第37話 『見極めの極意』

「私が魔族の仲間だとかいう疑いは晴れたと思うんだけど、ソラ君の特殊スキルって結局なんなの? ナエちゃんみたいに、凄いものなんだよね?」

 

 勇者なのだから、きっとナエよりもすごい反則チート級のスキルだろう。

 泣いていた二人は、ぴたりとその泣き声を止めた。


「……そういえば私も知りませんね。ソラ様、話してくれなかったので」

「えっ」


 ナエは、不思議そうに隣にいるソラを見た。


(仲間なのに、知らない?)


 良く考えれば、それは不思議ではないか。

 まだこの二人だって今日出会ったばっかりで、これから追々話していくつもりだったのかもしれない。

 だが、ソラの顔は、こころなしか少し曇っているように見えた。


「この際ですから教えて下さいよ、ソラ様」

「あ、もし私には言いたくないっていうなら、席を外そうか?」

 

 少し気を使ってみた。

 別に私がいなくてもいいのだ、この部屋の映像と声はキャメラが捉えている。


「いや、別に……大したスキルじゃないから言わなかっただけで」

「またまた~。謙遜ですよね?」

「……」


 押し黙ったソラ。

 そのただ事ではない様子に、悪いことを言ったような気持ちになる私。

 無垢な瞳でソラを見つめるナエ。

 その沈黙に、ソラは耐えられなくなったのか口を開いた。


「……――れない」

「え?」

「性別種族を問わず、嫌われないスキルだよ。僕のスキル名は『セルンディーヌの愛嬌』。僕は誰にも不快に思われることがないらしい。僕が多少不躾な、それこそ王様にタメ口を訊いたって、王様は怒らない。そんなこと、怖くてできないから証明しようもないけどさ」

「え? でも私、さっきソラ様に怒ってましたし、別に今ソラ様の事好きでもなんでもないですけど?」


 もうちょっとオブラートに包むか、黙ってたらよかったんじゃないか、その情報は。これから冒険する仲間なんだよね。

 ナエにそう言われたソラは、首を振る。


「いや、ナエには効かない。好きでもなんでもないって言われてちょっと傷ついたけど、パーティメンバーは、女神の加護が僕のスキルを遮断するから」

「あ、そうだったんですね。安心しました」


 えっ、じゃあソラは、ハーレムパーティを作ることはできないってこと!?

 非ハーレム系勇者? あ、でもパーティ以外の人間になら、その『セルンディーヌの愛嬌』とやらは、効くのだから、作ろうと思えば作れるのか?


「でも、この能力は嫌われないスキルであって好かれるスキルじゃないんだよ。嫌われないっていうのは、確かに大事なことだ。家の中で壺割ったりタンス漁ったり、住人の服を貰ったり宝箱を開けても誰も怒らないから、捕まることはない。どうやら、相手が僕だったのなら『まあいいか。勇者だし』ってなる能力チカラらしい」


 ああ~、確かに。普通ならただの泥棒だし住人が怒って勇者をボコボコにしてもおかしくない。

 つまりこの『セルンディーヌの愛嬌』というスキルは、アイテムを奪った人から恨まれないスキルなのだろう。


「被害届を出されても僕だと分かればすぐに取り下げられるし、刑事事件や裁判になったことも、民事で訴えられたこともない。それはきっと、このスキルのおかげなんだ。昔、イハテ村の中で数軒やったんだけど、その後の罪悪感が酷過ぎてそれ以降はやってない」


 刑事や民事裁判の心配する勇者、嫌だな。

 数軒やったんだけど、という言い方もとても気分のいいものではない。


「でもそれだけだ。彼らは、僕の見てくれを愛しはするけれど、中身を好きだとは思ってないだろう。僕だって……僕だって好かれる能力ならまださあ!!」


(うわっ、勇者の能力、微妙すぎ……?)


 微妙だが、反則チートでないとも言いきれない、本当に絶妙に微妙なスキルだ。家の中漁り放題は本来反則だろう。

 だがまあ、反省して数軒やって以降はやっていないということだし、もう勇者が人の物を盗むことはないのだろう。

 自分で気付けて、偉い勇者だ。


 しかしなんだろう、このナルシスト感の入った言い草。

『見てくれを愛しはするけど』って、自分がかっこいいと思っていないと使わないだろう。まあ、確かに好みではないだけで、整った見た目であることは認めるけれども。

 

「僕だってもっとかっこ良くて勇者らしい、それこそナエの持ってる『ぺネトロの瞳』みたいなスキルが欲しかったよ! 光る眼が真の姿を暴くなんて、それこそ勇者っぽいクールなスキルの筆頭じゃん!! 冒険者が欲しい憧れスキルベスト3には入るよね! 僕も発動アクティベートして、『君の正体は見破った!!』とか決めゼリフ言ってみたいよ!! 僕なんか、住人に家探やさがしを見つかった時に言った言葉は、『あ、ぼく勇者なんで』だよ!!」

「『君の正体は見破った』なんて、私は言ったことないですけど。ちょっとダサいし」


 あ、ナエ今はそういうツッコミ入れるのはやめてあげて。

 私も必死で色々口に出すのは堪えているのに。


「僕の加護を授けてくれてるセルンディーヌ様は美と戦の女神。なんで戦の方のスキルじゃなくて、美の方寄りのスキルなわけ!? 僕は最終的に魔王と戦うんだよ!? 防御だったら『炎乱えんらん防壁ぼうへき』とかさ! 攻撃用だったら、『竜穿りゅううが剣誓けんせい』とか、なんかこう冒険者が普通に覚えられるスキルの上位版とかでいいじゃん!」


 これ、この世界の実在するスキルの名前なんだよね?


「王道で良かったんだよ、王道で!! そういう戦闘特化のスキルの方が絶対いいに決まってるのに、なんで!?」


 まあ確かに。

 このスキルの微妙さには、文句も言いたくなるだろう。


「そういうのだったら、もしかしたら村の前にいたドラゴンキングにだって勝てたかもしれないのに!! ドラゴンキングがいなくなったから村から出られたけど、ほんとは負けても進行するはずが、バグって進行不能ループにハマったのかなってずっと思ってたわ!『今日は昨日だっけ? それとも明日?』ってもう、僕自身がおかしくなりそうだったよ! 毎日毎日、村の外に出ては死にまくるんだからさあ!!」


 やっぱり、ソラもそう思ってたんだ。

 そこで、ナエが何かに気付いた。


「あれ、でもソラ様ちゃんとイハテ村から私のいるトーナ村に到着しましたよね、今日」

「なんか知らないけど、今日ドラゴンキングがどっかいったんだよ。だからその隙に村から出たんだ」 


 ルドルフはモカ様が呼び出したからね。

 少し渋い顔をして、ナエが首を傾げた。


「じゃあソラ様は、ドラゴンキングに勝ってトーナ村に来たわけではなかったのですか?」

「そうだよ……」

「えっ、しょぼ」

「「!?」」


 しょぼ!?

 今ナエ、しょぼいって言った?

 ナエは大きなため息を一つ吐いた。


「なんだ~、敬語とか使って損した!! ドラゴンキングを倒すような勇者だったら、粗相があったら私も縊り殺されるかもしれないと思ったから、失礼のないようにしてたのに」


 『ロメロスペシャル』からの流れる様な膝の皿粉砕は失礼じゃなかったのかな?

 というか、おや? ナエの様子が……。

 不審に思ったソラが、ナエに訊ねる。


「も、もしかして猫被ってたのか?」


 それに対して、ナエはしれっと答える。


「だって、怖かったし。最初の村でドラゴンキングを倒すような勇者、どんな筋骨隆々の人が来るのかと思ってたら、案外優男で少し安心したけど。でも、この見た目で、ドラゴンキングを倒したんだって考えたら、逆にヤバさが増したっていうか。普通のパーティメンバー感覚でいったらまずいかなと思ってて」

「そ、そんな……ナエの敬語好きだったのに」


 本音暴露大会やめろ。

 勇者は、違う意味で疲弊しており、ナエはなにかスッキリしたような顔をしていた。


「な、ナエはもう、僕に一生敬語を使ってくれないのか?」

「まあ、勇者だっていうのは間違いないし、そんなに私の敬語をお望みなら、使ってあげてもいいよ? ここで、土下座して『ナエ様、どうかこの卑賤ひせん矮小わいしょうなわたくしに敬語をお使いください』と、懇願してくれれば」


 悪魔の微笑み。金髪美女の妖艶な微笑みには、女の私でもぐっとくるものがある。


「ナエ様! どうかこの卑賤で矮小でクソゴミ虫以下なわたくしに敬語をお使いください!!」


 彼は秒で土下座をかました。

 早いし、自分を卑下する言葉がなんか増えてる。

 勇者を土下座させる魔法使いと、それをやっちゃう勇者とか。


「仕方ありませんねぇ。ソラ様がそこまでおっしゃるのでしたら、使ってさしあげることにしましょうか」

「ありがとうございます!!」


 敬意は全くないけど、それでいいんだね。


「シズクさんのおかげで、パーティの仲が深まりました! ありがとうございます」


 先ほどの悪魔の微笑みとは対照的な、天使のような微笑みを湛え、私に向かって礼を言うナエ。切り替えの早さに定評のある魔法使い。


「あ、うん」

「では、私たちはそろそろ寝ますね。先ほど食堂では、いきなり現れた勇者一行を歓待して下さった優しい魔物のみなさんの気持ちにも気づかず、無礼を働いたことを謝ります。モモさんに、そうお伝えください」


 ナエ達は幻影魔法を掛けて人間に見せかけた魔物たちが、いつ自分たちを襲うのかと気が気ではなかっただろう。相手は魔物なのだ。注意して然るべきだ。

 食事中モカ様の問いかけにもあまり答えなかったのも、そのせいだったのだ。

 魔物が経営している温泉だと知らない勇者たちへの気遣いが、裏目に出てしまったけれど、事情を知らずに飛び込んできた勇者たちには、そうするしかなかった。

 それでも、毒が入っているかもしれないのにご飯はもりもり食べていたし、お腹が減っていたのだろうか。

 でもまあ、ともかく誤解が解けたようでなにより。

 一件落着だなと、ほっと胸をなでおろす。


「うん、じゃあ私も自分の部屋にかえ――」


 ったらだめだ。

 危ない危ない。


「あ、待って待って。もう一つ訊きたいんだけど」

「はい?」


 押入れから布団を出し、寝る用意を始める勇者たち。


「さっき手に入れた『見極めの極意』って、一体何?」

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