第38話 ハイテンションラブリー

「あ、マルオ師匠から授かった先ほどの付与スキルですね?」

 

 敷き布団を出したところで、その手を止めて私と向き合う。 


「うん、そう」

「それに関しては、私達もまだ使ったことがないので、感覚なんですけど。相対した者と戦うべきかそうでないか、という見極めが可能であるという感じでしょうか」

「その相手と戦うタイミングが分かるってこと?」

「タイミングと言われると、なんだか少し違う気がしますけど、まあ概ねそうかと」

「ふむ……?」


 確かに今戦うべきなのかそうでないか分かれば、もし自分が戦う必要のない敵とぶつかったとしても、逃げに徹することができる。

 生存率は飛躍的に上がるだろう。

 スキルとしてはとても便利だ。


「それって、相手が敵か味方かどうかも分かるの?」

「なんでそんなことを……? あー、この宿の魔物たちは、悪い魔物じゃないですもんね。敵じゃない魔物はどうなるのかってことですね? その辺りは、ちょっと魔物と逢ってみないと分からないですけど……」


 悪いもなにも、君たちが倒すべき、敵の親玉まおうがやってる宿だよ。人間側の理屈でいくと、悪い魔物達の筆頭だよ。

 私は単純に、どこまで分かるのかが知りたいのだ。敵意がないどころか、好意的な感情さえ持っているモカ様が、やっぱり敵認定されるのかどうか。

 それは彼らの感情に左右されるのかどうか。

 人間である私に敵意があっても、敵とみなされるのだろうか。


「話は聞かせてもらったぁ!!」

「「「!?」」」


 今度は誰!? キバヤ〇!?


「クックック、我だ」

「も、モモちゃん!!」


(モカ様ー!!)


 今、このタイミングで出て来るか、普通!?


「今は幻影魔術は掛けていない。これが我の真の姿だ」


 真の姿といっても、角が増えただけで可愛いままだが。

 そういえばモカ様って魔王だし、第二形態とか第三形態とかあるのだろうか。

 可愛くなくなるのは嫌だな。第二形態はちょっと角が大きくなるとか爪が13kmまで長くなるとかその程度でお願いしたい。


「あっ、モモさん。折角色々と気遣っていただいたのに、食事中にそっけない態度を取っていてすみませんでした。本当に……」

「いや、我も姿を偽るなどといった無礼な事を致しました。その方が恐がらせずに済むかと思いましたので」

「いえいえ、そんな」

「いえいえ、こちらこそ」


 お互いにぺこぺこと頭を下げ、謝るモカ様とナエ。

 すごく礼儀正しい。


「僕はね、ここの魔物はいい魔物だと思うから、僕らの為に人間として振る舞ってくれてるんだって、疑うなんて失礼だって言ってたんですけど、ナエがどうしてもきかなくて……」

「でも、ソラ様は逆に警戒心がなさすぎると思いますが」


 ソラが少し前にモカ様に言おうとしていたことは、『疑っていました』だったのかなと、気付いた。


(確かにナエの言うとおりもっと警戒した方がいいよ。今目の前にいるの魔王だよ)


 二人とも気付かないのだからどうしようもないし、逆に気付いたところでどうしようもないことだが。


「で、なにやら新しいスキルを手に入れたと聴こえたのですが? 魔物と対峙してみたいと」

「あっ、そうなんです。『見極めの極意』っていうのなんですけど」

「それ、今使ってみては? 我は魔物ですし」

「!?」


(えっ、モカ様!? えっ!?)


「そうすれば、どんなスキルなのか分かるでしょう?」


 モカ様はどういうつもりなのだろうか。

 もしその『見極めの極意』とやらが、敵かどうかということも分かるものだとしたら……、いやそれよりもっと最悪なのは、もしモカ様が魔王だとバレたら――。


「ちょっ、も、モモちゃん、それは――」

「うーん、そうですね。ではお言葉に甘えて。『見極めの極意』発動アクティベート!」


 止める間もなく、そのナエの声で青白い障壁のようなものが展開して、私達を取り囲む。

 その空間の中で、一瞬体の表面を撫でられたような感覚がして、ゾワリと鳥肌が立った。 

 だがその障壁らしきものは一瞬で消えて、ナエは微笑んだ。


「うん、やっぱりモモさんは、今戦うべき敵ではありませんね」

「そうですか」


 ナエは、その一言だけ告げた。少し引っかかる言い方だったが、特に何かに怯える様子はない。少し強張った気がするが、目の前にいるのが魔王だと分かっていたなら、この程度では済まない筈だ。

 つまりモカ様が魔王様であるということまでは、『見極めの極意』とやらで分かりはしなかったということだ。

 肝が冷えた。

 本当にひえっひえだよ!! モカ様には、後で説教だ!!


「でも、うーん……。流れ込んできた情報を見る限り、敵ではないという証明にはなりませんでしたね」


 確かに、今戦うべき敵ではないと彼女は言った。


「それって、いつかはモモさんと戦うことになるってこと……?」


 ソラが、ナエにそう訊ねる。ナエは難しい顔をしている。


「必要性があるかどうかまではちょっと……。単純に敵であること、戦っても勝てないってことが分かる仕様みたいなんです」


 先ほど『見極めの極意』を発動アクティベートした時、ナエの頭の中には文章が流れ込んで来たらしい。

 宿にあったメモとペンで、ナエはその文章を書き写してくれた。

 が、私にはさっぱり読めないので、モカ様に何と書いてあるのか教えて貰った。


(やっぱり、ある程度は識字できるようになりたいな)


 ――

 敵性反応 アリ

 現在の敵意 ナシ

 現在の戦闘勝率 0.0000000000000......%

 言語 理解


 戦闘回避推奨率 100%

 ――


「どうやら、モモさんは敵という扱いで、今は敵意がなく、戦うとなると勝てる見込みは全くないという感じの情報ですね」

「まあ、我は強いので」


 胸を反らして鼻高々なモカ様。そりゃそうだろ。


「んー、敵性反応、敵意、勝率、逃走推奨率なんかは分かるとして、この言語の欄ってなんの為にあるのかな?」

「言葉が通じなければ、逃げるっていう選択肢しかないだろうけど、言葉が通じるなら、上手く交渉できれば、逃げなくても戦いを回避できるかもしれないからじゃないかな」


 ソラの疑問に私が思ったことを口に出すと、みな「ああ、なるほど」と頷いた。


「ふむ、しかし敵意はナシなのに、敵性反応がアリになっているのはなんだか悲しいですね」

「すみません、私も頭に流れ込んできた情報をそのまま書いただけなので……」

「いえ、魔法使いさんが悪いわけではないですから」


 敵意に関しては、変動するだろう。

 だが、モカ様に関しては、どうあがいても100%敵だからどうしようもない気がする。勇者たちが倒すべき宿敵だから、それが変わることは天地が入れ替わってもないだろう。

 つまり、一時的な敵対心のあるなしは敵性に関係ないということか。

 ん? じゃあ悪くないスライムは一体どういう扱いになるのかな? 勇者側に寝返る魔物とかは?

 手ごろな悪くないスライムがその辺りにいればいいのに。


「うーん、もう少し検証してみましょう」

「えっ」


 近くに手ごろな悪くないスライムがいるのだろうか。


「どんこ婆! ちょっと来てくれ」

「はいはい~、なにきの?」

「「!?」」


 モカ様の呼び掛けに答えながら、床からにゅっと生えてくるどんこ婆。


(なんでその特技見せちゃうの!?)


 あまりに普通に出てき過ぎて恐いわ!! 襖の向こうから入ってこい!

 魔王の次は六魔天将。なぜこんな強者ツワモノばかりを……。


「どんこ婆にも、それを使ってみてください」

「え、あ、はい……わ、分かりました」


 ナエは、おどおどとどんこ婆に近付く。

 そりゃ驚くしちょっと怖いだろう。私も初めて見た時ちょっと引いたし。


「『見極めの極意』発動アクティベート!」


 先ほどと同じように、部屋に障壁のようなものが展開して、すぐに消える。


「ええと……こちらの、どんこ婆? さんはこんな感じですね」


 ――

 敵性反応 アリ

 現在の敵意 ナシ

 現在の戦闘勝率 0.0000000000000.....2%

 言語 理解


 戦闘回避推奨率 100%

 

 ――


「モモさんよりはほんのちょっとだけ勝てる確率がある感じですかね?」

「もしかしたら、勝てるかもしれないのか……」


 この確率で勝てたら奇跡だろ。

 勇者は奇跡を起こすとはいえ、流石にこの確率が示すのは絶望だけだ。


「なるほど、なるほど」


 モカ様は楽しそうに頷いている。

 なるほどって、一体何が分かったというのか。

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