す霊薬。☆13が一時的に不死になるとされるエリクサーってところかな』

「思ったより貴重だった!」


 え、ちょっと待って。霊薬レベルの貴重品を、ただの編入祝いで渡そうとしてるのこの人?! いや、インベントリの肥やしになるくらいなら、なんて考えてるだろうけども、思いきりが良すぎないかな?

 今からでも断れ……ないですよね! そんな期待に満ちた目をしないで!! 何の期待か分かんないけど!!!


 こ、ここはポジティブに考えよう。本来ならチュートリアル終了後でも、かなり強くなってからでないと手に入らないようなアイテムが、チュートリアル初日に、幸運にも手に入るってことだ。

 うん、ラッキー☆


 ……選ばないとダメ?


『あはは、じゃあ、面白い魔法を教えてあげよう』

「いや、僕魔法まだ習ってないですけど」

『簡単なものだから大丈夫だよ! とはいえ杖がないと大変だよね? はいこれ』


 再び虚空で操作したかと思えば、しゅるんと音を立てて何かが目の前に落ちてきた。

 飾り気の無い、白い金属製の杖だ。長さは僕の背より少し低いくらいで、丸い石突きと、キラキラしたオレンジ色で拳大の水晶のようなものが、それぞれ先端に埋め込まれている。何せ目の前に現れたものだから、反射的に手にした。

 すると、思ったより軽いことが分かる。羽のようだ、とまでは行かないが、それでもちよっと大きめのぬいぐるみ程度しかない。




愚者の杖 ☆1 未強化

 【破壊不可】【成長】【軽量化】

 DEX + 10

 INT + 25




 鑑定すると、こんな説明が出てきた。さっきの職業と同じ名前を冠しているようだ。

 しかも、三つも特殊効果が付与されてる。杖が軽いのはこの【軽量化】の効果のおかげのようだ。しかも【破壊不可】まで……! 【成長】がどんな効果か分からないけど、そこだけ見れば何となく優秀そうな装備である。

 ただ、装備する事で上昇するステータスからして魔法を使うための杖であることは間違いないのだけど、魔法が使えるとは思えないネーミングだ。石突きとは反対側に取り付けられた水晶はキラキラしていて、つい見とれてしまうけれど、それだけである。


 一方で、ジークハルトはほっ、と胸を撫で下ろしていた。


『よかった、気に入ってくれて。まともな杖がそれくらいしかなくてね、拒絶されたらどうしようかと思ったよ』

「☆1よりまともじゃないってどういうことか凄く聞きたいんですけど」

『え? 呪われた杖とか?』

「やっぱりいいです」

『だよね! さ、その杖の先端をアイテム達に向けて、「プリーズチューズ」と唱えてみて!』

「何だかモヤ感が消えませんけど……はぁ。── プリーズチューズ」


 杖の先端。キラキラしたオレンジ色の水晶を、三つのアイテムに向けて、素直に、言われた通りに唱える。そうしないと話が進まないしね!


 英語で『選んでください』と言っただけで何が起こるんだろう? なんて事を考えていたら、身体の中から何かが抜ける感覚がした。

 けれど、その何とも言えない感覚に戸惑う暇もなく、杖全体が淡いオレンジ色の光を纏う。すると水晶と同じくキラキラした光が、アイテム三つに降りかかった。


 やがて光は『癒しの泉の聖水』に集まり、淡い光を纏わせる。


 えっと、これにしろ、ってこと?


『これは無系統魔法に分類される魔法です。簡単に言えば、自分の代わりに物事を選んでくれるんですよ。その杖は差し上げるので、困った時に使ってみてください。道に迷えば正しい道を。美味しいリンゴや野菜も見分けられる。まぁ、正確率はLUKに左右されますけど、ユズハ君なら無問題でしょうから』

「え、この杖もらっていいんですか?」

『僕は使えませんし、使えるなら使ってください』


 魔法を使ったままの体勢で聞けば、ジークハルトさんはニコニコと返してきた。むぅ、拒否権は無いらしい。

 もらえると言うならもらっておこう。チュートリアルとはいえ、色々入り用な時に無償でもらえる物ほど貴重な物は無い。罪悪感はあるけど、ここは厚意を無駄にしないためにも受け取ろう。


 そう、平和な事を考えていた時期が僕にもありました。


『そうだ! この際ですから、幾つか魔法を教えましょう!』

「え」

『実は僕、生前は教師を勤めていたんです。むしろあの頃は教師という立場の人間がいなくて、今で言うPETの手も借りるほどだったんですよね。なので、何気に何でも教えられますよ! そうですね、基本に分類される魔法を一通り、覚えてみましょう!』


 透けているにもかかわらず、キラキラした笑顔を浮かべるジークハルトさん。透明感が凄まじい。

 いや、まぁ、確かにタダで物をもらう罪悪感はあったけども。

 偉人から魔法を教わるとか、とんでもなく貴重なイベントらしいことは僕にも分かるけども!


 ……あれ、別にデメリット無くないか。


「いや、そう。時間が無いんだった。ありがたい申し出ですけど、もうお昼のチャイムとか鳴りますし」

『大丈夫ですよ!』

「その自信は何処から?!」


 そうだった、あと数分くらいしか余裕がないんだった、という事を思い出す。マリアさんを待たせては申し訳ない。というか、必要以上に待たせたらまた泣いてしまうかもしれない。

 面倒とかではなく、マリアさんは笑顔の方が似合うのだ。それに僕だって男の子。女性を泣かせたくはない。


 そうやって断ると、ジークハルトさんはおやっ? と小さく首を捻ってから、軽く手を打った。


『今現在この空間は、時間がとてもゆっくり動いているんです。精霊の悪戯とはそういうもので、元から中にいる存在と、発動のきっかけとなった人が外に出ない限り、外の時間は殆ど動きません。現に、外では一秒と経っていないでしょうね』

「ええ?!」


 僕は唖然とした。

 チュートリアル自体が現実における数時間に凝縮されたもののはずなのに、更に凝縮された時空間の中にいるとか!


 ということは、ここにいれば無限にチュートリアルが続くという事では? いや、チュートリアルは本来ならさっさと済ませるべきなのだろうけど。

 


 ── くぴゅぅうう。


「……」

『……』


 僕達以外には誰もいない静寂な空間に、僕のお腹の音が鳴り響く。

 暫定幽霊のジークハルトさんが空腹を訴えるわけないし、ということは。


 僕は顔に熱が集まるのを感じながら、ジークハルトさんへ向き直る。


「色々もらった後ですみませんが、何か食べるものはありますか?」

『携帯用の保存食なら』


 そっと差し出されたのは、白い紙に包まれたシリアルバーだった。

 ふわりと漂うメープルの香り。サクサクとした歯応えに、しっとりしているのか舌触りが良く、ドライフルーツの酸味と甘味が心地良い。

 ふぅ。とりあえず、会話中にお腹が鳴くことはもう無いだろう。


 火照る頬に俯きながら、改めてジークハルトさんへと向き直る。

 彼の顔は見られなかった。


『……ユズハ君』

「何でしょう」

『今なら魔法の授業を受けるだけで、幾つかのシリアルバーと口止めをセットにしますよ』

「引き受けます」


 選択肢は、あって無いようなものだった。




 そんなこんなで習ったのは、炎と風による攻撃魔法。水による回復魔法。土による防御魔法だ。

 魔法は基本級であれば一回につきMPを1~5消費する。僕のMPは100あるので、よほど戦闘が長引かない限り枯渇することは無さそうだ。消費したMPも、安全な場所で休めばゆっくり回復するらしい。ここはHPも同じ仕様とのことで、戦闘に慣れない内は一戦毎に休んだ方が良いらしい。

 いざという時、動けなければ意味がないのだ。


 いのちだいじに。だね!

 だよね?


『さて、これで最低限の事は教えられましたが……大丈夫ですか?』

「え?」

『え、って。あー、そっか。看板見てないって言ってたよねぇ……』


 ジークハルトさんは意識しないとタメ口になるようだ。多分親しい人とか、気心知れた人の前ではこうなのだろう。僕もその、気を許せる仲に入ったらしい。何かこそばゆいな、こういうの……。


 ただ、魔法を教わり、何度か反復練習を繰り返し終わった頃、ジークハルトさんは急に神妙な顔つきに変わった。

 ただならぬ雰囲気に、僕も一瞬前のこそばゆさを忘れて気を引き締める。


『ここね、ダンジョンの入り口なんだ』

「ダンジョンって、あの、入ると毎回構造が違ったり、モンスターが出たり、宝箱が出たりする、あれですか?」

『ここは入る度に構造が変わる事はないけれど、そのダンジョンで合ってるよ』


 あー、うー。と呻きながら、彼は頭の中で言葉を組み立てる。

 目は泳ぎまくり、手は何かを求めてさまよい、作り笑顔は歪んだまま。

 ……?


『その。とっても言いにくいんだけど』

「はい」

『ここは、所謂許可制のダンジョンでね?』

「はぁ」

『その許可って言うのが、生徒手帳や教員・職員証に組み込まれてるんだけれど、それが無いと、本来はそもそもダンジョンに入れなくてね?』


 何だか不穏な空気が。


『で、生徒手帳は校舎の学園長室で手動作製してから、その場で渡されるんだ。それは、ダンジョンへの出入りを制限するもので、入ることも出ることも、許可証が無いと出来ないんだよ』


 えっと、つまり?


『つまり── 君は、ダンジョンボスを倒さない限り、生きて外に出られないんだ』


「──……はい???」


 その時、僕はおそらく、人生最大級に首を傾げた。

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