第11話 眺めのいい部屋は少しこわいなと思うことがある

 眼をキラリと光らせて、モカ様は天井へと真っ直ぐに手を伸ばし指差す。


「この魔王城にある風呂は、我の最上階フロアの上、屋上にある露天風呂だけだ!!」

「露天風呂!!」 

「そうだ、すごいだろう!!」


 ああ!! あの、屋上から出ていた煙は……煙じゃなくて、湯気だったのか。


(そ、それはつまり……も、もかしゃまと一緒にお風呂に入れるということでしゅか!?)


 私の頭の中はプチパニックである。

 とらぶる的な何かを自ら起こそうと考えているわけではないが、起これば嬉しいと思う気持ちがあり、その気持ちはどちらかといえば悪い気持ちかもしれないけど、でも別にこの気持ちを隠し持っていてもいいよね? だって私が怪しい機械を作ってそれが暴走するわけでもないんだから……。ダメだ、日本語が怪しくなってきた。興奮のあまり色々破綻している。

 私は女でモカ様も女……。なぜこんなに心が浮き立つのかこちらが聞きたいほどだ。これを鎮める術を、誰か教えて欲しい。

 違うよ? モカ様と付き合いたいとか、あんなことやそんなことがしたいとかそういう気持ちは全くないんだよ? 愛玩的な、そういう可愛さから来る好きだから、これは。

 ――……頭の中でさえどんどん早口になっていくのはなぜなのか。自分の気持ちを説明すればするほど、後ろめたい気持ちになってくるからだろうか。


 この胸のどうにもならない高鳴りを頑張って抑えつつ、誤魔化しつつ、窓際へと向かう。外がよく見える大きな窓は、やはり高層階なだけあって嵌め殺しになっている。その窓から、恐る恐る外の景色を見た。

 部屋から下を見て、やっと自分の部屋の位置を把握する。私の部屋は、魔王城の扉を開いて入った方の棟。森から向かって左の棟にあるようだ。

 私は別に高所恐怖症というわけではないが、という根源的な怖さを感じて、足元からゾワッとしたうすら寒い感覚が上がってくる。


「わ~! 本当に魔界って感じだねぇ」

「そうだぞ、ここは魔界。我の統べる地だ」


 言った自分でも恥ずかしいくらい今更すぎる感想だったが、実際に魔界という物を見下ろした人間がどれだけいるだろうか。いないはずだ、元いた世界に魔界などと言う場所は存在しないのだから。

 この魔王城タワマンが建つ切り立った崖周辺は、それはそれは魔界らしい、ごつごつした岩が多い、乾燥した赤い土の土地だ。エアーズロックのような色味の土を見下ろす空は、晴れているのにどんよりとしていて、薄暗い。

 が、ある一定のラインを超えると、気候がそこで分断されているのかと思えるほど肥沃ひよくな土地で、よく分からない木達で構成された大きな森が広がっている。森で過ごしていた時、木や草などはおどろおどろしい見た目なだけで、瑞々みずみずしく葉を広げていたのを覚えている。そしてその森の中に一際大きな樹が一本あり、すぐそばを川が流れているのが見て取れる。あれは、私が住んでいた樹だと容易に分かった。それほどに、他の樹木とは一線を画す巨大さだ。

 私が洞の中で横になっても、まだ余裕のあった樹なのだから、本当に大樹だとは思っていたが、あそこまでとは。


「モカ様、あの一番大きな樹は魔界のご神木的ななにか?」

「シズクがいた樹、『エアリアルグランデ』のことだな? ご神木……、ああ人間の世界には神籬ひもろぎとされる樹の概念があったな」


 モカ様は私の横にゆっくりと近付き、横に並んでそう言った。

 うっかり抱っこしてしまいたい気持ちに駆られるが、ロリな見た目とはいえ小学三年生程度に見えるので、私が抱えるには少し重いだろうか。モカのように、5キロとはいかないだろう。


「残念ながら、あの樹はご神木とは違う。エアリアルグランデに宿っているのは、神ではなく魔力。あれは魔樹マナツリーの中でも別格。全ての魔力の根源とされる樹だ。あの樹が枯れれば、この世界から魔力がなくなるとされている」

「魔力の根源?」

「エアリアルグランデから放出された魔力が、世界の隅々にまで行き渡っているから、自然と植物や動物、空気、水などにも魔力が宿る。我々はそれを取り込むことで魔法が使える。エアリアルグランデがなくなれば、我は相当に弱体化するだろうが、それは勇者も、そして他の魔力を持つ者も同じ。魔力とは、人や魔物の営みとも切っても切れない間柄なのだ。魔樹マナツリーだけに」

 

 えっ、なに。今のは。


 反応できないでいると、モカ様はモジモジして、俯いてしまった。

 何か返してあげた方が良かったのかもしれない。

『なるほど、営みと魔力がこの樹と縁が切れないというのと、樹は切れないというのを掛けたわけですね』と返すとか……、いやこれは絶対やったらダメな奴だな。

 自分のボケを解説されることほど辛いことはない。

 よし、ここは思い切ってスルーでいこう。

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