第15話 魔王様の玉座にはひみつがいっぱい

◇ ◇ ◇


 そして私は、モカ様に促されるまま外へ出た。

 モカ様と私のローファーの靴音が廊下や階段に響き渡ることはない。赤い絨毯は、しっかりと衝撃と音を吸収している。

 一階分階段を上ると、その先にはまた赤い絨毯が敷かれており、それは真っ直ぐに伸びていた。あと、天井が高かった。外から見た時はそんなことはなかったのにと、思い返してみる。

 そういえば、25階あるなと思ったのに、玉座のフロアの下で22階だった。

つまり、魔王様のフロアだけは23~25階程度までの三階分程度の高さだということか。

 その中央側には、いかにも『魔王様はここにいますよ! 魔王様の住まうお部屋はここですよ!』と自己主張の激しい扉が、禍々しいオーラを放ちながらそびえている。魔王城入口の扉よりもいかつい。

 色々と自己主張が激しいのは気になるが、魔王城だし、勇者の育成には関係ないから、口は出せない。

 

「あそこが、モカ様の部屋?」

「そうだ! 贅を凝らしたわが玉座。シズクもきっと気に入るぞ?」


 クックック、と魔王らしくモカ様が笑う。可愛い。

 扉の前に立つと、セバスがスイッとドアを通り抜けて出てきて、開いてくれた。自動じゃないのか。

 センサー機能が武器にあるんだから、この扉も魔王城入口の扉も自動にできそうな気がする。いや、でもそれだと誰かが部屋の前に来る度に、入る気がなくてもパカパカ開いてしまうか。

 あんまり玉座の間の扉が「らっしゃぁせぇ~」って感じでパカパカ開くのは良くないな。


「どうぞ、魔王様」 

「うむ、ご苦労」


 扉を開いてお辞儀をするセバスに声を掛け、モカ様は揚々と進んでいく。それを追いかける形で、私は玉座の間へと足を踏み入れた。


「おお……」

 

 普通に、とか言ってしまった。

 扉の先には、大きな空間が広がっていた。入った扉の向かい側にも同じような扉がある。……なるほど、城の構造的に、あれはもう一棟側から玉座の間に入る扉だ。こちらの扉と、あちらの扉、両方からT字に玉座へと真っ赤な絨毯が続いている。それを左右から守るようにパルテノン神殿のような太くて頑丈そうな柱が立ち並ぶ。

 玉座を中心に明るいので、これならどちらの棟から入っても、あそこに魔王が座っていると勇者にもよく分かりそうだ。

 少しずつ玉座へ近づいていくが、そこでようやく私は違和感に気付く。

 ――廊下よりも天井が高い。高いというよりは、天上がない? 天井があるはずの場所には星空のようなものが広がっており、柱の上部もそこに吸い込まれる様な形になっている。


(……どうなってるんだろ、これ?)


 廊下の天井も高いなと思ったけれど、その二倍からあるように見える。ただ、天上が暗いからだけなのだろうか。

 そう考えている間に、嫌でも玉座が目につく位置まで近付く。

 フロアの中でも数段高い場所、光の中心にある玉座は……普通に王様が座っていそうな椅子だった。背もたれと座面は赤く、ふっくらと膨らんでおり、中に綿か何かが入っているのだろうと分かる。モカ様の座高よりも確実に高い背もたれ。背もたれの真ん中の天辺には一際大きな赤い宝石が、こちらをキラキラと見下ろすように光る。その周りには意匠を凝らした金細工と、バランスよく大小さまざまな宝石が散りばめられている。それから、背もたれの角と肘掛けにも左右に二つずつ大きな宝石。無数の骸骨とかそういう怖い細工は付いていない。モカ様ならやりかねないと思っていたので、肩透かしを食らった気分だ。またその玉座の横には、テーブルに置かれた大きな玉がある。プロジェクターの代わりになると言っていた宝玉だろう。

 だが、普通の玉座にはなさそうなものがサイドについている。


「あれは……?」

「そう、あれこそが!! 我の玉座だ!」


 うん、見れば分かるよ? あれが玉座じゃなかったら何が玉座?

 どんこ婆の時も思ったけど、見て分かることを得意げに語るのが好きだな。 


「いや、あのイスの横についてるレバー、なに?」

「!! 流石シズク! よくぞ気付いてくれた!!」

 

 モカ様はぱぁっと顔を明るくすると、もうあと数十歩程度まで近付いていた玉座へと走りだす。


(ああ、そんなに元気よく走ると転ぶ!! 階段に気を付けて、モカ様!)


 ハラハラとそれを見守る。いや、まあびっくりするほど年上なんだけど、ついそんな気持ちになってしまう。

 私が投げたボールを追いかけたのはいいが、勢いが良すぎて追いついた瞬間に体がそのボールにぶつかって空を飛んだモカを思い出したのだ。もうちょっと小さいボールを投げてやればよかったんだなあ。でもあんなに吹っ飛ぶとは思っていなかった。あの瞬間、モカは確かに空を飛んでいた。着地はとんでもないことになったが。

 モカ様は、玉座へと慣れた様子で座ると、右側のレバーの一本をくっと引き上げた。


 すると――なんということでしょう。

 モカ様の上体がゆっくりと後ろへ下がって行くではありませんか。


「どうだシズク!! リクライニング機能だ!!」


 ゴスロリスカートの中のパニエのせいもあって、階段下からは、もはやモカ様の下半身しか見えないが、得意げな顔でそう言っているのだろうというのは大体予想がついた。

 白牡丹再び。中は見えていないので倫理的にもOKだろう。


「あと、この肘掛けにはボタンが付いていてな! ここの蓋を開けて、中のボタンを押すとセバスがやってくる!」


 宣言通りふたを開けて「ぽちっとな」とボタンを押すモカ様。

 すると、セバスは確かにすぐさま現れて、「お呼びですか、魔王様」と階段下の私の隣で魔王様へ呼び掛ける。びっくりした。


「うむ、すまないが特に用はない! シズクにこの玉座の素晴らしさを見せつけているのだ!」

「左様でございますか」


 微笑みを絶やさず、セバスはモカ様下半身にそう答える。


「どうだ! いいだろう!」

「うん、そうだね」


 私は正直玉座の仕掛けには微塵みじんも興味はないけれど、モカ様が凄く楽しそうだし可愛いからなんでもいいや。

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