第36話 説教をされる側の勇者
「君の紹介者、
おじさん、激おこである。
「で、でも魔物は、その、私達を襲ってて……」
まだ引かないナエ。
おじさんは眉間を指でにじにじと揉んでいる。
「――君、ここの魔物に襲われたの?」
「え……?」
「外じゃなくて、この宿にいる魔物に襲われたのかって聞いてるの」
「あの、……この宿の中では、襲われていません」
「それどころか、服も貰って、ご飯も食べさせてもらいました」
ソラはどちらの味方なのか、ナエの答えに更にそう付け加える。
「そうでしょう。僕はね、お風呂が大好きだから、危険な温泉に入りに行くこともある。今にも噴火しそうな火山の傍とか山の奥とか、すごい断崖絶壁の上にあったりとか、命がけな場所もある訳。そういう手つかずの場所で襲ってくる魔物は、ここの魔物とは全く違うって分かる。怯えて、余裕のない
「……」
「それに比べてこのマオジョバスにいる魔物たちは、なんていうかさ、割とおっとりしてるわけ。敵意を全く感じないし、きっと本当に僕ら人間に敵意なんてものを持ってないんだよ。なのに僕ら人間がさ。武器を携帯してちゃ、元々敵意のないここの魔物達だって、怖がって僕らに襲い掛かってくるかもしれないじゃない。だから人間側でルールを付け足したんだ『マオジョバスに、武器は持ち込まない』ってね」
「はい……」
「武器って言うのは自分を守るために持つ物じゃない。でも、こんな宿の中で振り回すなんて、どんな神経してるの? そういう誰も彼も敵に回す様な姿勢って、どうかと思うよ、僕は」
「すみません」
おじさんの説教始まっちゃった。
小さくなって、二人はいつの間にか正座している。
「見極めが大事なんだよ。見極めが。まあ君達も、まだ若いし? そういう人や魔物を見る目みたいなものが、まだ発達してないと思うんだ。まだまだこれからだよ、これから見る目を養っていこう。うん」
「はい……」
「おじさんもさ、今39歳でね。実はあと一カ月もすると40な訳。でもまだね、全然人生これからだーって日々を生きてる実感もあるしさ。そういう気持ちが大切だなって気付いてる訳よ。まだまだ君達のような若者にもね、『負けないぞー!』っていう気持ちでね。あ、そういえば君達何歳?」
「あ、16歳です」
「16歳! 二倍にしても32! あ~、若いね~! 若い! 僕の半分以下じゃない! おじさんびっくりしたのすけだわ」
「したのすけ……」
びっくりしたのすけって。
「君達は若いからそんなに尖ってるんだろうけど、生き急いじゃだめだ。さっきも言ったけど、四方八方に敵を作るような生き方じゃ、いつ誰に恨みを買って、危害を加えられるか分からないよ?」
ある意味で、この小太りおじさんの言っていることは真理かもしれない。
人には尖らないといけない部分もあるだろうけど、いつも尖っていては、それはいつかこちらに返ってくるだろう。
「人の顔にも魔物の顔にも、それこそ自然にもね、それまでの生き様や流れみたいなのが見える。僕はね、それをしっかり見極めれば、何事にも最善手が見えてくると思ってる。君達も、これから人や魔物の顔をね、よぉく見るんだ。意思がある分自然なんかよりずっと読みやすいからね。そうすれば、分かることも増える。君たちが気付くことが増えれば、一気に世界は広がるはずだ」
「はい」
「君達の顔は、素直でとてもいいね。すごくいい。これからもそのまま、真っ直ぐ生きていってほしい。僕は実は昔すごくヤンチャしてたことがあってね、その時に出会ったのが今はもう引退した親方だったんだ」
まだ続くのか……。
長い。ほんと長い。どこまで続ける気なの。
ソラとナエは、神妙にその話を聞いている。人を殴って説教する側なら割と見るけど、される側の勇者ってなかなか見ないな。
いつ終わるんだろうか、これは。
私が止めるしかないだろうか。
「あの、その辺……で?」
声を掛けようとした瞬間、ソラとナエの体が急に光り輝いて、天上からラッパの音が聴こえた。
『――ソラとナエは、『見極めの極意』を手に入れた』
(え、この名前も知らないおじさんの説教で!?)
私はその瞬間、魔王側でなく勇者側の女神とやらも色々割と適当なのかもしれないと思った。
◇ ◇ ◇
「ありがとうございました、師匠」
「お話、為になりました、師匠」
「ぼ、僕が師匠……? ふ、照れるぜ」
光ったあとも何事もなかったかのように説教が続き、二人は神妙に聞いていた。
やっとおじさんの話が終わり、彼らはそう口々に小太りのおじさんにお礼を言い、おじさんは鼻の下をこすりながら照れた。
おじさんの、まんざらじゃない感じなんなの。微妙に腹が立った。
あと、すごく眠い。
このおじさんは体感で一時間くらいは喋り倒していた。途中ちょっと寝ていたから、もっと長かったかもしれない。
「分かってもらえたらいいんだ。僕は自分の部屋に帰るよ」
「あ、ま、待って下さい師匠! せめてお名前だけでも!!」
「名乗るほどの者じゃねぇよ……」
「……そんな」
しょんぼりと肩を落とす二人に、小太りおじさんは襖に手を掛け、振り向かずにぼそりと言った
「……マルオ。俺はマルオだ。木材の街エッケンバーに住んでる。お前たちと、また再会できるのを楽しみにしてるからよ」
「!! マルオ師匠!」
襖を開き、やっと部屋から出て行った小太りお――、マルオ。
なんか最後の方口調変わったのなんで? 最初の方は僕、君たちって言ってたのに、最後はなんか俺、お前たちに変わったし。
「僕ら、絶対にエッケンバーに行きますから!! そこで僕らの成長を見て下さい、マルオ師匠!! 師匠―――――ッ!!」
「師匠―――――ッ!」
しっかり閉じた襖に向かって、感極まった二人が泣きながらそう叫び、一連の茶番はやっと幕を閉じた。
他にもお客さんいるかもしれないから、うるさくするのやめて。
(成長を見せるって言っても、まず二人の今の力を見せてないよね。どうやって成長を感じるの? フィーリング?)
結局勇者たちは初めて逢ったおじさんから説教を受けて、『見極めの極意』とかいうなんだか凄そうな技を手に入れたようだ。
彼らはなぜか肩を落とし、師匠との別れを惜しんでいた。死んだわけでもないのに。てか、隣の部屋にいるよね。いつでも会いに行けるよね。なんなら今から行ってこいよ。
これは一体なんだったんだろう。
まあ助かったといえば助かったけどと、ぼんやり考えていたが、気付いて不意にぞっとした。
誰かの気配を感じたのではなく、誰かの意図を感じてしまったから。
(ナエちゃんの転移の失敗から、この『見極めの極意』取得まで、一連の流れが決まってた……なんてこと、ないよね)
私は頭を
――落ち着いて思い返してみる。
ソラとナエは、全裸で秘湯マオジョバス=魔王城に『
この時点で、ナエのMPは0。ほぼ確定で帰れないことが決まっている。
恐らく魔物=悪と思っているであろう彼らを、『ドキッ! 魔物だらけの魔王城~城外も危険がイッパイ~』の外に出さず元の場所に帰す為に取れる選択肢は、多くはない。
一泊、宿に泊まらせて自分たちの力で帰らせるか、誰かが魔力の補助をして帰すか、一緒にトーナ村まで連れて帰るか。
その決定権を持つのは、あの場にいたモカ様。
私が言わなければ、魔力を分ける、トーナ村まで送るという選択肢はモカ様の中に存在しなかった。
ならば、彼らはこの宿に一泊泊まることになる。大声を出し、隣人が部屋に怒鳴り込み、その隣人に『見極めの極意』なるスキルを伝授される。
だが、その辺りの流れについてはどうだろう。
私がいないと仮定した場合、彼らが興奮して部屋で大声を出す可能性は低いかもしれない。この部屋に一緒に飛んだモカ様も魔物だと、彼らは既に知っていたのだから、仲間を呼ばれる可能性が高いと考えるのが普通だ。見た目幼女であるモカ様を捕まえて大声を出す可能性は0ではないが、魔物に囲まれているこの事態を乗り切るためには、彼らは静かに村に帰った方が良かった筈だ。
冷静であったならば、まだレベルも全然上がっていない彼らは、リスクよりも安全を取るだろう。
恐らく魔物に交じって人がいたから、彼らは事の真偽を確かめるべく、声を荒げたのだろうから。
私がいなかったら、この流れは起きなかった可能性が高い気がする。
(……私込みの状況を、逆に利用された?)
考え過ぎだと思いたいが、六魔天将がただのバカではなかったという前例もあるし、本当の敵はこの二人ではなく戦を起こしたい神と考えれば、
私は、別にこの二人を侮ったわけではない。
が、侮りとかそういうのは関係なしに、誰が隣室にいた眼鏡を掛けた小太りのおじさんから、勇者一行が何か凄そうなスキルを得ると思うだろうか。
完全に想像の範囲外から突如やってきた、イレギュラーな事態だった。
ただ、どうしてこうなったのかを考えてはみたものの、彼らが『見極めの極意』を手に入れたことを、今更なかったことにはできない。私にはゼロから始められるような巻き戻し能力はないのだから。
それよりも目下の問題は――『見極めの極意』とは一体なんなのかということと、まだ聞けていない勇者の持つ特殊スキルがなんなのか。
私個人的には、勇者の特殊スキルに関しては、戦闘用のスキルではないのではないかと考えている。強敵を一撃で屠れるようなものなら、ドラゴンキングにこてんぱんにやられる必要はないし、防御特化でカチコチになれるようなものなら、攻撃を無視してそこを抜けられると思うから。
とにかく、関係のなかった筈の第三者の登場で、彼らの警戒はある程度、もしくは完全に解けたはずだ。
訊くなら今しかない。
――――――――――――――――――――――――――
『見極めの極意』伝授者 たまご肌小太りおじさん情報
名前 マルオ 39歳 人間 男
すごい温泉好きのおじさん。林業に従事している。脂肪の下は筋肉で隠れマッチョである。別の温泉で何度か出逢った温泉好きの同好の士から、秘湯マオジョバスを紹介される。風呂とは、己との語らいの場であると考えており、できるだけ一人で入るのを好む。うるさいのが苦手だが、自身は歌が好きでよく仕事中に歌っている。好きな泉質は硫黄泉、放射能泉。
お風呂での口癖は「んはぁあ~、効くぅ~!」
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