第14話 生えてきたあれ

 もちろんこのまま私専用のぶら下がりますこっとでいてくれるということなら、私は大歓迎でお世話するが、一応魔王様だし威厳や示しというものもあるだろう。

 いつまでもこのタワマンで咲いているわけにもいくまい。


「う、うむ。仕方あるまい。とりあえず……」


 モカ様は窓のに手を添えて、囁いた。


「どんこ婆、聴こえているな」

『はいはい、聴こえてきのこ、魔王様』

「六魔天将を呼んでいるところ悪いが、緊急事態だ。早急に塞いでほしい穴がある。シズクの部屋まで来てくれるか」

『魔王様の緊急事態より大事なことなど、きのこにあるわけないきのこ。すぐに行きのこ』


 さも当たり前のように、モカ様はどんこ婆と話をしている。

 一体どうやってこの人はここにいないどんこ婆と話してるんだろう? そしてこの壁から響き渡るような声は一体……?


「魔王様、どうやってどん――」


 そう尋ねようとした瞬間に、どんこ婆が壁からにょっきりときた。

 「はぁ、どんこいしょ」と言いながら身軽に着地して、魔王様の前に立つ。


「お待たせしまきのこ」

「おお、流石に早いなどんこ婆」

「!!???!?!?」


 呼び出して数秒で、どんこ婆が壁から生えてきたのだ。これで驚かないわけがない。

 余りにびっくりしすぎて声も出なかった。自分の瞳孔が驚きでぎりぎりまで開くのが分かった。私が猫だったら毛まで逆立っているだろう。


「いっ、今、壁から生えてこなかった?」

「そりゃまあ、きのこだし生えるだろう」

「そうきのこ。きのこはきのこきのこから」


 いや、きのこきのこ言いすぎて何が言いたいのか分からない。

 でもそうか、どんこ婆はきのこだから……。

 だからどこからでも生えるのか。そういえばカーペットにも生えるとか聞いたことがあるし、壁からもきっと生えるに違いない。


「そっか~、どんこ婆はきのこだから……」

「そうだぞシズク。キノコはどこからでも生えるのだ」

「うっかりしているとどこでも生えるきのこ」

 

 二人は神妙な顔で頷いていたかと思うと、突然モカ様が噴き出した。


「――とまあ、冗談はさておき」


(えっ、冗談だったの?)


「この我が魔王城タワマンの管理をしているどんこ婆は、城全体の壁を菌床きんしょうとしている」

「城自体が、菌床に……?」

「どんこ婆の魔力が込められた菌糸が張り巡らされていて、その繋がりによって城の補強も兼ねているのだ」


 モカ様が、ガラス窓の縁をコンコンと叩く。


「きのこの菌糸が張り巡らされているのはガラス以外きのこ。ガラスに関しては職人に頼むしかないきのこけど、応急処置程度なら、きのこの菌糸で埋めることができのこ」

「菌床の中であれば、どんこ婆は転移魔法と同程度の素早い移動が可能だ。壁に手を当てれば、菌床を通じてどんこ婆にその声が聴こえる。そしてどんこ婆は壁の中の菌床を使い、こちらに声を伝えることができる」


 なるほど、そういうことか。

 モカ様は冗談と言ったが、どこからでも生えるというのはこの城限定であるにしても、本当だということだ。それに、どんこ婆が下の階で出会った後に、一瞬で消えた理由も分かった。あれは転移魔法ではなく、菌床の中を移動したのだ。

 伊達に六魔天将と名乗っていない。魔王城の壁の中を自由自在に泳ぎ回れるということだろう。

 あれ、でも城の中全てを行き来出来て声も聴こえるということは、プライバシーは?


「どんこ婆は、この魔王城の声全てが聴こえているってこと?」

「全部を同時には無理きのこ。一空間のみの声なら集中すれば聴こえるきのこけどね。なにかきのこに連絡がある時は、ちゃんとみんな壁か床に手を付けてきのこの名前を呼ぶきのこ。よっぽどのことがない限り、プライバシーの侵害はしないきのこ」

「どんこ婆がそんなことをするとしたら、我の命令があった時くらいだろうがな」

「そうきのこねぇ」


 どうやらプライバシーは守られているようだ。


「そうなんだ。でも、すごいね! どんこ婆さん!!」

「照れるきのこ~」


 くねくねと揺れながら照れるどんこ婆。少し怖い。


「まあ、それはともかく、どんこ婆よ、我の姿を見れば大体どうしてほしいか見当はつくと思う。頼む」

「はいきのこ~」


 一通り照れた後、どんこ婆は窓の穴からモカ様を「どんこいしょ」と引き抜いて支える。そしてほぼ同時に、頭に生えたまいたけの傘の裏から、白い粉を噴き出した。

 その粉は確実に意思を持って、窓の穴周辺にフワフワと飛んでいくと、半透明の枝のようなものをパキパキと何層も形成して、穴を塞いでしまった。 


「わ~!! すっごい!」

「クックック! どうだ、我が配下の力を見たか!!」


 どんこ婆に抱っこされた状態で、腰に手を当てて威張るモカ様。さっきまで穴に嵌ってたのに……。

 まあ、私はモカ様の味方なので、味方に見せて威張ってもしょうがないと思いながら、可愛くて少しにやけた。


「うん! どんこ婆さんも、そのどんこ婆さんを従える魔王様も、すごいね!」

「そうだろう、そうだろう。ウフフ、エヘヘ……」

「また褒められたきのこ~」


 どんこ婆と降ろしてもらったモカ様は、今度は二人でにやにやくねくねしながら照れている。

 くっ、モカ様可愛いな。

 どんこ婆は……、なんか失礼だがこれから新しい技を繰り出しそう。きのこ奥義、どんこ酔拳。相手は死ぬ。

 そのなんともいえず嬉しそうな二人を見て、ふと気付く。

 もしかしてこの二人、褒められ慣れていないのかもしれない。

 考えてみれば、褒めるという行為は大体上からだし、魔王を褒める人なんて、いなさそうだし。

 魔界で最強とほぼ最強の二人。できて当たり前、できて当然の人たちだ。

 しかしできて当然だといっても……、なんの賞賛も得られないのは辛いだろう。


「モカ様はすごいね。私、モカ様に拾われて良かった」

「!! そうか、そうか!! うん! そうだ、我はすごいのだ!」


 ぺったんこの胸を反って、えっへん! と鼻を高くするモカ様。 

 あああ~、もうだめだ、萌え死ぬ~!!

 塞いだ穴をもう一回こじ開けて、「モカ様かわいいいいぁあああああ!! 魔王様の可愛さは世界一ィ~~~~~ッ!!」と外に向かって叫びたい。

 そしてそれは世界中を駆け巡り、皆がモカ様の可愛さに気付けばいいのだ。

 その気持ちをぐっと堪えて、私は優しくモカ様を見ながらうんうんと頷いて微笑む。


「そうだ、シズク。我の玉座も見るか?」

「え、いいの?」

「ああ、もちろん。どの道これから何度も来てもらうことになるであろう場所だ。どんこ婆、呼んでいない六魔天将はあとどれくらいだ?」

「あと二魔天きのこ」

「よし、奴らが揃い次第玉座へ呼べ。シズクのお披露目も兼ねて一度会議をする。それまで我はシズクに我の住まうフロアを見せる」

「はいきのこ」


 そう言うと、どんこ婆は床に溶ける様に消えた。なるほど、飛んだように見えたのはあまりにも早く菌床の中へ潜ったからだったようだ。


「そういえば、最初のシズクを見つけた時、おかしいと思っていたのだ。お前が何も持っていないことに」


 部屋を出ようと、ドアの方へ移動している時に、不意にモカ様はそうぽつりと言った。


「どうして?」

「ただの家出娘なら、出る時に何か持って家出してもおかしくないだろう?」

「……そう、だね」


 私も神様的な存在に、何か持たせてもらえるなら持たせてもらいたかった。

 恨むぞ、神め!!


「何も持っていない時点で、自らの意思でここにいるのではないと大体予測が付いた。あの森自体が、そうそう人間が入り込める場所ではない。その上、この世界の者なら誰もが知っている魔樹マナツリー、エアリアルグランデを寝床にするような肝の据わった者はそうそういない。力のある樹だからな。普通はおそれるのだ」


 モカ様が、異常に早く私を異世界人だと特定した理由が、なんとなく分かった気がした。自分の祖母が異世界人だったからというのもあったのだろうが。


「まあ、もしくはただの大バカ者かと思ったが……。その服がな」

 

 モカ様がちらりと私の体に目を遣った。


「あ、学生服ね」

「異世界の子どもは、みな同じような服を着て学習を受けるのだったな」

「うん。そうだよ、よく知ってるね」

「我の祖母は、高等女学校とやらで学んでいたのが、誇りだったそうだぞ。それを聞いて、我の祖父も魔物の子供たちが学べる学校を作ったのだ」

「高等女学校……」


 今のモカ様の言葉で、ハナエさんの年代がなんとなく掴めた気がした。私が日本にいた時で計算するなら、祖母よりももう一世代上、曾祖母くらいの年齢位かそれより上の人だろうか。

 でも、モカ様が生まれた時には、もうモカ様のお爺様、先々代魔王は死んでいたわけで……計算が合わない。となると、この世界に来る年代はバラバラだと考えてよさそうだ。あくまでこちらの世界も365日周期で世界が回っていると仮定しての話になるが。


「でも今は、私服の学校も増えてるらしいけどね」

「なんと! それは勿体ないな。その服装は清潔感もあって我はとても好きだぞ! シズクが特別似合うのかもしれないがな!」

「そう、かな……? モカ様に褒められると、嬉しいな」


 この瞬間――その何気ないモカ様の一言で、何の変哲もない私の制服は、家宝となった。

 いや、だが家宝とはいえモカ様がそう言うなら、飾っておくわけにはいかないだろう。できるだけ早く乾かして、できるだけ毎日着る様に心がけよう。


 制服は、偉大だ。

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