第17話 銀色のなにか

 やや急な階段を降りると、そこには3メートル程度のがあった。

 何か、としか言いようがない。

 硬質そうな感じだったので、手の甲で叩いてみると、鉄かアルミのような冷たい感触がある。


「なに、これ?」


 結局入って見ても、なんなのかさっぱり分からない。

 モカ様が、その丸い物体に着いているボタンを押すと、レバーが出て来る。

 出てきたレバーは引かずに、モカ様は言った。


「これは脱出ポッドだ。これに乗り込めば、安全に勇者たちが城から出られる」

「安全に……? なんで……。っ……!! もしかして、モカ様が勇者に倒されたら、この魔王城は崩れるようになっているの?」

「そうだ。この城は我がいなくなれば用済み。我がおらぬのに建っていても仕方あるまい。だが、我を倒した英雄である勇者たちには、城が崩れ落ちる前に去ってもらわねばならないからな。その為にこの脱出ポッドがある。この城が本当に崩れ落ち始めるまで五分。五分以内にこのポッドを見つけられなければ、勇者たちも道連れだ。我は殺されているのだから、時間制限位の嫌がらせは許されるだろう」


 にやりと笑うモカ様だったが、私は不満が爆発しそうになる。

 言ったと思うんだけどな~。忘れてるのかな~。


「モカ様は死なないって言ったよね? 私が守るって」


 某新世紀ロボットアニメのヒロインのようなセリフを言ってしまったが、これは偽らざる本心だった。どんなことをしてでも守るつもりでいるという気持ちは前に伝えたはずだ。


「ああ、確かにそのようなことを前にも言っていたな。……だが、勇者が生まれた。我は滅ぶ。それが世界の必定ひつじょう。この世界の流れなのだ」


 諦めたように笑うモカ様に、無性に腹が立った。

 怒髪天をく、とはこういうことかと初めて知る。

 ぷつぷつと開いていく毛穴、開いた口は閉じることを忘れたように矢継ぎ早に言葉が出て来る。


「~~~~~~っ!! なにを!! なにを!! なにを!!! 魔王らしくもないことを!!」

「!?」


 私の怒りに怯えたような顔をして驚くモカ様に構わず、言葉を続ける。


「モカ様! モカ様は前に、自分は己の好きに生きることを宿命さだめられた存在だって言ったよね!!」

「あ、ああ……言った」

「モカ様は魔王様! それでこそ魔王の生き様だと私も思う。いいじゃん、好きに生きれば!! だって魔王だもん! でもっ……!! ――ねえ、モカ様。モカ様はそうなるのが決まってるからって勇者に殺されていいの? 本当に死にたいの?」

「……それは――」

「もし死にたいとしても残念でした!!」


 モカ様が何かを言い出す前に私は被せて喋る。

 今はモカ様の意見を聞きたいのではなく、私の主張を一方的にぶつけたいだけだから。


「モカ様のように自由に生きることを宿命さだめられた、でもモカ様みたいに世界に縛られていない異世界人が、ここにいます~!! 私はモカ様を死なせるつもりがないので、モカ様は死ねません~!! 残念でした~!! 魔王を討つ勇者? 勇者に討たれる魔王? それが世界の必定? 世界の流れなんか知るかー!! そんなこの世界の事情なんか、異世界人の私が知るか知るか知るかーッ!! 私には、なぁんの関係もっ!! ない!!!!」


 モカ様がたじろぐ。

 

「私をこの世界に勝手に連れてきておいて、なんの特殊能力もつけてくれなかった神に感謝するとしたら、あの森に落としてくれたことだけだよ! そのおかげでモカ様に逢えたから、それだけは感謝してる! でもっ、私が……ほっ、本当に恩があるのは、拾ってくれた……モカ様だけ!! 私は、どんなっ、どんな手を使ってでも……っ! モカ様を、死なせない……から!!」

「……シズク」

「だから、だから……、こんな自分が死んだ後の勇者の心配をしちゃうような、優しい魔王様を倒そうとする……、勇者を助けるための脱出ポッド……いらない。モカ様は死なないから、魔王城も……、潰れない……。だから……っ! こんな、もの!!」

 

 私は、その脱出ポッドとやらを殴る。

 握り拳を作って何度も何度も何度も何度も何度も……。

 ――拳に血がにじむほど殴りつけても、全く壊れそうにない鈍い音を発しながら、その鉄の丸い塊は、私を見下ろす様に鎮座していた。


「っ……壊れてよぉ……」


 ボロボロと、涙が零れ落ちる。止めなく、溢れ出てくる。

 哀しいからじゃない。

 自分の無力さに、腹が立つからだ。モカ様を守れないと知ってしまっているから。

だって、モカ様は勇者と戦いたくて、モカ様と勇者が戦う前に勇者を殺すことは許されなくて。私が一度は守ったとしても、死んでしまったら次はモカ様なのだ。

 死んでほしくないのに、守れもしないなんて。


「泣くな、シズク……」

「泣いて、ない! 泣いてなんか……っ! こっ、これは……目の汗!! 異世界人は、目から、汗が出るの!! このポッドを殴ってたら、汗が出てきただけ!」

 

 私の苦しい言い訳に、モカ様は苦笑いをして、白いハンカチを差し出した。


「そうか……ならば、我のハンカチを貸してやろう。汗ならば、ハンカチよりもタオルの方がいいか? セバスに持ってこさせようか」

「……ううん。ありがとう、モカ様」


 ハンカチを受け取る時に、私の血のにじんでいる手をモカ様はそっと取り、「『治癒サキュア』」と、優しく囁く。モカ様と私の手が光ったと思うと、皮が剥け血塗れになっていた手の甲は、すっかり元通りになっていた。


「あり、がとう……」 

「いいや、シズク。礼を言うのは我の方だ。ありがとう。我は――本当は死にたくない」

「!! モカ様……」

「お前の話を聞いていると、世界の必定がなんだ、我は魔王。勇者に殺されるために生まれてきたのではないと、なぜか今更込み上げてきたのだ。我は――何を諦めていたのだろうな?」

「うん。うん……!! そうだよ!! 勇者の育成なんかやめてさっさと殺しちゃおう、モカ様!!」


 きっと、それが一番いい。

 勇者さえいなければ、モカ様は殺されることはないのだから。


「えっ……いや、勇者と戦いたい気持ちは偽りではないし、我らでは勇者を殺せない。だからこれからも勇者を育てていくつもりだが……。シズクお前、魔王である我より恐ろしいことを平気で言うな?」

「……」 


 折角いい感じだったのにモカ様に魔王より恐いとドン引かれて、少し凹んだ。


 ☆魔王城の欠点その4 勇者用の脱出ポッドがある(削除予定項目) 


――――――――――――――――――

脱出用ポッドの使い方

1、ポッドの外側に付いているボタンを押します。

2、出てきたレバーを引きます。

3、ポッドの扉が開きますので、乗り込みます。

4、乗り込んだら、安全の為シートベルトをお締め下さい。

5、座席前方にあるボタンを押します。

6、球体の乗り物の下部が開き、垂直降下方式救助袋が外へと伸びますので、全員が安全に魔王城の外に全員出られます。 

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