第33話 あれもこれもそれもこれも魔王城でゲット
キュルムの服を脱がそうと考えていた私を尻目に、キュルムは閃いたとばかりににんまりと笑うと、こっちこっち、と私の腕を引っ張って厨房へと入っていく。
厨房内を通り抜ける時、カダはまだちょっと変な顔で「こっちに入ってくるんじゃない、小娘が!!」と怒鳴っていたが、華麗にスルー。
その他の、人に見える魔物たちはちらりとこちらを見ては、作業に戻っていた。
キュルムに押し込まれた厨房の奥にある部屋は、パントリーだったらしい。肉や野菜など様々な食べ物や食器類などが雑然と積まれていた。
その片隅にひっそりと、それは忘れ去られているかのように埋もれていた。
キュルムは、その上に積まれた食材たちをやや乱暴に除けて、こちらを振り向く。
「ジャーン! 宝箱~♪」
これが、彼女の思いついたことか。キュルムが得意げに笑うのも合点がいった。
確かにこの状況を考えると、冴えていると言えなくもない。
「確かシズクって宝箱開けられるんでしょぉ? セバスチャンから、シズクは城の宝箱を
「うん、まあ……その筈だけど……」
ゴテゴテと煌びやかな装飾の付いた宝箱は、この中には魔王との最終決戦に耐え
その割には随分とぞんざいに扱われていたようだが。
「でも、勝手に開けたらまずいでしょ? だってこれ、勇者たちの為の物だし」
「開いちゃったらこっちのものよぉ☆ハルコズソード・改ⅢエボリューションブラックRXプラチナムver.だって、本当は勇者にあげる物だったんでしょ? でも、魔王様はシズクにくれたってぇ」
「それは、そうだけど……」
私は腰の剣をぎゅっと握る。
しかしそれは、城の主であるモカ様がそう決めたから通ることでは?
私が宝箱に触れるのを
「いいからいいから! 考えるのは後! 魔王様に戻せって言われたら戻せばいいのよぉ」
そんな中古品が入った宝箱、私なら嫌だ。
「もう魔王様が勇者たちをいつ連れて来てもおかしくない。それとも、あの紐を着る? アタシは別に、どっちでもいいのよぉ?」
あっ、紐って言った。
今、紐って言ったな?
キュルムもやっぱり服じゃなくて紐だと思ってるんだ。
「ひっ、紐は嫌」
「ならさっさと開けて、着替えちゃいなさいよぉ」
そして私は、そのキュルムの後押しと、紐も童貞を殺す服も嫌だという気持ちに負けて、その宝箱に手を出してしまったのだった。
――………。
「う~ん! カワイイ! シズクはやっぱり少しタイトな服が似合うわね! 手足が長くてバランスがいいもの。お風呂で見た時からそう思ってたのよね」
私は促されて着た服を、まじまじと見下ろす。
ほぼ黒い布でできたウェアに、黒曜のような色味のシンプルな肩当てと胸当て。その服は、宝箱から取り出した時には少し大きい気がしていたのに、今はぴったりと肌と一体化している。動きを阻害しないだけではなく、向上させるような心地さえある。
オリさんのなんとかRXと同じように、装着した人間に合うような機能があるのだろうか。
パンツも黒。パンツというよりは、レギンスに近いだろうか。足首までをしっかり包み込んでくれている。それも黒で、この世界基準で言うとなんとなく呪われそうな色味なのだが、こちらもまた吸い着くような履き心地だった。
なんというか、近未来的な特殊部隊のような格好になってしまった。あとは、退魔に――いや、なんでもない。
「お尻も小さいのね~」
「!!」
キュルムに後ろからそう指摘されて飛び上がる。
流石にこのまま外を歩くのは少し恥ずかしい。
(この上に着る何かこの箱の中に入ってないかな? あと靴。この服にローファーじゃ、なんかちぐはぐだし)
更に宝箱の中を漁ると、黒いアウターとベルト、そして黒いブーツが出てきた。宝箱の中で腕をグルグルと回してみたが、もう他には入っていなさそうだ。
そういえばこの世界に来て初めて宝箱を開けたが、宝箱の中は四次元(?)なのか黒いもやもやとしたものが見えるだけだった。
転移の時に見える景色と少し似ている。
その時点で得体の知れないそこに腕を突っ込むのは少し勇気がいったが、「ええい、ままよ!」と腕を突っ込むと服らしきものが手に触れたので、それを引っ張り出すと黒い上下の服だったのだ。
(どう見ても武器が入る訳がないサイズの宝箱から剣やら杖やら斧やら槍やらが出て来るのは、宝箱の中がこうなってるからなんだなあ)
妙に納得した。
取り出したアウターはロングコートのような作りで、しっかりとした細かな目の布地で出来ている。お尻周りまで隠れるようになっていたのが、本当に嬉しかった。
年季の入った真鍮のような、少し煤けた色の大き目のダブルボタンがアクセントになっていて可愛い。
少し暑い気候の魔界では、これ以上着ると暑いかも……と思ったが、着てみると意外に涼しかった。普通、目の詰まった布地は着ると暑いのに。
そして、ブーツも見た目は割と厳ついというか、敵の攻撃や衝撃に耐えられるようなごつごつした感じなのに、穿いてみると足に羽根が生えたような軽さだ。試しに歩いてみると、とてもしなやかで動きやすい。手に持った時からその重さが見た目と反しているとは思ったが、これほどまでとは。
全ての服やアイテムが、その見た目よりも数段軽い。
「あ~ん、そのアウター着ちゃうのぉ? ボディスーツみたいで良かったのにぃ」
「いや、ちょっとあのままの恰好は恥ずかしい」
あの上下だけではあまりにも体のラインが見え過ぎていたので、出歩くのは躊躇する。
「今シズクが着てるその服はねぇ、月の光を数百年浴びたアラクネの女王アリスの糸でできているのよぉ。他のアラクネの糸ならいざ知らず、アリスの紡ぐ糸はこの世界でも最高級品で、もちろん市場に出回ることはないわぁ。それを使って服を仕立てることは
剣の時と違ってすごいシンプルな名前。
テラ・ラクネさんナイス。オリハルコンの剣もこんな短い名前なら覚えられるのに。
「防御力と魔法防御力は当然現在世界にある防具でほぼ最高値の254。攻撃力155%UP、魔法攻撃力115%UP、運動能力145%UP、デバフは95%通さず、魔法詠唱キャンセル阻止機能搭載の優れものなのよぉ」
なにそれ恐い。
テラさん、魔王様を殺すために来る人間になんてものを作ってしまってるんだ。全然ナイスじゃなかった。
「最近の男子主人公色といえば赤や青よりも黒! そんなわけでとりあえず黒で発注してみたのがこの一着! でもいいわねぇ、女の子の黒も。モカ様も黒が似合うし、黒を求める主人公の気持ちも、分からなくはないわぁ。女も黒に染まれ」
一体何の話をしているのだろう? 主人公色?
「そして、なんといってもそのブーツ、どう?」
「え、どうって……なんというか、ブーツなのにすごく軽くて動きやすい、かな。なんというか、足に羽根が生えたような感じっていうか」
そらとぶくつってこんな感じかもしれないと思う。
そう言うとキュルムは「そう! そうなのよ、シズク!」と身を乗り出してくる。
「そのブーツを作ったのは、人間の
THE空舞竜!? そのネーミングどうなの!?
異世界だから大丈夫なの!?
「彼に、ルドルフの鱗とバンドウの羽根を預けて作ってもらったのがその靴よぉ! その狂気的とも思える出来栄えには、魔王様も舌を巻いたわぁ。やっぱり、人間ってすごい。人間、だぁいすき♡」
目を♡にしながら、キュルムはうっとりとしている。
素材はルドルフの鱗とバンドウの羽根って言った?
初めて逢った時に想像したあの二人の素材で、とんでもない防具が出来ていて、自分の勘の鋭さに
(私も欲しいなと思っていたあのルドルフの綺麗な鱗とバンドウの綺麗な羽根を、こんな真っ黒に染め上げちゃったの? あ、でも金色のブーツはちょっと勇者も履くのに戸惑うかもしれない。金色ってだけでスペシャルな防具感はあるし、足回りって派手でも割と気にならないけど。あと多分使ってるの一枚じゃないよね。何枚もルドルフとバンドウから引き千切ったの!? 二人から文句でなかったの!? 他にも言いたいことがたくさんあるんだけど、それって突っ込んでもいいところなの?)
そんな私の頭の中をよそに、キュルムはうんうんと満足げに頷いている。
こんな光景を、前にも見た気がした。
「この服装なら、この世界の人間として通るわよぉ」
「大分上級冒険者寄りだけどね」
多分、私の考えるこの世界の普通の人は、こんな防御力攻撃力諸々過多の服を着ることはないだろう。
「黒銀纏いし凛乙女 シズクって感じねぇ」
「やめて、二つ名とか着けようとするの」
「魔王様、そういうの好きだから喜んでもらえると思うわぁ」
「……言うんだったら、モカ様だけにしてね」
モカ様がそういうのが好きだというのなら、吝かではない。
なんにせよ、準備は整った。
これであの二人と逢っても大丈夫だろう。
私は、
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