第24話 人間
――でも、この話を聞いた後には、尚更思う。
人を襲いもしない、むしろ友好的でさえある魔王様が、勇者に殺されなければならない理由はなんなのか?
モカ様が魔王だからこそ、今の平和があるのだろうに。
「なんでモカ様は、勇者に殺されなきゃならないの?」
頭の中で考えていたつもりが、ポロリと口を衝いて出てしまった。
きっとこんなことを訊ねられても、彼女は困るだろう。
けれどキュルムは、微笑んで私に近付いてくる。
「人は、同じ種族同士でも、対立するでしょう? そしてそれを完全になくすことなんかできない。シズクは異世界人だけど、異世界にだって争い――戦争はあるでしょう? 隣人とだって
「……!!」
その言葉が、強烈に体中を駆け巡った。
一瞬、頭の中がショートしたように、バチリと弾ける。
恐らくその瞬間、私はとても――とてもなさけない、ぐしゃりと歪んだ顔をしていたと思う。ポーカーフェイスが、できなかった。
「それは……」
確かに、そうかもしれない。人は、自分と違うモノを嫌い、自分の信じるモノの為に戦い、排除することに対してとんでもなく冷酷になれる。
根っこにあるのは、個で。
個同士が全く同じになることなんて絶対にありえないのだから、争いがなくなるわけなんてないのだ。
同じ種族が世界を征服している世界でも、人種によって、宗教によって、国によって派閥が生まれ、考え方の違いによって対立しているのだから。
それらは、人の理性や事情によって辛うじて保たれている均衡で、何か強い力が加われば容易に崩壊する。
そして更に悪いことに、この世界には、人と魔物がいる。
この世界の人間も私と考え方がほぼ同じなら、人々は魔族を完全な別種として考えるだろう。
――その力の強さ、人から見た異形さ故に。
キュルムは、一つ溜息を吐いた。
「……魔物には人間と話せない子達も、魔物同士あっても意思の疎通が難しい子も多い。そういう子達ほど、人に怯えて襲ってしまうのよぉ。人が魔物を恐れているように、魔物も人を恐れている。それだって、十分種族間の火種になりうるわぁ。ただお互いに今は攻勢に出ていないだけ。魔物たちは、魔王様にそう厳命されているから。人間達は、魔物も魔王様も殺すべきだと思っているけど、力が足りないから。駆逐するだけが方法じゃないと思っているのは、こちらだけねぇ。どうやら人間達は、同族同士で国の取り合いをしてるのに、それだけじゃ足りないみたい。魔族の領土――、魔界も欲しいのよ、あいつらは」
そう言われると、返す言葉もない。
「でも、好戦的なアタシたち魔族に、表立った争いは今のところない。それはどうしてだと思う?」
「えっ……対話とか、信頼とか、絆……とか、があるからかな?」
やっぱり、種族同士の繋がりを大事にすることが大切なのかもしれない。それがきっと魔族間では、人より強いのだろう。きっと魔王様が、彼らの手を握っているのだ。
偉い人だって、大体そんなことを言っているし。私達は、手を取り合うべきだとか、憎しみの連鎖は止められるとかなんとか。
だが、その答えは間違っていたようだ。
キュルムは首を横に振り「もっと、原始的なものよ」と囁いた。
「原始的なもの……?」
「そう、原始的なもの。『力』よぉ。絶対的な力。誰も絶対に敵わないほどの力を持った魔王様が争うなと言うから、アタシ達は表面上だけでも平和でいられる。前魔王様の時はもっとね、殺伐としてたのよ。魔物同士も少しでも気に食わないことがあったら平気で殺し合ってたわぁ。力がなければ死んでいた。前魔王様は止めなかったもの、なにも」
『抑止力』という言葉には力が付いている。何かを抑える為に必要なのは、やはり力ということなのか。
「魔物が魔物同士で争わないのは、絶対的な力を持つモカ様がいるから?」
「ええ、そうだとアタシは思ってる。魔物は、より本能に近い部分で力への服従心を持ってるものなのよぉ。それでもやっぱり魔王様に隠れて争いはあるけどぉ。表立って殺し合うようなことはないだけでね。それに、前魔王様の思想のまま、人間から奪うのが当然だと考えている魔物たちもいる。こいつらは、本当に頭痛の種なのよねぇ。それに目を瞑っているわけじゃないけれど、魔王様や私達のできることにだって限りがあるし、彼らのトップを殺せば終わるというものでもない。そういう奴らって、面倒なことに無駄に求心力もあるしぃ、他の誰かが立つだけ」
確かに変わり者ばかりの六魔天将と、そうでない古式ゆかしい(と言うのも変な気がするが)魔物とは相容れないのは間違いなさそうだ。
その時点ですでに、同種族同士での争いの種は芽吹いている様なものだ。
モカ様に力があるから、そしてその力が圧倒的だから、敵対勢力が束になっても敵わないから抑えられているだけなのだ。
「このままモカ様が世界を征服してしまえば、多分世界は表面的には平和になるわぁ。モカ様は自由気ままに生きているだけで、その気はないからあり得ない話なんだけどぉ。でも、魔王様が世界を征服する可能性を感じた誰かがいて。その絶対的な力に対抗できる程の力を持った人間を生み出した。そして、それは人間も求めていた存在。ただのヒトじゃ、脅威にはなりえない。じゃあ、ただのヒトじゃないヒトを生み出せるのは?」
そのキュルムの一言で、はっとなる。
勇者が生まれたのは、モカ様の力があまりに圧倒的で、世界を征服しかねないから……。
そこにモカ様の思想は関係ない。
ただ、モカ様が『単純に強い』ということだけが、その何者かにとって脅威なのだ。
――つまり、平和を疎む人ではない誰かのせいということ……?
「……世界を一人に治められたくない誰かが、勇者を生み出した?」
ふふっ、とキュルムは微笑んで、色っぽい仕草で人差し指を自分の柔らかそうな唇に押し付ける。
「しー」とウインクした。
「魔王様とカダには内緒よぉ? 美と戦を司る女神、セルンディーヌ。彼女が勇者を生んだと私たちは考えてるわぁ。死なない人間なんて、気持ち悪いでしょう? そんなの、魔物よりも化物じゃない。そんなことができるのは、神だけ。セルンディーヌは、この世界から魔族と人間の対立がなくなってしまったら困るのよぉ。だって、戦は彼女にとって力の根源。彼女は、美の力だけではその力を
どうやら黒幕らしき神様の名前が出てきた。
女神、セルンディーヌ。
勇者を生み出して、その勇者にモカ様を殺させようとする神。
『あ、いや死んだといっても仮死みたいな感じ? なんか神? 女神? の守護だか加護だか? みたいなやつがあるらしくて、我を倒すまで魔物の物理攻撃や魔法攻撃では死ねないらしいのだ』
モカ様は、勇者に神の加護があることは知っていたが、誰が授けた物なのかは知らなかった。
だが、六魔天将は知っていたのだ。勇者が持つ加護を授けたのは誰なのか。
キュルムは、唇が触れてしまいそうなほど顔を近づけてくる。
甘くいい匂いが鼻孔の奥まで届いて、くらくらする。
おおよそ三分程度までに、鼻はその場の匂いに慣れてしまうようにできているらしい。なのに、まだ彼女の匂いは力を保って私を誘惑する。
彼女に、瞳の奥の奥まで真っ直ぐに覗きこまれる。
その濃い紫色の大きな瞳は、私の心の奥まで見透かそうとしているように見えた。
「でもねぇ、女神が加護を授けた勇者にも弱点があって。戦闘では死なないけど、寿命でなら死ぬみたいなのぉ。それに、彼は生まれながらに強いわけじゃなかった。だから、強くなる前にイハテ村で留まらせておくのが最善だと思ったのよぉ。その為に、ルドルフはあそこにいた。だって女神の思惑通りになんてさせたくないじゃない?」
「……っ!!」
勇者が生まれた村から出られなかったのは、六魔天将が考えていた作戦だったということ?
勇者の育成が上手くいかない筈だ。
味方である六魔天将は、モカ様を守りたいがゆえに、それを邪魔しているのだから。
六魔天バカとか言っていた私が、逆に何も分かっていなかったのだ。
本当のバカは私で、私はそんな彼らを邪魔してしまった。
私が転移装置が必要だと言ったから、ルドルフはイハテ村からいなくなり、勇者は隣村へと進んだ。レベルも上がり、勇者として本当に歩み始めた。
私には、なにも疚しいことなどない。
モカ様が勇者を育てたいと言ったから、自分の出来ることをして勇者を育てようと思っていただけ。モカ様の為に、勇者側の視点に立ってアドバイスをした。
けれど、心の中で考えていたことは、六魔天将と同じ。
『魔王様の役には立ちたいが、魔王様を死なせたくない』ということ。
でも――、でも見る角度、種族によってはそれは……。
――私が、勇者側の人間として、魔王の傍に送り込まれた存在だと思われても、おかしくない。勇者の歩みを進めさせるための、歯車の一つとして。もしくは魔王を殺すための、刺客として。
「……わ、私……」
「シズク。アタシたちは、アナタが本当に魔王様の味方なのだと信じたいわぁ。魔王様の前で魔王様の手伝いをすると宣言して見せた姿は、嘘を吐いているとは思えなかったものぉ。けれど、アタシたちにはカダと同じように信じきれない部分がある。だって、こんなことを言うのは哀しいけれど、アナタも――勇者と同じ人間だから」
――そう、私が魔族ではなく人間だから。
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