第23話 渇望するもの
「ウフフ、シズク。魔王様の力を見れなくて、がっかりした?」
笑いながら、そう私に訊ねるキュルムに、ドキリとする。
踊って歌うアイドルモカ様は確かに
でも、私が見たかったのはこれじゃなかったということが、キュルムにバレている。
「えっ、いや……。……うん、実は」
「そうよねぇ。まあ、可愛いのも魔王様の力なんだけどぉ。戦ってる姿も見てみたいと思う気持ちは、分からなくもないわぁ」
うんうん、と腕を組んで頷きながらキュルムがふわりと浮いて私を見下ろす。
そういえば、モカ様の前に立ってた時も浮いていた。キュルムは浮いている方が身体が楽なのだろうか?
「でも、私達六魔天将も、魔王様の戦っている姿を見たことがあるのは、一度だけよぉ」
「えっ?」
「あ、でも魔王様より年上のどんこ婆とハッサンは二回見たことがあるって言ってたかしらぁ」
どんこ婆とハッサン以外はモカ様よりも年下なのか。それでも少ない気がする。
もっと頻繁に戦っていると思っていた。
「――圧倒的な力というのは、ああいうのを言うんだと思ったわぁ。魔王様が興味なさそうに呟いた
ゴミを見る様な冷たい瞳で、自分を殺しに来た人間を殺すモカ様。
それはきっと、とても絵になる光景だろう。そして生き残った者に鮮烈な恐怖を植え付けるのだ。何度来ても無駄だと言わんばかりの、見下した表情で。
私が今日見たかったのは――それだった。
結局、全く違う何かを見せられているわけだけど。
みんな、だ~いすき♡という瞳で、自分のライブ観戦者を魅了するモカ様。
モカ様のアイドル姿は、とても絵になる。見に来た彼らの瞳には猛烈な愛情が見えるし、何度でも観にくるぞという熱気が感じられる。
「でもぉ、魔王様にとって、それってすごくつまらなかったみたいなのね」
「人を殺すことが?」
「ええ、そうよぉ」
魔王といえば人間を虐げて、それを愉しむようなイメージがある。
それが愉悦であれば、圧倒的な力を持つ魔族だけが生き残り、今頃人間はみな死んでいなくなっていてもおかしくないだろう。
でも、違った。
人間はどうやらたくさんいて、モカ様は殺すわけでもなく人間とライブで一体感を愉しんでいる。
それに、そうだ――私と出会った時にも、私に対してそんな嗜虐性は微塵も感じられなかった。
「私達魔族が娯楽に飢えているという話は、魔王様から聞いた?」
「確かに、そんなことを聞いた気が……」
だから、勇者を育てているとか言っていたような。
「人間は、私達魔族からすると、弱すぎるの。武器を持っていても、魔法を使っていてもよぉ。私一人で5000人程度ならこちらが無傷で殺せるわぁ」
一人で5000人。殺さずになら2000人。無双系ゲームじゃないんだから――と、言いたくなるが、それが魔族の頂点にいる者の強さなのだろう。
「けど、殺せば当然人間の数は減る。また産むでしょうけど、育つにはそれなりの時間がかかる」
「もっと増えないと娯楽にならないから、殺さずに帰すの?」
キュルムは少し困ったように、曖昧に笑う。
「違うのよぉ。魔王様は、人間の娯楽を模倣することを選んだの。そっちの方が、面白いと気付いたのねぇ。私達が人間を殺さなければ、彼らにとっては一応平和でしょぉ? 平和だと、人が増える。でも、平和っていうのは人間にとっても退屈だから、その退屈を紛らわせる何かを、人間は生み出そうする。そうして人間から娯楽が生み出されるのを、待っているのよぉ。先代の魔王様は、暇つぶしに人間にありとあらゆる拷問をしていたようだけれど、それでも、退屈は去ってはくれなかった。モカ様にとっても同じで、人間を拷問することや殺すことそれ自体は、娯楽にはなりえなかったのねぇ」
先代魔王の拷問を傍らで見ていたモカ様も、つまらなそうな顔をしていた。彼らの悲鳴も、
「おかしいでしょ? 笑っちゃうでしょぉ? 私達は、人間よりも遥かに強い。なのに、人間の作り出すものが欲しくて欲しくてしょうがない。殺すことは簡単で、産むことは難しい。壊すことは簡単で、生み出すことは難しい――。私達は、作るのが苦手なの。育てることが苦手なの。魔族が本当に欲しい物を自分の力で手に入れることは不可能だと知っているから、魔王様も私たちも、マネをして足掻いているのよぉ」
「本当に、欲しい物……?」
キュルムは、どこか私の事を羨むような表情でじっと見つめてくる。
その食い入る様な瞳を、私はどこかで見たことがある。
この世界に落とされて、私は火を起こし、キノコや木の実などを焼いた。葉っぱで服を作った。その生活を繰り返して少しずつそれが身になって来た頃……可憐で妖しい赤い瞳を持つモカ様と、出会った。
(ああ、そっか。モカ様と初めて出会った時だ)
彼女は私と出会った時に、今のキュルムのように食い入るように私を見ていた。
「創造の力よ」
モカ様の歌声が、遠くの方で響く。
さっきまで、あんなに近くで聴こえていたのに。
ずっとずっと遠くから、水の膜を挟んだ向こうから聞こえてくるような、
水の底にいるのは、私?
――それともモカ様?
「でも……、魔王城だってこのステージだって、魔族だけで作ったんでしょう?」
「全部、模倣。人間のマネなのよぉ。私達魔族は、元々家を持たなかった。私達魔族は、元々物を持たなかった。私達魔族は、元々何も作れなかった。襲って、奪って、自分たちのものにしてきたのよぉ。それを改良することは、生みだすこととはまた別の力なの」
「……」
「世界で、全く新しい物を生み出せるのは、人間だけ」
キュルムの目が怪しく光る。
ステージの骨組みを慈しむ様に撫でながら、彼女はそれに足を掛けて、くねくねとポールダンサーのように揺れた。
骨組みに押し付けられて変形した胸や太ももが艶めかしく揺れて、私の目を誘った。
目が、離せない。
それは永遠に続くかと思われたが、彼女はするりとそれから体を離す。
「――シズク。魔王様が一番欲したのが、人間。けれど、あの方は人を
クスクスと、ふわふわと。彼女は私の近くをゆっくりと飛んで回りながら、本当に愉しそうにそう笑う。
「今の六魔天将も、魔王様と同じ変わり者ばっかりよぉ。六魔天将は、基本的に人間を奪い取る対象じゃなく、面白いなにかと見てる奴らばっかり。力を持った魔物は他にもいるけど、そいつらは結局魔王様に選ばれなかった。余りにも、考え方が違い過ぎたのね。奪うことが、争うことが全てだと。あ、アタシは人間から奪うけどね? だってサキュバスだしぃ。でも殺すほど奪わないのよぉ? 気持ち良くして、次の日ちょっとだけ疲れが残る程度の精気を貰って、それを夢ってことにして、それでおしまい♪ 数をこなすのって大変だけどぉ、でも、それもそれでいいかなって」
「……」
「カワイイ顔で喘いでくれると、愛しくなるしぃ。アタシも人間は壊したい対象と言うよりは、見守りたいというかぁ。ご飯だから、お腹が減っちゃったら仕方ないでしょ? ウフフ」
それがキュルムの糧なら仕方のない話なので、何も言うまい。殺しているわけでもないし、されている方も気持ちいいということだから、Win-Winと言えなくもない。
「アタシたちは、あなたたち人間の事が、妬ましくて愛しくて羨ましい。だからアタシも、そんな人間の精を欲しがるのかもしれないわぁ」
「キュルム……」
少し、淋しそうに、曖昧にキュルムは
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