第12話 魔法と

「ん……? それじゃあもしかして、私も魔法を使えたりするの?」

「そうか、異世界人はそもそも魔法を使えないのだったな。確かにお爺様の書き残した書物『異世界人の生態』で見たことがある」


 その『異世界人の生態』とやらを、すごく読んでみたいけれど、多分言葉は通じても読み書きは勉強しなければ無理だろう。当面は諦めるしかなさそうだ。

 もしくは、誰かに読んでもらうか。


「今なら恐らく魔法を使えるはずだ。この世界の者は年数を追う毎に、魔力蓄積量が多くなっていくが、それはエアリアルグランデが放出した魔素を含む物を食べ続けるからだろう。シズクもこちらの物を食べただろうし、これからも食べ続ければもっと大きな魔法を使えるようにもなるはずだ。だが、今は我が魔力の補助をし、基本中の基本、火の魔法を使ってみるとしよう」

「うん!」


 とうとう、憧れの魔法を使う時がきた。

 

 モカ様は私の右手を取り、掌を上に向ける。

 ああ、ぷにぷにとしたモカ様の掌のなんと柔らかく優しいことか。この甘美な感触をいつまでも感じていたい。空いている左手で、モカ様の頭をなでなでしたい。

 ポーカーフェイスを気取りながらうっとりとしていた私に対して、モカ様は真剣な表情で、私の手の甲を数回さする。少しずつ掌が熱くなっていくのを感じた。


「さあ、集中しろ。魔法とはイメージの力が形作るもの。その掌から、小さな火が燃え上がるイメージだ」


 散々色々な本で見たり聞いたりしたことのある、イメージの力……。

 この異世界で、それは私の中でしっかりと形になってくれるだろうかと、不安になった。


 ――ずっと不思議に思っていたことがある。


 もしも……もしも魔法がイメージで全て創造できてしまうなら、私は魔法で、私の見たことのある物、使ったことのあるものを作れてしまうのではないかと思う。

 火や水などではなく、の代わりを。

 外側だけ、中身は魔力を動力源とすればいいのだ。ただ、いい。きっと、魔力を蓄えられる道具だってあるはずだから、それを使って。

 しかし元の世界の物語を見聞きする限り、実際にはその魔力というやつはイメージだけに依存しているわけではなく、どうやら属性があったりして、制限されるらしいのだが。

 だがそれは、元いた世界での、それこそ想像の話だ。

 この世界では、どうなのだろうか。

 エアリアルグランデという樹が放出しているという魔力は……、どこまで私の想像を形にできるのだろうか。

 たかぶりというものを、初めて感じた。

 生きてきて初めての感情だった。

 まさか死んでからこんな感情を得ようとは、思いもよらなかった。

 ただぼんやりと生きていた日本での自分と、この世界での自分は、決定的に何かが違っている。

 ちらりとモカ様を見る。真剣な表情のモカ様もまた、いとうつくし。


 そのうち、掌から火花のようなものが上がりだした。

 体中が熱い。

 ビリビリとが体の中を走っては、掌へと流れていく。

 これは魔力の奔流ほんりゅうで、それが掌へと流れているのだと知覚する。ドクドクと早鐘のように打つ心臓、体中の血がクツクツと沸騰して暴れ出しそうなこの感じ。


(――私はこの感覚を、知っている)


 この既視感に、ぞくぞくと背中から魔力とは別の何かが這い上がってくるのを感じた。


(これは……、この感覚は――あの時の……)


 トラックにひかれる直前に感じたあの時の、死への甘いいざないのようなそれと、酷似していた。

 恐怖、高揚、絶望、誘惑――、グルグルと私の中をせめぎ合い混じり合うそれらは、私の混乱をよそに、何か体中にをこじ開け作っていったのだ。

 だが、嫌な感じはしない。もともと、それを持っていたことを忘れていたのだと思わせるような、不思議な感覚だった。


「さあ、我に続いて唱えろ。――根源にて咲く蓮華レンゲよ、さだめられしこの地にて咲き誇れ」

「根源にて咲く蓮華よ、さだめられしこの地にて咲き誇れ」


 その感覚とリンクするかのように増えていく火花たちは、掌の上で何かを形作ろうと必死に寄り添っては離れ、消えては現れる。

 回りながら、火花たちは次々と踊る相手を替えて、美しく燃え上がる時を待ち焦がれている。ゆるゆると、クライマックスに向けてその繰り返しのスピードと密度を上げていく火花たち。


「始まりの産声を上げ、その力をこの盃に現せ!」

「始まりの産声を上げ、その力をこの盃に現せ!」

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