第9話 まだまだあるよ魔王城の欠点

 転移。

 やっぱり転移魔法はあるんだ。

 ここは魔法のある世界なのだと、今更何かが込み上げてくる。

 そしてそれとは別の何かも込み上げてくる。

 そうだ、この感情の名前は――『不安』だ。

 この感情は、自分が異世界にいる事へではない。そんなものは、モカ様に逢う前に気付いて、そしてどうしようもないのだと心の外へぶん投げた。

 この不安は、魔王城に対してのものだ。

 タワマン、高層階……階段……。うっ、頭が痛い!! 頭痛が痛い!


「……この魔王城は、全部階段?」

「ああ、もちろんだ。階段と転移以外に上に上がる方法と言えば、羽根で飛ぶ位か」

「エレベーターとかは……?」

「えれべーたー???」


 初めて聞いた言葉に困惑した表情を見せるモカ様。手に隠し持っていたお菓子を手品で消して見せた時のモカの顔が浮かんだ。

 まさかこんな高層の建物なのに、エレベーターがないとは。


「モカ様、とりあえず転移する前に欠点を一つだけ言わせて」

「ふむ! いいぞ!」

 

 どんとこい! とばかりのやたらとキリッとした表情に心が痛む。


「モカ様のいる場所が23階だとしたら、歩いて登る勇者が辛いと思わない?」


 ☆魔王城の欠点その3 魔王城内の移動が不便すぎる


「魔王様がこの城の中ならどこでも転移魔法を使えるのは、この魔王城が魔王様の物だから、だよね?」

「あ、ああ……そうなるな。転移は行った事のある場所にしか使えないし、勇者にこの城の中を自由に飛ばれるのは嫌だから、この場内の転移魔法については魔族以外には使えないよう地下に制限用の陣を敷いてある。あと、玉座の間は我以外は転移魔法を使えない」


 勇者はこの城の中で自由に転移魔法を使えないと考えてよさそうだ。


「モカ様、今からこの魔王城を一から歩いて登れって言われたら辛くない?」

「……魔界宅配 デビネコ便の人間は、住居内での転移魔法を法律で禁じられていて、めっちゃ汗だくで23階にくる」

「それは、一階で受け取ってあげたらいいと思う」

「でも住人いっぱいいるし」

「セバスさんに一階で全員分受け取ってもらうか、宅配ボックスを設置しろ」

「あと、よく担当が変わるな」

「それ、絶対キツいからでしょ!?」


 住人は全員一階で受け取って、転移できるなら自分で持って転移したらいい。

 というか、その法律に宅配業者の無駄な苦行である以外に何か意味や理由などがあるのだろうか?

 いや、違うか。なのか。

 元々こんな高層の建物がなかったから、問題なかったのかもしれない。たくさんの魔物がいるとしても、この城自体は恐らくモカ様の持ち物なのだろうし、自宅内を飛び回られるのはいい気分がしないだろう。

 そう考えると、魔王城の為に作られた法律のようだ。

 魔界に宅配便があるのはまあいいとして、最上階まで荷物を持っていくのは本当に気が遠くなるほど大変だと思う。水とか持って上がらされた日には、住人に呪詛の一つでも掛けたくなるだろう。


「だ、だがほら、勇者は宅配業者みたいにずっと階段を上り下りし続けるわけではないし……」

「それは、まあ確かに……」


 なら、これは欠点ではない……のかな?


「でも、階の途中途中で勇者たちが一回外に出たりとか、またその場所に戻ってこれる様な転移ポイントとか、あとは玉座の間の手前に回復ポイントとかあるの?」

「そんなものはない。我の城の中に入った時点で向こうだって我を倒す気満々なのだから、そこまでの慈悲を与える必要はないだろう?」

「なんでそこだけびっくりするほど魔王的なの?」

「そこだけもなにも最初から魔王だが」


 そう言われればそうか。モカ様は魔王様だった。


「でもモカ様、敵と戦いながら玉座のあるフロアまで登ってきて、どう考えても万全とは言い難い勇者を倒して楽しい?」

「――――!!!!」


 この私の一言は、どうやら私の想像以上にモカ様に響いたらしい。

 ただでさえ大きい目をこれでもかという程大きく開いて、彼女はわなわなと震えだした。


「カダァ!!」


 かと思うと、モカ様は聞いたこともない鋭い声でカダの名を呼んだ。その声で大気が割けそうに震え、一気にこの場所全体が、全身が総毛立ってしまうほどの張り詰めた空気になる。


「ハッ」

「転移術式を組み込んだ魔道具を作れ! それを……そうだな、五階ずつに設置するとしよう。我が玉座の間の前には必ず一つ。六魔天将も召集しろ、奴らの力も使い、一月……いや、一週間で試作品を出せ」

「御意に」


 カダは、いつになく真面目な顔をしてモカ様に一礼して、その場から転移魔法を使って消えた。どこに行ったのだろう。


「残りの六魔天将は、のこが呼んでおきのこ」


 どんこ婆が、紅い唇を持ち上げてにやりと笑う。


「ああ、頼んだぞ」

「残りの……?」


 カダは確か親衛隊長で、六魔天将ではなかったはず。あとドラゴンキングとかいう魔物は確か勇者の村のすぐそばにいるのは覚えている。


「きのこも、六魔天将の一人きのこ。さあ、久しぶりに忙しくなるきのこ~!」


 それだけ言い残して、どんこ婆はさっと姿を消した。多分、どんこ婆も転移魔法を使ったのだろう。

 カダとは少し飛び方が違った気がしたが、それはきっと魔法にも個性があるからだろう。


「さあシズク。部屋に連れて行ってやろう」

 

 魔王様が私の手を取って、ニコリと微笑む。

 それは、先ほど恐ろしい声を出した同一人物とは思えないほどの、可愛らしい笑顔だった。



 ――そして、思っていた形ではなかったが、やっと勇者が次の村に進めそうで、とりあえずほっとした。 

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