第13話 穴と

 そうしてその火花たちは、ようやく訪れたその時に歓喜するように、ポッと小さな光を発して蒼い炎へと姿を変えた。


「でき……た」


 ゆらゆらと私の掌の上に、あおい炎が揺れている。さっきまで燃えるように熱かった体は、その熱をこの炎に持っていかれたのか、落ち着いていた。 


「うむ、上出来だぞシズク。実際魔法を出すことは、想像よりも難しい。っている事と、実際できるかどうかには深い溝がある。しかも、炎の色が蒼とはな。シズク、お前我を使な?」

「……」


 私の掌に浮かんだ蒼い炎を慈しむように見つめながら、嬉しそうに笑うモカ様。


「実際目にするのはオレンジや赤のような炎の方が多い筈。それなのに、お前は蒼の炎を出した。少なからず我の魔力を、

「……ごめん、なさい」


 この火の色については、いわば魔法のイメージ力の、検証の第一段目のつもりだった。

 魔力の主出力者である『蒼い炎を出そうとしている私』と、補助者の『私が赤い炎を出すと思っているモカ様』と。違うイメージが重ね合わさった場合、どうなるのか? という検証だ。

 結果は主出力者である私のイメージが優先されて、ちゃんと発動した。これは、やる前からそうではないかという気持ちはあったが。

 私が魔法で出そうとしているものと、モカ様が考えている、私が出すであろうと思っているものが違っていたとしても、それはしっかりと魔力の主出力者のイメージで発動すると確定したのだ。だが、全く違うものを考えていた際の結果については、また今後要検証かとは思う。

 そして、出たのは赤い炎よりも温度の高い蒼い炎。これは推測でしかなかったが、私の魔力ではこの蒼い炎を出せないと考えていた。実際、モカ様が言うとおり、モカ様の魔力を引き出してこの炎は形になったようだ。モカ様の魔力が、私の手の甲から流れ込むのが分かった。

 炎のイメージ差があっても、私のイメージする炎を、モカ様の魔力を使って出せたということになるだろう。

 これは、この世界で最強である魔王、モカ様の魔力を使って、私の知る世界の物を作り出せるかもしれないという可能性を秘めている。

 ただこれは、シンプルな火の魔法であるからできたことだったのかもしれない。まだ、検証を重ねる必要はある。


「いや、謝る必要はない。お前はこの蒼い炎が、赤い炎よりも強い力を持っていると識っていたのだろう? その上で己の魔力では足りないと判断し、補助した我の魔力を使った。初めて魔法を使う者とは思えぬ大胆さだ。異世界人は、みなそうなのか?」

「そんなことはないと思う、けど」


 どうだろうか。分からない。

 なにせ、元の世界では魔法を使える人間なんて居ないに等しいのに、一部の人間達の研究だけは盛んだと言えるだろうし。


「ならば、この先更に強い炎はどうなるか知っているか――?」

「……え?」

 

 青よりも、上の炎?

 

「知らない。私の世界では、青より上の炎の色なんて……」


 それに、私が今出した炎に関しては、赤い炎よりも温度が高いというだけで、ガスコンロかバーナー程度の温度の筈だ。コンロの炎の色は、炎色反応によるもので、温度そのものによる蒼色とはまた別だ。


「そうか。だがこの世界では、を魔法で生み出せる」


 にんまりとモカ様は笑った。

 モカ様は私からそっと手を離す。私の掌に浮いていた青い炎は、モカ様の支えを失った途端に、その力を保てず揺らめいて消えた。

 モカ様はどこか悪戯っ子のような表情で、すっと右手を顔の前に挙げる。

 ぷにぷにの柔らかい手には、魔王らしく鋭い爪が生えている。


「『透炎クラーフェ』」


 それを呪文らしき声と同時にシュルリと擦り合わせると、彼女の指先からは、ぼんやりとした色のない熱の塊が現れる。色はないが、何かがあるということが分かる。


(……あれ、詠唱は?)


 ふと、気付いた。

 魔王様だからいらないのだろうか。そういえば、転移した時もモカ様は小さく呪文のようなものを発しただけだった。


「シズク、お前にこの炎が見えるか?」

「ぼんやりとした何かがあるのは分かるけど、背景が揺れるようにぼやけてるだけで、それ自体は見えない」

「そうだろう。我も、我が生み出したと言うのに、ここに何かがあるとしか分からぬ。これは、もはや炎とは呼べない、力の塊なのだ。そして――」


 モカ様は腕を横に振り、その熱の塊らしき何かを窓の方へと放つ。

 

「あっ!!」


 モカ様の手を離れたそれは、窓をその形に開けながら出ていき、空で色の波長を変えながら霧散した。


「!! 窓が――!!」

「このように、強すぎる力は危ない。それに見えぬものは正直使い辛い。だから我は、この強すぎる炎を使わない。舐めプレイと思われるかもしれんがな」

「舐めプレイて」

「だが、これを使いたいと思えるほど、勇者が強くなって我に挑んでくれれば、もちろん使うこともやぶさかではない」


 そうニヤリとモカ様は笑うが、そんなことはおかまいなしに、穴の開いた窓は私達を吸いこもうとする。私は制服のスカートを必死で抑えながら、どうにかこの窓の穴を塞がないとと考えていると……。

 

「アッー!」

「ああっ!!?」


 穴に近い場所にいたモカ様のスカートの一部が、ずっぽりとその10センチ程度の穴に入ってしまった。吸い込む力は止まったが、モカ様がぶらりと窓の穴から吊り下げられる形になる。

 私は、不謹慎だが、なんかこんな感じのキーホルダーがあったなぁと思っていた。

 図らずもモカ様ぶら下がりますこっとである。


「……。」

「……。」


 モカ様のパンツがハイソックスを支えるガーターベルトとパニエと共に窓側に向かって丸見えになっている。いや、それはパンツではなかった、ペチコートだった。パンツではなかった。

 心配するふりをして窓のきわからちらりと覗きこんだ私は、心の中で小さくほっとしたと同時に舌打ちした。パンツではなかったのだ。

 しかしこの光景は、高層の窓に咲く一輪の白牡丹と言えなくもない。

 ああ、私が空を飛べたなら、窓の向こう側からモカ様のあられもない姿を見られたのに!! 今、この瞬間神が願いを叶えてくれるなら、……翼が欲しい! こんなに翼が欲しくなったの初めて!! 転生特典は翼でお願いします! 翼をください! パンツではないにしても!! 恥ずかしくないならガン見してもいいだろう。

 飛ぶ魔法があるなら絶対に教えて貰おうと、その時に深く心に刻んだ。

 

「シズク、今、何か色々と複雑そうな顔をしなかったか?」

「そんな顔はしてないよ?」


 一体モカ様は何を言い出すやら。私は常に冷静沈着を心掛けている。ポーカーフェイスは得意な方なのだ。


「でも……」

「してない。モカ様、この窓って、どうやって直すの? このままモカ様で私の部屋の窓を塞いでおくわけにはいかないでしょう」


 ……はぐらかしたのではない、やらなければならないことを思い出しただけだ。

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