第6話 私の事情 1
セバスは、来訪者があればこの場所へ移動するらしい。
普段はモカ様の部屋にいるとのことで、幽霊らしくふわっと消えて移動した。
「は~、セバスさんみたいな執事私も欲しい。いい声だし」
「セバスはやらんぞ? セバスは世界執事選手権一位を10年連続で獲り、殿堂入りとなった名執事なのだ。死んだ時に連れてきて、魂だけをここへ留まらせた」
世界執事選手権ってなに?
この世界には、そんなオトメ心をくすぐる選手権があるの? すごく見てみたいんだけど?
「ふん、魔王様には有能な執事が必要だが、お前のような小娘に執事は必要ないだろうが」
「まあ、そうだけどさあ」
カダの言うことは悔しいがその通りで、一介の女子高生に執事は必要ない。でも、憧れる気持ちは自由だろう。
エントランスの奥にあるドアを開こうとすると、その手をモカ様が止めた。
何か思う所があるような顔をして私の横に立ち、見上げてきた。
「……? どうしたの、モカ様」
「なあ、シズク。城の欠点を次々に言い当ててくれるのは嬉しいし、もちろん我が城にずっといてくれればよいのだが、帰る場所は本当にないのか? お前はファミリーネームを持っているし、とても仕立ての良い服を着ている。良い家の出なのだろう。まあ、あのような場所にいたのだから、事情があるのだとは思うが……。言いたくない気持ちは分かるが、我は、聞いておきたいことは聞く主義なのだ。魔王だからな」
えっ、嘘……モカ様本当に優しい。涙が出そうになる。
「あ、あ~……ん~……、この世界にはない、かなあ?」
「この世界にはない、とは? ――まさか、シズク……お前異世界からの来訪者か? だから、そのような服装なのか?」
「!! 他にも、私みたいな人がいるの?!」
いるかもしれないとは思っていた。この世界だってきっと広いだろうから。
私のこの異世界への転生が手違いだったとすれば、きっと本当に来るべきだった人が来ているはずだと。
カダと目配せし合ったモカ様は、頷いて私に話してくれた。
「いる……というのは正しくないな。正確には、いた」
「……いた?」
「先々代の魔王、ゲルダ様。そのゲルダ様の妻だった方が、異世界人だったと聞く」
「その人は今は……?」
カダが、首を横に振る。
「ゲルダ様より何百年も前に死んでいる。人間の寿命は、我々よりも短すぎるのだ」
私は、はたと気づく。
ならば、モカ様は――。
「モカ様は、魔王と異世界人のクォーターなの?」
「そういうことになるな。まあ、我が生まれた時にはもう祖父も死んでいたが」
モカ様があっさりと答える。
思わぬモカ様との共通点に、少しだけテンションが上がった。
「そっか、そうなんだ……」
「祖母の名はハナエと言ったか。父に訊いたことがあるが、裁縫が得意で、にこにことよく笑う朗らかな人間だったらしい」
「……寿命で、死んだんだよね?」
「ああ、そう聞いているが」
「そっか。なら、良かった」
私のその答えに、モカ様は訝しげな顔をする。
「良かった……? 元の世界に戻れないかもしれないのだぞ? いいのか?」
モカ様のその問いは、私の心を揺らすことはなかった。
――私は、元の世界に戻りたいとは思っていないから。
友達はいた。けれど、祖父は私が生まれる前、両親は私が五歳の時、モカと祖母は三年前に亡くなった。家族はもういなかった。
周りの人は、みんなすごくよくしてくれていたし、祖母は大学を出るまでだけではなく、それ以降もある程度なんとかなるお金を、ちゃんと残してくれていたし、不満があったわけではない。
けれど、限りなく一人に近い感覚を何年も持ち続けてきた。
あの子を助けた時、迫るトラックを見ながら、私はほっとしていた。
ああ、これで終わるんだな。……終わればいいなと、ぼんやり考えていたのを覚えている。トラックの運転手に対しては、申し訳ない気持ちでいっぱいだったが。
だから、この世界に来た時目を開いて最初に感じたのは、絶望だった。
世界が違っても、生きなければならないのか、死んでも終われないのかという絶望。
私は、あっちの世界で少しばかり投げやりに生きてきていた。
死にたいとは思っていなかったが、積極的に生きる理由ももちろんなかった。毎日が、うっすらとした膜越しに見える様なぼやけた感覚の中で生きていた。
私が友人に楽天的に映っていたのだとしたら、それはポジティブとは全く別の感情からだったのだろう。
でも、どうやらこの世界は私の事を知らず、私もこの世界の事を知らず、今度こそ本当に一人になって。
友人たちには申し訳ないが、清清した。
なにもない自分が、こんなにも身軽だったとは、思わなかったのだ。
――でも、モカ様と出会ってしまった。
また煩わしい人間関係が始まるとは、不思議と思わなかった。モカ様に出会う為にこの世界へ来たのだと、思えてしまった。
モカ様は、私には他の人と違って眩しく輝いているように見える。彼女の為なら、死んでもいいと思える。
それが、カリスマという名の何か特別なオーラだとしたら、そのカリスマ性に抗える者なんて、いないんじゃないだろうか。
「うん、いいの。だってモカ様のお婆様だって、帰れなかったんじゃなく、帰ることを選ばなかったのかもしれないでしょう?」
多分、この予想はあながち外れてもいないだろう。
この世界でモカ様のお爺様と出逢い恋をして、結婚して子供を産んで。
この世界に出来た家族を置いて元の世界に戻りたいとは、思わなかったのではないだろうか。
「……そうか。祖父はずっと、祖母を元の世界に戻してやる為に、異世界への移動方法を研究していたそうだ。地下にある大図書館には、その研究書が残っているのだが……」
私は首を振って、その研究書が必要ないことを示す。
「あはは、いいんだよ」
「我も、少しだけ読んだことがある。だが我は計算が苦手でな。難しい計算式が並んでいたから、そのまま放置してあるのだ。もう帰る人間もいなかったし、読み解く必要性も感じなかったから」
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