チュートリアル in 導入編
始まり~うさぎを添えて~
浮遊感が消えると、そこは個室だった。
物が多く手狭に見えるが、おおよそ十畳くらいの部屋である。
「ここが、ゲームの中?」
壁や天井は飾り気がなく、あるのは机と、何も入ってない本棚。ふかふかな青色の絨毯が敷かれ、新品のふわふわしたベッド、少し古びた新緑色の二人掛けソファ、その手前に飴色のローテーブル。そして壁に立て掛けられた姿見。
扉はあるけど鍵がかかっていて開かない。扉とは反対側にある大きな窓も同様で、ガラスの向こうは木が不自然に折り重なって景色も何も見えなかった。
それらは偽物のような感触はしない。よく磨かれた木のスルスルとした感触も、靴下越しの布の絨毯の踏み心地も、現実世界の感覚そのままなのだ。
更に。
「……あれ?」
何気なく歩いたり物に触れたりしていたけど、動作に違和感がない。自由に動けるし、自由に触れる。頬をつねれば痛いし、手を揉めば血の巡る感覚もある。ゲームの中ということを忘れるほどリアル、という事だ。
姿見を覗き込めば、そこには現実そのまま……より若干のデフォルメ化がされている、のかな? といった、自分の姿が映る。
「……そういえば、取り扱い説明書に『プレイヤーはゲーム内に作られた
暗に美化するよと言っているようなものだけど、僕の場合はあんまり変わっていない。心なしかふっくらした気がしないでもないという程度だ。
うん、変わってない。
男にしてはやや長い黒髪を編み込みハーフアップで纏めた、大きくて黒い伏し目がちの少年。ともすれば小学生や女児にさえ見間違われそうな身長の僕がそこにいた。元々顔立ちが女寄りなので、実際に何度も間違われてるんだ。ゲームに入った時とは全く違う格好になってるし、その服が男女どちらでも通用しそうなので、余計に性別不明になっている。
高身長ほろべ。
このゲームでは、事前にゲーム機本体でアバター登録をしていない人は、チュートリアル終了時までアバターの細かい設定が出来ないらしい。しかし何にせよ身長は変えられないというから、僕はチビのままこのゲームをプレイしなければならない。
性別は変えられるらしいのに、身長を変えられないとは。世知辛い。むぅ。
「……ん?」
姿見を眺めていて、気付いた。
姿見とにらめっこをする僕の後ろに── うさぎが、いる。
「──……え、うさぎ?」
何度も目を擦っては確かめるけど、そこにうさぎがいるのは見間違いではないらしく、目が痛みを訴えるだけだった。それでも鏡の向こうのうさぎは、ベッドに腰かけたまま微動だにしない。
僕は徐に振り返った。
「……うさぎだ!」
ころんとしたフォルムに長い耳とふさふさの尻尾を持つ、あのうさぎである!
振り返った僕に、うさぎの耳がぴくり、と反応した。次いでその目が僕をじいっと見つめてくる。
わ、わっ、かわいいっ!!
左耳に四ツ葉の飾りを着け、燕尾服を身に纏い、後ろ足だけで立つ、かわいらしいうさぎだ。真っ白な毛並みはふわふわで、濃紺の瞳は大きく、くりっとしている。現実のうさぎそのままではなく、デフォルメされたぬいぐるみのような姿だ。
思わず抱き締めたい衝動に駆られるけど、まずは冷静に……! 驚かせたら逃げ、はしないだろうけど、嫌われるかもしれないからね。昨今のAIは非常に優秀なのだ。
それに、僕は、このうさぎを知っている。チュートリアルが始まってすぐ、会えるかもしれないとワクワクしていたほどだ。
これで嫌われたとか、無いぞ、僕!
名前は確か、クローリク。
ロシア語でうさぎという意味である。何でロシア語なのかは分からないから聞かないでほしいな。
【Unison Trigger Strategy】は、そのパッケージに四ツ葉の耳飾りをつけたうさぎや猫、犬、鳥など、マスコットキャラクターと思われる動物が大量に描かれている。
UTSの面白いところは、このうさぎや猫達がプレイヤーと共に成長していく事だ。チュートリアル中に手に入れた特殊なアイテムから生まれる、友達にも武器にもなれるかけがえのない存在……と、パッケージ裏の簡単な説明書きには書かれていた。
ただの動物ともテイマーがテイムしたモンスターとも違う、相棒的存在。成長につれその姿を変え、果ては機械仕掛けも人型もありえるらしい。要するに育成ゲームのようなものだとは、猫を選んで猫又アンドロイドに進化させた楓雅の弁である。
それらの総称を【Partner : Evolution Trigger】── 通称PET。
第一基本形態と呼ばれるPETがパッケージに描かれた動物達であり、目の前にいるクローリクの姿だ。
ただし、クローリクはプレイヤーに配布されるキャラではない。彼自身PETではあるけれど、既に誰かと契約した存在なのだ。その証拠に、UTSの公式PVでは、クローリクに限らず他のパッケージPETとは全く違う姿のPETばかりが映っていた。
チュートリアルの最初に彼等が出てくるとは聞いたけど、どの子が出てくるのかは完全にランダムとのこと。うさぎのクローリクが出てきたのは、運が良かったんだね。日頃の行いが良かったのかな?
……今朝、なかなか起きない楓雅に目覚ましドロップキックお見舞いしたけど。身長が低いから体重が軽いし、楓雅も咄嗟に起きて防御してたから怪我はなかったよ? 直後に楓雅の脳天へ渾身のチョップをお見舞いしてやったけどね!
で、そのうさぎなクローリクだけど、実はちょっとした有名人(兎?)だ。UTSのCMに出てきたので、よほどテレビを見ない人でなければ誰もが知っているはずである。
見た目からしてかわいらしいクローリクだが、有名になった理由はそこじゃない。
「えっと、クローリク、だよね?」
「おう、俺の名前を知ってんのか! 感心だな、ボーズ!」
口調が実に男らしいんだよね!
しかもそんな口調をしておきながら、声はかわいらしい幼女系! 燕尾服なら、普通は男の子だよね? という先入観を見事にぶち壊した!
このクローリクといううさぎは、チュートリアル説明をしてくれる他のキャラに比べ、色々とギャップが激しいのである。
そんな有名人(兎)が今、目の前にいる。テレビで見るよりずっと立体的で、少し動く度にふわふわの毛並みが揺れた。うわ、細かい。ちゃんとまばたきもするし、絶対に現実にはいないと分かるのに、きちんと生きている感じがした。
ぶっちゃけモフりたい。だって、クローリクと出会えるのは、もしかするとここが最後かもしれないし!
けど悲しいかな。クローリクはさっさと話を進めに来た。
「さぁって、積もる話はあるが、これからチュートリアル用の特殊な空間に行ってもらうぜ? ひとまずその容姿で、
「……噂通り急だなぁ」
「そりゃ百聞は一見にしかず、なんて言葉があるくらいだからな!」
楓雅から聞いた通り、有無を言わさずチュートリアルは始まるらしい。
攻略サイトを見るなんて無粋な真似はしない──というかさせてくれなかった──僕が今知っているのは、楓雅から聞かされた僅かな事柄のみ……その一つが、チュートリアルについてだった。それも、チュートリアルは急に始まる、とだけ。
確かに、大雑把なキャラ作成も言葉による説明も何もない。クローリクは変わらずベッドの上でコロコロと笑っていて……本当にこれ以上の説明は無い感じかな?
「とはいえ最低限の設定はしないとな……君の名前を教えてくれよ。あ、一応言っておくが、本名じゃないぞ。所謂プレイヤーネームってやつだ! 一度決めたら変えられないから、焦らず急いでじっくりスパッと考えてくれよな!」
矛盾してない、それ?
んー、まぁ、名前は最初から決めてたし、問題はないけどね!
「ユズハ・ティトロンで」
「おーけー、おーけー。じゃあ最低限の説明のお時間だ! ちゃんと聞けよ?」
「あ、最低限ならしてくれるんだ、説明」
「とはいっても、ほんっと最低限だぞ。何せここが学園だ、ってことだけだからな」
クローリクはやれやれと首を横に振った。本当にそれだけしか言えないようだ。
心なしか困った顔に見えなくもない。
ちなみに、僕の名前は楓雅と一緒に決めたもの。楓雅がゲームを始める前に、僕と決めたプレイヤーネームがカエデ・ティトロンなのだ。楓雅は正式版の第一弾からいるので、ベテランもベテランである。
いつか追い付いたら、一緒にやりたいな。
「って、あれ? じゃあ、この部屋は何? さすがに、校舎内とは思えないけど」
「ここは寮だな。学園の寮。ユズハ、お前は今日からここ……【シグニール学園】の生徒だ。実年齢と関係なく、まずは中等部に編入してもらうぞ!」
実年齢がどうあれ、チュートリアルは必ず学園の中等部で受ける……職業体験は授業形式って事かな?
これだけリアルなら通常動作の確認とかしなくて良さそうだけど、このゲームには戦闘がある。当然向き不向きはあるし、成長の度合いに個人差がでるだろうね。PVで映ってた剣術も魔法も、誰もが同じ威力にはならないらしいし。先生が色々と教えてくれるなら心強いな!
「チュートリアル期間は、最低でも10日。最大は一年。おっと、安心してくれ! ここはゲーム本編より何十倍にも時間が引き伸ばされてんだ。仮にここで三年過ごしても……何と! 外ではたったの数時間しか経たない! 凄いだろー」
クローリクは腰に手を当てて、自慢げに胸を張る。うん、かわいい。
というか、チュートリアルは今日で終わるわけじゃないんだ。記憶力は良い方だけど、チュートリアル後にやりたいことを、ノートかなんかにメモする事を習慣化させておこうかな。楓雅を待たせたくないけど、だからといってすぐさま終わらせるのも何か違う気がするし。最大の一年は頑張ってみたい。
学園なんだし、ノートとペンくらいはあるよね?
「今君は【学生】という職業に就いている。これはチュートリアル期間は変えられないから、きちんと覚えとけよ? それと【学生】は職業レベルが上がらない代わりに、スキルレベルが上がりやすいんだ。そのスキルレベルもチュートリアル中だとレベル3で打ち止めだが、本来なら特定の系統の職業でしか手に入らないようなスキルでも、努力次第で手に入れることが出来るのが強みだな!」
「スキル?」
「スキルってのは、要するに獲得した技能や知識の事だ。剣術や、魔法知識、調理技術。これらに関する行動次第で、スキルは増えていく。スキルはスキル関連の行動に補正をかけてくれるから、一部を除いて取得しても損にはならない! バンバン取ってけ!」
チュートリアルでは、あらゆる職業の原点となる基本の技術を体験するらしい。取得したスキルに応じて、チュートリアル終了後に本格的な職業へ就くのだとか。【学生】は、要するに適正診断やインターンを兼ねているわけだ。
また、学園に通う生徒の中には、この世界に存在する各国の要人の他、珍しい種族のキャラクターがいるとの事。彼等と友情や愛情を深めることでイベントも発生し、擬似的に青春時代を謳歌できるらしい。
うーん、リアルで青春してる年代の僕にしてみると、何とも言えない複雑な感じだね。一応十歳以上という年齢制限のあるゲームだけど、プレイヤーの大半は大人だし、自然と懐かしい場所になるのかな。
「授業の内容は元の年齢に合わされる。あとは……質問あるか?」
「え、じゃあ、クローリクにここ以外でまた会える?」
「……まぁ、学園の職員だからな。条件さえ満たせば、会えないこともない」
職員? 教師か誰かのパートナーとして、学校にいるのだろうか? それに条件付きって事は、チュートリアル期間中に何かしらのイベントを起こさないといけないわけだ。どんなイベントかはさっぱり検討もつかないわけだけど……。
同じ校舎内にいるなら、頑張って探してみよう。
うん、きっとまた会えるさ。寂しくなんかないやい。
「こっちはこれで最後だ。よく聞いとけ。
チュートリアルでの死は、チュートリアルの強制終了を意味する。仮に死んでもデスペナルティは無いし、さっさとゲーム本編が始まるだけだ。だが、
いいな、きちんと、覚えとけ」
語尾を強め、僕を睨み付けるクローリク。
暗に、『学園が崩壊するようなイベントも用意されているぞ』と言っているのだろう。それまでのフランクな話し方をやめた静かな語りに、思わず唾を飲み込んだ。見た目はかわいらしいうさぎなのに、一瞬だけ、威圧を感じたのだ。
肝に、命じておこう。
クローリクは僕が神妙に頷くのを見届けると、ニパッと笑った。
真冬から常春になったような……さっきのシリアスどこ行った?! と突っ込みたくなる変貌に、いつの間にか力んでいたらしい全身が徐々に強張りを解く。
「じゃあなユズハ、応援しとくぜ! 個人的に!」
「あ、うん、ありがと」
クローリクはカラカラと明快に笑いながら、力を抜きすぎてとうとう床へ座り込んだ僕の横を歩いて去っていく。
そして、彼女はわざとらしく、大きな音を立てて扉を閉じた。
かくして僕は、ようやくチュートリアルを開始したのだった。
Player name
ユズハ・ティトロン
Race
天神族【変更不可】 Level 0
Job
main / 学生 Level ∞
sub / 【解放されていません】
Status
HP 100
MP 100
SP 10
STR 10
VIT 10
AGI 10
DEX 10
INT 10
LUK 72
Skill
【なし】
Unison Trigger Strategy
Game... start
……条件が達成されました
ユーザー名【ユズハ・ティトロン】に対し一部機能が解放されます
条件達成により【可能性】の発露を確認
AI : Capricorn は AI : Leoに対しアップデート準備を推奨します
通常作業に戻ります
◇ ! error code 0000000000 ! ◇
システム異常発生!
AI : Capricornは回復作業を試みま──
……?!
error解除……?
………………通常作業に戻ります
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