LOOSEN CODE(ルースン・コード)
緋崎水那
着物と絵師∽欠片犯罪
着物と絵師∽欠片犯罪/1
世間で新生活という言葉がおどる春。
カランカラン、ドアベルが小気味よい音を鳴らした。
そのドアベルは至福の時を告げるもの。
「いらっしゃいませ!」
黒エプロンをつけた身につけた青年――
入ってきたのは、着物がとても似合っている可愛らしい美女。年齢はたぶん好輝とそれほど変わらない。ミディアムヘアの明るい茶髪、
「ご注文は?」
常套句とともに、水とおしぼりを差し出す。
彼女はメニューを手に取ることなく言った。
「サンドウィッチとカフェラテを」
好輝は注文を繰り返して、伝票に書き込む。
「以上で?」
確認なんて本当は必要ない。彼女は常にサンドウィッチとカフェラテの一択。一度、思いきって「パフェとパンケーキはいかがでしょう?」と言ってみたこともあるが、結果は言わずもがな。だが、そんなことはどうでもいい。今日も彼女は美しいのだから。
カウンターにいる伯父に注文を通し、もう一度七星を見つめる。やっぱり可憐だ。同年代であんなに着物を着こなせる人は、他にいないだろう。
(……そういえば、なんで毎日来るんだろ?)
ふと疑問に思った。学生ならサボリや不登校ならともかく、こんな時間に来られるはずがない。彼女も好輝のように大学には行かず働くことを選んだのだろうか。もしくは病気がちなど、のっぴきならない事情があるのか……。
(……まさか!)
「――おい」
(実は、おれ目当てとか?)
「おい!」
(やべっ! もしそうだったら、どうしよう!)
口元が思わず綻んだのと同時に、ボカンッ! 頭に鈍痛が走った。
店長もとい伯父である
「七星ちゃんの注文できたぞ! ぼーっとする暇があるんなら、さっさと運んでこい!」
「ふぉ、ふぉい……」
頭の痛みを堪えつつ、好輝は注文の品を運ぶ。
「お待たせしました。――いてて」
最後のほうは聞こえるか聞こえないかの声だったはずなのに、
「――だいじょうぶ?」
声をかけてきた彼女は心配そうに好輝を見ている。頬がかっと熱くなった。
「だ、だいじょぶです! す、す、すみませんっ!」
声もひっくり返った。
「ご、ごゆっくり! ど、どど、どぞ……!」
半ば逃げるように、カウンターへと引っ込む。
(落ち着け、落ち着け!)
彼女の目を初めてまっすぐに見た。吸いこまれそうな瞳だった。
心臓がばくばくだ。
(そ、そうだ! 洗い物でもするか……)
気分を落ち着かせようと、震える手をシンクに伸ばす。ただただ無心に食器を洗い続けていくうちに、平常心が戻ってきた。ついでに、頭の痛みも引いてくる。
ふと、七星が座っているはずの席を見た。
(あ、あれっ?)
目を疑った。彼女の姿がどこにもない。
「二五〇円のお返しね」
誠次の声にレジを見る。七星はすでに会計を済ませ、おつりを受け取っている。
「今度、みんなも連れておいで。待ってるから」
「はい。ごちそうさまでした」
そう言って、七星は店を出て行ってしまった。
(うわああぁぁっ!)
心の中で悲鳴を上げる。
(せっかくのチャンスだったのに!)
好輝はきっと誠次を
注文の際、客はいつもと様子がちがう好輝を心配してくれたようだったが、当の本人はそんなこと、どうでもよかった。
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