第22話 絶望っていうか

 ◇ ◇ ◇


 ――絶望ゼツボウ――

 希望を全く失うこと。望みが絶えること。


 きっと、魔王とは人々にそれを与えるモノの代名詞だ。

 絶望の体現者と言えば魔王の事だろうし、絶望を司る者といえば魔王の事だろう。

 私は、そんな魔王であるモカ様の力を見られると思ったのだ。

 『我の力を魅せてやろう』と言うからには、圧倒的な力で人間どもを捻じ伏せ、皆殺しにしてしまうほどのモカ様の凶悪な一面を見られるのだろうと。

 そして、それを見たところでモカ様に対する見方はきっと変わらず、それどころか私の心酔はより深まるだろうと。


 魔王城から数百m離れた山――、鉄分を多く含んでいるのか、赤い色をした鋭いその山には、ぽっかりと空いた大穴があった。

 その中に、やってきた兵士たちは隊列を乱すことなく集まっていた。

 隣の者の顔がかろうじて確認できるかという程の薄暗い空間の中で、彼らはその心臓の高鳴りを抑えきれない様子で、散発的に声を上げる者もいた。

 その内に、彼らの正面にライトが当たる。上からも下からもその場所を照らしだす。

 その瞬間に静寂が走った。

 ビカビカと稲光のように眩しく光るその場所の中心には――。


「みんな~! ホットでキュートなモカ様が降臨したよ☆ さあ! アッゲてくよ~!!」


\タイガー ファイヤー サイバー ファイバー ダイバー バイバー ジャージャー!/


 彼女はそのライトに照らされて、いつもよりも一層光り輝いて可愛かった。


『ユーメのな~かで♪ あなたのも~とへ~♪ とどけに~い~くよ~♪』


 細かいチェック柄の可愛らしい服を着たモカ様が、スポットライトを浴びながら、踊り、歌い、飛び、ステージを縦横無尽に駆け巡る。舞い散る汗も美しく、それさえも自分を引き立てる装置だと言わんばかり。ステージの周りには、おそらくモカ様がキャメラと言っていた宝玉が10個ほど浮いていて、フワフワと移動しながら色んな角度からモカ様を捉えている。

 ライブ中継されてるのかもしれない。

 人々に向ける笑顔は無垢のそれで、魅了されるのも仕方がない光を放っている。彼女は、輝きそのものだ。見る者を魅了し、心酔させ、心からの応援を送りたくなる。そんな可憐さと妖しさを持った、王。

 それをステージの下から恍惚の表情を浮かべて観賞し、ちょっと私には意味の分からない言葉を発して、一心不乱にシンプルなペンライトを振り回す兵士たち。

 魔物もその中に混じっている。己が魔物だということを、隠すこともなく。

 観賞というよりは、この一体感はに近い気がする。

 ここにいる兵士は、魔王を倒しに来たんじゃないの? なんで魔物と一緒にペンライト回してるの?

 最前列で長い髪を縛り、バンダナに眼鏡、アホみたいな本数のペンライトをぶん回す、明らかに動きのキレが違うあの人間は……って人間じゃないな――あれ、カダか? カダだな?


(お前なにしてんの? マジでなにしてんの???)


『ぜつぼう~と~♪ ひとかけらの~き~ぼう~♪』



「アイドルライブやないかい!!」


 舞台袖でそう突っ込んだ。関西人でもないのに。コッテコテのツッコミを入れてしまった。

 なんかこれもデジャブだよ? 魔王城を初めて見た時にもこんな感じでツッコんだ覚えがある。あの時は関西弁ではなかったけれど。

 ああ、でも歌って踊るモカ様超可愛い! 愛してる!! 結婚しよ!!


「そうよぉ。魔王様は崇拝される対象。アイドルだものぉ。ライブだってするわよぉ」

「!! キュルム!」

「ふふふ、今度シズクも魔王様と私とあそこに立ってみようか? 三人組のアイドルって、バランスいいと思わない?」


 そう言って私の肩を抱き寄せ、キュルムは舞台を指差す。キュルムからは、モカ様とは種類の違う、甘い匂いした。モカ様の匂いは、夏っぽい爽やかな甘い匂い。キュルムの匂いは妖艶なバラのような、誘われる匂いだ。

 スポットライトの下で、魔王様とキュルムと一緒にあの場所で歌って踊る私……。

 って、いやいやいや。


「あの、説明が欲しいんだけど?」

「説明?」

「ここに来た人間達は、魔王を倒しに来たんじゃないの? なんでモカ様のライブを見てるの?」

「ああああぁああぁぁぁ~、魔王様ぁー! 燃え上がるー!! そのパフォで魅せて、今日もまた! きらめき放て! 轟け世界へ! おののけ世界よ! 世界の妹、銀河の妹、宇宙の妹、まおう、まおう、ま・お・うー!」


 カダ、うるせえ!! あと無駄に早口すごいな。


『カワイイ~だけ~がほしいなら~♪ わたし~じゃなくてイイでしょ?』

「カダがあんなことするわけないし、これは夢?」


 なんだ夢か。夢だったら覚めるまで超絶☆無敵可愛い魔王様を堪能したらいいか。

 

『あれも♪(パンパン)これも♪(パンパン)ほしが~るのがわたしのしごと♪』

「夢じゃないわよぉ? カダは、魔王様に心酔してるからぁ。MIXも口上も完璧よぉ。伊達に親衛隊長じゃないのよぉ」


 ……親衛隊長って、そういう意味?


『いたみだ~けが~ほしいなら~♪ キミひと~りでイイでしょ?』

「最初はね、ちゃんと戦ってたのよぉ? 魔王様を殺しに来てるんだから、当然戦うわよねぇ。でも魔王様は、殺さずに帰せって言うから、めんどくさかったけど殺さずに六魔天将みんなで戦ってたの。大体一人2000人くらいならぁ、殺さずに帰せるのよぉ。まあ、ある程度怪我をさせて戦意を喪失させるんだけど」


 一騎当千よりも上。

 殺そうとしてくる相手を殺さずに帰すということが、どれだけ難しいかは想像にかたくない。

 あっさりと、六魔天将がただのバカの集まりではないということが分かってしまった。


「それが、なんでこんな?」


 どこがどうなってライブに結びつくのかさっぱりわからない。


『ユメも♪(パンパン)キボウも♪(パンパン)わたしが~ぜんぶぜ~んぶ♪ うばって~ア・ゲ・ル♪』

「なんとかしてぇ、戦う以外の方法ですっきりさせて帰せないかって」

「別にすっきりしたくて魔王様を殺しに来てるわけじゃないんじゃ……?」


 憂さ晴らし的な感じで魔王を殺しに来てるの? それはないでしょ?

 人間の敵だから倒しに来てるんだよね?

 

「それで、アタシ『じゃあ来た人たちの精気全部吸っちゃっていいですかぁ?』って魔王様に言ったのね」


 精気を吸われてすっきり……うん……ええと……。うん。


「そしたら魔王様が『うーむ、それだとキュルム一人に負担がかかるだろう? みなで手分けして、何かできることはないか?』って」


 負担が偏らない様にしたいなんて、流石モカ様。


「そしたらカダがねぇ。『今人間達の間で流行っているライブやショーはどうですか』って言い出したのぉ」


 勝手に一番盛り上がってるあいつが発起人プロポーサーか!!

 カダはいつもロクな事をしやがらない――と言いたいところだが、これに関しては心の底から褒め称えるしかない。敵とはいえ、この発案は神憑かみがかっているとしか言いようがないのだ。


(くっ、やるじゃないカダのくせに)

 

 舞台袖からカダを睨んでみるが、彼はこちらには眼もくれずモカ様を見ている。釘付けになる気持ちも、分かってしまう。


「それって、アイドルが出来そうな魔王様かキュルムしか結局無理なんじゃ? ……あれ? でも、バンドウは、自分たちも出番があるような言い方だったような……」

「あらぁ、流石魔王様が認めただけあって鋭いわねぇ、シズク」


 確か、『今日は、誰が行くのだったか?』ってバンドウが訊いてたし、状況から見て、他の六魔天将もこういうライブ的な事をする、ということで間違いないと思う。


「あのねぇ、バンドウは自分の部下たちと空中飛行ショー」

 

 航空自衛隊がやってる航空ショーみたいな?


「ルドルフは、魔法マジックサーカス」


 あっ、それは普通に見たい。


「ハッサンは、どんこ婆とコンビで漫才」


 漫才!?


「エメスは謎解き巨大迷路」


 ライブじゃなくてアトラクション?


「で、アタシが本当は今日ライブだったんだけど~。魔王様がるってなかなかないから、今日来た兵士たちはラッキーだったわねぇ。魔王様の時は突発的な上にチケットの値段もプレミア価格で六魔天将の3倍以上になるんだけど、それでも観ずに帰るっていう兵士はほぼいないわね」

「チケット販売してるの?」


 来たら無条件に見られるのかと思った。


「そうよぉ。あと、うちはペンライトは公式のもの以外持ち込み不可よぉ。一本3000ネル」


(高っ!)


 すごくシンプルなペンライトの割に高い。あこぎな商売してるな。原価いくらか知らないけど、一本売るだけで勇者の初期の所持金より確実に多くなるんじゃないの?

 魔王だからいいのか。


「そういえば、あのペンライトって、どういう仕組みなの?」

「魔力を注入したら、光るようになってるわぁ。光彩魔法の原理ねぇ。光らせたい彼らは、魔力が空になるまで頑張るのよぉ。そしたらほら、戦えなくなるし一石二鳥でしょ?」

「そうなんだ。でも、カダがめっちゃ光らせてるけどいいの?」


 何本も持っていて、すごい勢いで曲に合わせて狂ったように光らせているカダがチラチラと目の端に入る。


「親衛隊長だから、大丈夫よぉ」


 なにが大丈夫なのかな?



――――――――――――――――

ハッサンとどんこ婆のコンビ名

『焼きうまじゅ~し~』

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