着物と絵師∽欠片犯罪/4

 翌日。


 今日も喫茶店『まごころ』はそこそこ繁盛し、好輝こうきもせっせと働いていた。

 昨日、ようのかかと落としをくらってからの記憶がまったくない。

 気がついた時には、喫茶店のソファに寝かされていた。

 伯父によると遥と彼方がここに運び、詫びを言っていったという。



 ふと時計を見れば、時刻は午後三時。



七星ななせさんが来る時間だ!)


 カランカラン、いつものようにドアベルが鳴る。


「いらっしゃい――」

 

 ませ、と好輝は最後まで言い切ることができなかった。


「よっ、コーキシン。頭、だいじょーぶか?」


 やってきたのは、七星ではなく彼方だった。

 ゴシック体の白文字で『beyond』と書かれた黒のTシャツに白のノースリーブガウン、ダメージジーンスに黒スニーカー。首にはヘッドホン、両腕にはリストバンド。煙草(火はついていない)をくわえている。昨日は不良然としていたが、今日はバンドマンのような雰囲気だ。女子の黄色い声援が飛んできそうである。

 どかり、カウンターのスツールに腰を下ろす彼方。


 それにしても、コーキシンってなんだ? あだ名のつもりだろうか?


 いや、それはどうでもいい。そんなことより重要なことがある。


「――な、七星さんは?」


「なんだよ。オレじゃ不服か?」

「……いえ」


 それにしても、なぜ彼方が? 心当たりがあるとすれば――。


「……お詫びなら、昨日、遥さん本人がやったそうですから結構です」

 彼方は遥の兄だ。妹の不始末を改めて詫びにきたのかもしれない。

「そんなんじゃねえよ」

「じゃあ、なんです?」


「リィが――うちの店長が、おまえに会いたがってんだよ」


「は?」

 好輝は呆気あっけにとられた。

「昨日のことをアイツに話したら、大笑いして言ったんだよ。『ハルにそんなことを堂々と言ってのけた男の子をぜひ見てみたい』って」

 わけがわからない。そもそも、うちの店長ってなんだ?

「――あの。彼方さんの職業って……」


「オレとヨウ、ナナは洋服屋の店員だよ」


「ええっ!?」

 彼方と遥、七星が洋服屋!?  彼方はわかるとして、七星と遥まで同じ洋服屋の店員とは……信じられない! 特に、遥が「このワンピース、流行なんですよ」など客に応対する姿など想像できない。

 驚く好輝に対し、彼方は「そんなに驚くことか?」と首をかしげつつ続けた。


「うちは既製品を置いた洋服屋じゃなくて、オーダーメイド専門なんだよ。反物たんものも置いてるし、着物と浴衣を作ってくれって頼めば、店長がちょちょいのちょいで作るぜ。なんせ『服とお客さまの〝めぐり会い〟こそが〝最高のファッション〟』ってスタンスだからな。――流行服はあんま置いてねえけど、参考程度に作ってんな」


「……へえ」

 好輝が相槌を打った後、彼方が突然と膝を打ち、立ち上がる。

「つーわけでマスター、こいつ借りてってもいい?」

「いいぞ」

 二つ返事で返す誠次。


「オジキ! 勝手に決めるな!」


 抗議する好輝だが、伯父はどこ吹く風。今度は彼方に訴える。

「彼方さん。おれ、行くなんて一言も……!」

「じゃあ行くか、コーキシン」

「ちょっ……っ!」

 話を聞け! と叫ぼうとした時、彼方が一言。


「ナナに会いたくねえの?」


(――ずるい)


 好輝は思った。――そんなこと言われたら、行くしかないじゃないか。

 決まりだな、と言わんばかりに彼方は喫茶店を出て行く。

 肩を落とした好輝はため息とともにエプロンを外し、彼方の後を追った。

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