着物と絵師∽欠片犯罪/2

 客足が落ち着いた頃、ゴミ捨てを頼まれた好輝は店の裏にいた。

 青いゴミバケツにゴミ袋を乱暴に投げ捨てる。完全な八つ当たりだが、まだ腹の虫がおさまらない。


 店に戻ろうとしたその時、見覚えのある着物姿を視界に捉えた。


 七星だ。

 買い物帰りなのか、大きな紙袋を持って歩いている。が、急に立ち止まり、辺りをきょろきょろと見回し始めた。道にでも迷ったのだろうか。

 ともあれ――、


(神さま、仏さま、ありがとう!)


 好輝は大いに感謝した。

 これは彼女と親密になれるチャンス! ここで、好輝は足を止めた。今は仕事中。サボったら、誠次に怒られるかもしれない。しかし、好輝はそんな不安をすぐ「ゴミを荒らすカラスを追っ払ってたって言えばいいや」と頭の隅に追いやった。


(よし!)


 意を決し、声をかけようとしたその時だった。

 好輝より一足先に、彼女に声をかける男がいた。金髪で首にはヘッドホン、背中に黄金の龍が描かれたサテンの赤いスカジャンという映画やドラマでよく見るチンピラのような男だった。――と、金髪が七星から紙袋を取り上げた。金髪から紙袋を取り返そうとする七星。しかし金髪は手を振り、紙袋を返そうとしない。それでもなお、彼女は紙袋を取り返そうとしている。

 好輝は思わず、七星のもとへと駆け出していた。


「おい! ――っ!」


 強気な言葉とは裏腹に足が急激に減速する。

 金髪の身長が思いのほか高かったのだ(一八〇センチぐらいはあると見て間違いないだろう)。

 橙色(派手なカラコンだな)の鋭い目が好輝を捉えている。

 無謀だったかも、と好輝は一瞬後悔した。だが、ここで怯んではいけない。

 勇気をふりしぼり、七星と金髪の間に割り入り、叫ぶ。


「か、彼女から取った紙袋を返せ!」


「はぁ? なんだよ、いきなり」

 不満げに金髪は言った。対し、七星が好輝を見る。なにか言いたげに口を開こうとする。彼女を安心させようと、好輝は威勢よく言った。

「だ、だいじょうぶです! すぐにこんなやつ、追っ払ってやりますから!」

 金髪が尋ねてきた。


「つーかさぁ、おまえ、誰?」


「おまえに名乗る筋合いはない!」

「あ、そ。じゃあ、ナナシくん。おまえ、ナナとはどういう関係だ?」


(ナ、ナナぁ!?)


 好輝はぎょっとした。おそらく声をかけた時、むりやり名前を聞き出したんだろう。そうだ! そうにちがいない!

「な、馴れ馴れしく彼女を呼ぶな! このナンパ野郎!」

「……てめえ、いい加減にしろよ」

 どすの利いた声を発する金髪。びびる好輝。おろおろする七星。

 そんな場の空気を、


「――なにを騒いでいる」


 凛とした声が一瞬にして変えた。声がしたほうを見る。

 さっき聞いた声からして女性だと思うが、「男? 女?」と判断に困ってしまうほど中性的な顔立ちをしている。セミショートの黒みがかった茶髪、黒縁のアンダーリム眼鏡。白い長袖のワイシャツに黒の細ネクタイ、黒ベストと黒パンツ。さながらバーテンダーの風貌。さらに驚くべきは、その背の高さ。なんと金髪とほぼ同じではないか(ついでに顔も)。


「この状況はなんだ?」


 女が金髪に訊く。

「聞いてくれよ。オレがナナの荷物を持とうと思ったら、こいつが突っかかってきてよぉ」

 そう答える金髪に女はため息をつく。

「それはしょうがない。今日のおまえは『イキったチンピラ』にしか見えん」

「ひでっ!」

 女は金髪にかまわず、好輝の後ろにいる七星に話しかける。

「だいじょうぶか? 七星」


「うん。ありがとう、ハル」


「え! お知り合い……なんですか?」

 ここで好輝はようやくなにかに気づいた。

「ああ。それに、きみはあいつを誤解しているようだ」

「ご、誤解!?」

 信じられないような声を上げて好輝は、

「で、でもっ! おれ見ましたよ! あの人が紙袋を取りあげんの! ――そうですよね!?」

 七星に確認をとる。――どうだ、これで言い逃れはできまい!

 しかし、七星の口から出たのは好輝が予想だにしていなかったものだった。


「ちがう。……あれは持ってくれようとしてたの」


「へ……!?」

 好輝は間の抜けた声を上げる。七星は続けた。

「わたしは平気なのに、『持ってやる』の一点張りで。そしたら、あなたが来て。なにか誤解してるみたいだったから説明しようと思ったんだけど、タイミングが……」

 顔から火が吹き出るような思いがした。好輝はすぐさま、

「サーセンでした!」

 最敬礼で、全力で謝罪する。

「いーよ、いーよ。オレのほうこそ悪かったな」

 彼はあっさり許してくれたようだ。


(……この人、案外いい人かも)


 ほっ、と胸をなで下ろす好輝。

 七星が安心したかのように口を開いた。

「……こうしてちゃんと話すの、初めてだね。わたしは天城あまぎ七星ななせ

「ぼくは荒城あらきよう。ヨウでも、ハルでも好きなように呼べ。――この金髪チャラ助は荒城あらき彼方かなた。ぼくの愚兄ぐけいだ」


「金髪チャラ助って、なんだよ!」


 がなる彼方に、「言葉のままだ」と返す遥。

心埜こころの好輝こうきです。……あの、つかぬことをお伺いしてもよろしいでしょうか?」

「なんだ?」

 至極、大真面目に好輝は言った。


「遥さんって昔は男……だったんですか?」


 次の瞬間、美しいかかと落としが好輝の脳天に決まった。


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