─ Unison Trigger Strategy ─

PeaXe

Prologue

チュートリアル その前に

前日譚とプロローグ

 2XXX年7月某日── 夏休み初日。


 厳密に言えば、終業式があった日の夜。

 僕、速水柚兎はやみゆうとは、空色の背景にたくさんの動物が描かれたパッケージのゲームソフトを、某サバンナの次期王の如く掲げた。


 高校一年。人生十回目の夏休み。

 出された課題は、夏休みの当初のスケジュールを大幅に無視した強行軍で終了させた。答え合わせ用の用紙をカンニングしないからこその辛さがとんでもなかったけど、時間が加速されたゲームの中で親友が待っているのだ。これ以上延ばせば、今夜も寝るのを邪魔されてしまう。

 そんなわけで、僕は大きなため息を吐きながら準備を進めた。


 ……僕もちょっと、楽しみではあるんだけどね? 何せ──


「人生で初めて、自分でゲームをプレイするんだから」


 携帯だろうがテレビだろうがオセロだろうが、僕はゲームというものをした事がない。趣味はラノベを読み耽ることだし、ゲームセンターも外から見たことはあっても入ったことが一度もないのだ。

 高校生でようやくゲームデビュー……うっ、緊張しすぎて指先が冷たい……!


「で、こっちがゲーム機なわけだけど」


 震える手を擦りながら、大人も丸ごと入るほど大きな卵形のゲーム機を見上げる。中に寝そべったプレイヤーの脳波を読み取り、ゲーム内へ精神を投入するそうだ。長時間使用を見越したメディカルチェックや、マッサージなど機能が搭載された、最先端技術の塊である。

 科学の力ってすごい。


 軽く食べたから、途中でお腹が空くことはないはず。トイレも行ったから、しばらくは大丈夫。後は、寝るだけだ。






 フルダイブ型VRMMORPG

 ─ Unison Trigger Strategy ─


 『広い世界を冒険しよう!』

 『天使にも、勇者にも、魔王にも、プレイヤーの行動次第で千差万別の異世界ライフを楽しめる!!』

 ……という触れ込みのもと、大々的に発売された精神をプログラムへ投入する新型VRゲームの題名である。


 21世紀前半に登場した視覚、聴覚のみが架空領域へ投入される、所謂旧VRゲーム。その完全版となるフルダイブ型VRゲーム(略してFVR)が開発されるまでには、実に長い期間を要した。

 従来のVRから、FVR技術に着手するまでには七十年。更に数多く挙げられた問題点が及第点まで引き上げられた時には、旧VRの発売から百年単位で間が空いた。

 当然、その百年で他の技術は向上を見せ、人々の関心が向くかは分からない……そんな状況下で、FVRは発売される。


 結果は── 完売。


 予約分、在庫分関係なく、見事に完売だ。発売までに空いた期間に反して、発売されたFVR、及びソフトは瞬く間に店頭から倉庫から全てが消えた。

 再入荷を心待ちにする者で店は溢れ、持つ事こそがステータスになるのに時間はかからなかった。


 さて……そこまで人気商品になると、当然のように問題が発生する。

 ゲーム廃人や金持ち連中に予約分は消え、所謂一般市民の子供達には手を出せなくなってしまったのだ。

 ── 何を隠そう、僕もその一人である。

 そもそも僕はゲームをしない。だからソフトはおろかゲーム機の予約なんてした事がなかったし、友人に遊ぼうと誘われたところでやんわりお断りするのが常だった。今回にしたって、「VR? え、FVR? なにそれ美味しいの?」くらいで、興味も最低値と言って差し支えないほどしかなかったのだ。


 そんな僕でも、転機は訪れるわけで。


 親の都合で、僕は隣に住む親友の家で暮らしているのだが、その親友が親子揃ってのゲーム好きだった。

 丸々一部屋がゲーム機とカセットやソフトで埋め尽くされ、テレビゲームもリビングに後付けされた収納スペースに専用のゲーム機がいつでも使えるようスタンバイ。クーラーは人がいる間常に適温になるよう設定され、ドリンクバーも完備。

 ゲーマーには天国だと思う。

 惜しむらくは、彼等がトップゲーマーではないことか。彼等はあくまでゲーム好きであり、決められた時間内以上はプレイせず、やりこみ要素はそこそこ、日々に多少のスパイスを、というスタンスなのだ。

 ……それでこのゲーム機の多さはどうかと思うけど。


 ともかく、僕はそんな緩いゲーマー親子の家で、唯一ゲームをしない子だったわけだ。そんな僕を、あろうことか親友は誘ってきたのである。

 自分で言うのもあれだが……僕は表情筋は死滅してるし声は小さいし動きも鈍い、コミュニケーションにおける三重苦。かろうじて人見知りではないけれど、それだけだ。それをどうしてMMOに誘うかなぁ?

 と、思いの丈を食事中という和やかな時間帯に、隣で大好物のハンバーグを頬張る彼に聞いてみた。

 彼は満面の笑みを浮かべ、こう叫ぶ。


「その方が面白そうだから!」

「左様で……」


 いやもう、それしか言えなかった。だって、彼はバ……あー、とてもその……素直、だからね。

 あ、一応テストとか学校の成績は良いんだよ? 名は体を表すもので、桜月宮楓雅さつきのみやふうがという綺麗な名前の通り美形だし、誰とでも分け隔てなく接する明るさと男前さを兼ね備えたハイスペックだし。

 まぁ時々抜けてるだけで、かっこいい奴だとは思う。


 ぜっっったいに言ってやらないけど。


「いや、柚兎ってさ、ゲームやらないじゃんか。どれだけ誘っても断られるし!」

「まぁ……やる理由がないから」

「だーっ、欲が足りない!!」

「別に良くない? 人間は欲を持つとろくな事にならない生き物だよ?」

「それ、父さんと母さんを見て言えるか」

「言えないね、撤回する」


 テーブルにぐてぇっ、と頬をくっつけながら話す楓雅に、僕は真顔で手のひらを返した。


 桜月宮家は資産家だ。家は豪邸で、無駄に広い。母親も有名なピアニストだったかデザイナーだったかで、家にいればピアノの音色は聞こえてくるし、よく僕を手作りの服で着せ替え人形に……これ以上は考えるのをやめよう、うん。

 この人達は、欲を前面に押し出した結果、大成した傑物である。足を向けて寝られないよ。ベッドの位置的に寝ざるをえないけど。

 そういえばUTSにも何かしら関わっているとか聞いた気がしないでもない。


 でも、僕だって欲がないわけじゃないよ? 僕はほら、日々の癒しってやつを寝るか本を読むかで解決しているだけで。それで潤うなら別に他は要らないし、ゲームは……何というか、楓雅とかがやっているのを見ているだけでも楽しいし。


「なぁ柚兎。UTSやろうぜ? このゲームなら柚兎も思いっきり遊べるだろうし、そうすれば、俺だって今までで最高に面白くなるって考えたんだ」

「え、何急に真面目に話してんの」

「真面目な話だもんよ。このゲームさ、凄いんだ。現実と同じかそれ以上に感覚がリアルだし、魔法とか使えるし、頑張れば空も飛べるし。現実に物凄く近いのに、現実とは全く違うんだよ! な、一緒にやろう!!!」


 楓雅は常に笑っている。それは彼と出会ったみんなが感じる印象で、実際その通りだ。感情豊かであり、怒ってもあまり怖くないような奴なんだ。

 そんな彼の笑顔が、消えていた。それだけ真面目だったということだ。


 その後数時間に渡って説得は続き、僕はとうとう折れた。

 ここまで言われては断れる訳がない。

 こうして、FVRの予約を遅れてすることとなるも、間近に迫っていた第三回目の再販に間に合うわけもなく。


 かくして、初版から約半年後、第六回目の販売でようやく手に入った二台目のゲーム機は、僕の誕生日プレゼントになった。販売日と僕の誕生日が一致してたのだが、変な偶然もあるものである。

 ……偶然、だよね? どことなく楓雅よりUTSのパッケージが豪華に見えたり、ゲーム機に楓雅の方には無い金色のプレートが付いていたりするのは気のせいだよね! そもそもかわいいうさぎの模様が金属の凹凸で表現されてるとかも元々のデザインで……。


 ………………うん。


 ── 確実に一点物ですねありがとうございません!!!


 もう! こんな気遣い要らないのに!

 ……っ、もう……。


「──……えへ」


 こういう事をしてくれるから、僕はあの人達が好きなんだ。多少強引でも、怒りきれないんだよ。

 珍しくにやける顔を押さえながら、届いたばかりのゲーム機を弄る。


 慣れない手つきでのろのろとソフトをセットして、後は寝るだけ。

 装置の中身に触ると、ふにゅっとした感覚が手に伝わってきた。まるで弾力のあるマシュマロのような、自然と口許が緩んで、全身の力が抜けそうになる感触。完全に抜ける前にと、僕はカプセルの中へ足を乗せて、恐る恐るベッド部分に寝そべる。すると何もしてないのに防音性の高い蓋が閉じて、青色の明かりがついた。

 あ、よかった、真っ暗になるわけじゃないみたい。

 ……暗いの、ダメなんだ。


 寝そべると、ちょうどゲームの起動スイッチが手元にくる。逸る鼓動に焦りを覚えつつも、カチリと押しこめば、僅かなモーター音が静かな空間に響いた。

 途端、かくん、と。背中にあった柔らかな感覚が消えて、落ちる。視界は真っ黒に塗り潰され、僕は一気にパニックに陥った。


 暗いの、ダメなんだってば!!!


 何が起こった?! と手足をジタバタさせてみたけど、さっきまで触れていたベッドの感触はない。かろうじて、暗闇に僕の身体が光って見えた。それは完全な暗闇ではないことの証明で、それに気付いてからは落ち着くのも早かった。

 汗だくになったけどね……。

 現実の身体とは五感が切り離されているらしいし、現実の自分が汗だくになっていないと思いたい。起きたら汗くさくなってるとかやだよ、僕!


 なんて事を考えていると、上からざあっ、と波の音がして視界が作り替えられていく。

 次の瞬間には360度上下左右で見渡せる、大宇宙が広がった。


 キラキラと宝石のような小さな星が輝き、彗星が頭上を駆け抜け、星雲が幾つも渦を巻く。そこに虹色のオーロラがかかるという、現実ではありえない光景に、ようやく僕は、ここがゲーム機の作り出した仮想空間なのだと理解した。


 本来なら無重力の宇宙を落ちる、というのは、現実味がないからこそ、ここが現実ではないと伝えてくる。今の僕にはその非現実的な事実がありがたかった。

 始めからリアルを追求されても反応に困っちゃうしね。それに、落ち着いてくると段々楽しくなってくる。ふわふわ落ちるシチュエーションが、まるでお伽の国のアリスのようで。この先に楽しいことが待っているのだと教えてくれている気がしたから。


 僕はしばらく、浮遊感を楽しんだ。








 起動開始

 脳波登録完了


 3.2.1...start




 Game download start...

 Next program install now...


 ... Complete




 ようこそ

 ここは【Unison Trigger Strategy】の世界

 我等は貴方を歓迎します








 そんな女性の声が響いて、刹那。

 浮遊感は終わり、景色は変化する。


 こうして僕は、生まれて初めて、ゲームの世界に降り立った。






 さぁ、ここから始めよう。

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