第二章
第10話 転移酔い
「
モカ様が、そう発すると、突然頭が揺れた。
揺れた……? いや、違うか。 離れた。……離れた。頭が? それとも、体が?
は、世界、……世界???
ひかり……、や、み? や……。
はえ?
あれ、これ、わた、し。
ん、ちが、ちが…。ちがががががががが。
「――着いたぞ、シズク。2206号室。お前の部屋だ」
「――……んぇ? あ、うん」
気付くと、目の前にはおどろおどろしい見た目の真っ赤なドアがあった。紫とか赤とか、なぜドアの色が悉く派手なのか。
他の部屋を見てみても、全く同じドアが並んでいる。
いつの間に着いたのだろう。モカ様が何か呪文のようなものを呟いた声は、聞いた気がするのだけれど。なんだかその辺りがものすごく曖昧で、頭の中が上手く繋がっていない感じがする。
しかし、この部屋……毎日出入りするの嫌だな。塗り替えたらだめだろうか。
「あの、モカ様……今の……」
「? 今の、とは? 転移魔法がどうかしたか?」
「なんか、ええと……」
目の前がぐにゃぐにゃして、自分が曖昧になるような……。
どう説明したものか。
私もさっきのが一体何なのか知りたいのだが、分からないのだから説明のしようがない。
モカ様は、私の煮え切らない顔を見て、ああ! と声を上げた。
「ははぁ、シズクさてはお前、転移酔いしたな?」
「転移酔い……?」
なにそれは。初めて聞く言葉なんですけど?
「ごく稀にいるのだ。転移の後に世界が散らばっただの、自分がなくなっただの、俺の胃袋は宇宙だだのと言い出す奴が」
最後のはなんか違う。ただの食いしん坊だろ。
……違うと思うんだけど否定しきれない気がするのはなぜだろう。
モカ様にはこんなこと言ったら笑われそうだから言えないのだけれど、宇宙と自分とがひとつになったような、自分と他者や世界との境界が曖昧になるような感じがあったからかもしれない。
自分でも、何言ってるんだと思うから、やっぱり人には言えない。
「転移の後にそんな感じで酔っぱらったみたいなことを言う奴がいて、我らはその状態を転移酔いと呼んでいる」
ド〇クエでは、ルーラに酔うような勇者はいなかったんだけどなあ。
現実とゲームとは違うということか。
そこまで言われてしまうと、余計に言えない。私は宇宙と一体となったのだ! とか、本当に酔っ払いの言葉だ。
「誰がそうなりやすいとかあるの?」
モカ様は、顎に手を当てて目を瞑り、うーんと唸る。
「さあなあ。なにせなるのは子どもだけな上、さっきも言った通りごく少数なのだ。ある程度年を取ったり、転移に慣れれば症状が出なくなるものだから、誰もなぜそうなる者がいるのか、研究していないのだ」
「子どもがなるんだ……」
「そういえば、シズクはいくつだ? その症状が出ると言うことは、子どもなのだろう?」
「私は16歳だけど……」
そう私はサラリと答えたが、はっと思い返す。
よく考えたら、向こうでとった年齢ってこっちでも通用するのだろうか。モカ様なんか、この見た目で186歳とかだと言うし……。
だが、そんなことはお構いなしに魔王様はにんまりと笑った。
「おお、勇者と同い年だな。人間は寿命が短いからか、見た目に反して年若い者が多いな」
いや、魔王様は見た目に反して年取りすぎてますよと言いたかったが、やめた。所詮人間の基準だ。
「さあ、部屋の中へ入るがよい」
「あ、うん」
期待と不安を両方持ってドアを開ける。
一体、どんな部屋なのだろうか。家具とかが紫色でパンキッシュな部屋だったらどうしよう。それとも意に反してめっちゃファンシーだったりとかすることは……ないな。
そこに待ち構えていたのは――。
「――わあ! すっごい普通の部屋!」
「一体どのような部屋を想像していたのだ……」
呆れ顔のモカ様に、苦笑いを返すしかない。
恐らく30畳ほどもありそうな広い部屋の中には、清潔そうなベッド、シンプルなサイドチェスト、クローゼットと、テーブルセット。そしてどうやらユニットバスらしきドアが一つ。床も壁もむき出しのコンクリートだった。部屋もコンクリートそのままなのだから、なぜ廊下だけがあの赤黒いレンガ風の壁なのか、更に混乱が極まった。
「基本的に、誰が来てどういう風に部屋の中を変えてもいいようにと、必要最低限の物だけを置いてある。シズクも、好きなように部屋をコーディネートしていいぞ」
「そうなんだ」
とはいえ、どう〇つの森のように部屋を
勇者の事を笑えない。
魔王様のお手伝いでお賃金は貰えるのだろうか。まあ別に、当面はこのままでも困る気はしないが。
気になったので部屋に一つだけあったドアを開くと、そこはトイレだった。あれ、お風呂がない。
「モカ様、お風呂がないみたいだけど、どうしたらいいの?」
「ふっふっふ、よくぞ聞いてくれたシズクよ!」
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