閑話 2 ルドルフさんとむらびとさん

 イハテ村の外――


 朝、村の外で丸まって寝るドラゴンキング、ルドルフさんの背中にはスズメが数羽留まり、朝をよろこぶように鳴いています。

 しかし、チュンチュンの他にヂュンヂュン、ジュジュジュという趣の違う声をあげるスズメが一羽。

 ルドルフさんの頭の上でスズメなのに鳩胸で縄張りを主張する、眼光の鋭いスズメ。彼の名はガーランド。

 彼らの縄張り争いは熾烈しれつを極めます。一羽の若いスズメがガーランドに近付いて、攻撃を仕掛けました。羽根をばたつかせ、爪とくちばしで飛びかかります。

 しかしガーランドは若スズメの攻撃をすいっと優雅に避け、スムーズに羽根を数度はためかせ、あっという間に背後に立ち、若スズメを見下ろしました。

 『後ろだ』と、言わんばかりの余裕の表情です。


『奥義・棍雀物語コンジャクモノガタリ!!』


 ガーランドは奥義名を発しながら、その若スズメの背中に一秒で7発程度、嘴で刺突しました。 

 その鋭く重い攻撃を受け、ピチチチッ、と痛そうな声をあげて、若スズメはその場所から飛び去ることを余儀なくされました。


 こうして毎朝行われるスズメの縄張り争いの騒ぎの声で、ルドルフさんは目を覚まします。


「ファ~」


 大きな欠伸あくびをするルドルフさん。ルドルフさんの欠伸は一帯の空気を震わせる為、この欠伸で目覚める村人もいるほどです。スズメたちも、その音で飛び去りました。

 また今日も勇者を絶対的な力の差で捻り潰す作業が始まります。


 そうして目をシパシパしている内に、村人Aが村から出てきました。


「おはよう、ルドルフさん」

「おはよう」


 ルドルフさんは、朝の挨拶をした後に二股に分かれた舌をチロリと出し、少し鼻をヒクヒクさせると、村人Aに言いました。


「今日は夕方から雨が降る。畑仕事は昼過ぎに切り上げて、嫁さんに日頃の感謝を伝えつつゆっくりしてはどうだ?」

「そぉかあ。こっぱずかしいけど、やってみるよぉ。ルドルフさんの言うことは、間違いねぇからなあ」

 

 彼は農家なので朝が早く、夜が開けるか開けないかの時間に村の外の畑へと移動します。ルドルフ天気予報の精度は95%。これは気象庁の降水的中率よりも10%以上も高い値です。

 ルドルフさんの鋤鼻器じょびき、ヤコブソン器官と呼ばれる嗅覚器官は実に鋭敏で、数十キロ離れた大気の状況も知ることができます。舌を出し、大気の成分などを吸着させ、それをヤコブソン器官へと送り、解析します。それにより、スーパーコンピューターよりも正確に彼は天気を知るのです。

 ルドルフさんが来て二週間。こうして挨拶や話までする仲になりました。


 村人Aは、こう話します。


「最初は、ソラの旅立ちの日にこぉんなでっかいピカピカのドラゴンがきたもんだからよぉ、村もおわりだぁ~。襲われて殺されるんだ~なんつってみんなで言ってたんだけっども。ソラ以外は襲われもしねぇもんだから近付いてみたら、気さくなもんでさぁ。ルドルフさんみてぇなドラゴンだったら、いっぱいいてもいいんだけどなぁ」


 村人がそう言うのも無理はありません。

 大体の魔物には、知性がないのです。

 こちらに戦う気がなくとも、魔物は己の命を守るために必死です。ですから、出会ってしまえは戦闘は避けられないものなのです。逆に言えば熊などと同様に、野生生物である魔物が、勇者以外の武器を持った人間に近付くことは、ほぼあり得ません。モンスター除けの鈴なども、売られているほどです。

 それでも、不運な出会いはあるもの。魔物そのものの恐ろしさ、魔物のテリトリーに入るということの恐ろしさ、そしてテリトリー外で活動することのできる魔物は桁外れに強いということは、みな知っているのです。

 ですからイハテ村の村人たちは、自分たちの死を確信しました。勇者にかこつけて、勇者饅頭、勇者バッジ、勇者の木刀などを作り、勇者の村だとおごり、村起こしをした罰が当たったのだと考えたのです。

 しかし、ルドルフさんには明確な知性があり、教養もあり、そしてなにより村人を襲うことはありませんでした。

 そして、村人とののんびりとした交流が始まったのです。 

 ちなみに、勇者のイラストを入れた勇者バッジは、手ごろな値段で思惑を超えてバカ売れしました。鞄に大量につけて歩くのが流行り、勇者バッジは物理攻撃から身を守ってくれる、と異常な盛り上がりを見せました。勇者ソラがイケショタで、大勢の女性のファンと少数のコアな男性ファンがいたのが大きかったようです。

 

 村人Aが畑に行き、入れ替わるように村人Bが村から出てきました。彼は商人です。


「おはよう、ルドルフさん」

「おはよう」

「今日は何が良さそうだい?」

「ヤマシャクヤクと、ヒメハギが良さそうだ」

「おお、そうかぁ。いつもありがとなぁ。今日はその二つを中心に仕入れてくっか」 

 ルドルフさんは、大体の気候を見てその時にどの種類の薬の原料が値段の割に質がいい物かを、ぴたりと言い当てます。相場師も真っ青です。


「オレも、いつも世話になっているからな」

「なにを言ってるんだよぉ! 世話になってるのはこっちのほうだぁ。また嫁に、飯を運んでもらうよう言っとくから」

「ああ、ありがとう」


 ルドルフさんは、勇者を倒さねばならないのでこの場所を動けません。ルドルフさんは、気高きドラゴンの王。数日間食べずとも大丈夫ではあります。ですが、事情を聞いた村人たちが、代わる代わるルドルフさんに食事を出してくれるようになりました。


「じゃあ、今日もお勤め頑張ってな! ルドルフさん」

「ああ」


 そうして何人かの村人と言葉を交わして、用意を済ませた勇者と対峙します。


「グハハハハ、今日も性懲りもなくやられに出てきたか、勇者よ!」

「ドラゴンキングッ! 今日こそお前を倒して、トーナ村へ行く!!」

「オレの攻撃を一度でも避けてから言え!!『尻尾攻撃テールウィップ』!」

「うわぁああああ!!」

 

 いつものように、スピードの勝るドラゴンキングからの『尻尾攻撃テールウィップ』(通常攻撃)によって、ソラは一撃で即死します。

 負け確定イベントとしか思えないのに、ドラゴンキングは去ることはなく、一向に物語は進みません。

 なにせ、誰の目にも明らかな力量差があるのに、勝たなければ進めないのです。しかもドラゴンキングに会う前にろくなレベリングもできないという、無理ゲー。クソゲーオブザイヤー確定です。

 プレイヤーがいたなら、コントローラーをぶん投げるであろうお粗末な仕様なのです。

 

 彼の後ろ、村の出入り口には一人、神父が立っています。大体勇者と一緒にここへ来ます。正確には彼は、神父見習い。

 その彼がとことこと死んだ勇者に近付いてきて、神に祈りを捧げ――ません。

 前任の神父が編み出した、祈りを捧げずともソラを蘇らせる方法を使うからです。


「ソラよ――。お前の秘蔵のエロ本が、お前の母親、エリナさんに見つかったぞ」 

「!!?」


 カッと目を覚ます勇者。なぜか体の傷も完全回復です。

 ――そう、これが前任神父が編み出した死んだ後見つかったら辛い物品を囁いて蘇生する、『未練蘇生術NO REGRETS, NO LIFE』です。

 人が神の力を借りずに生き返るには、現世への心残りがないとだめなのです。


「はっ!? 神父様!! ぼっ、僕急いで家に帰らないと!!」

「大丈夫だ。本当は見つかってない」

「!! ……見つかって、ない……。良かった……。……あれっ? なにが見つかってないんだっけ? なんで僕、家に帰らないとと思ったのかな?」


 エロ本が見つかったと思って蘇生したソラは、疑問顔でキョトンとしています。

 ショタで可愛い顔の勇者とて、年頃の男。ましてや表に出れば、その外見に見合う品行方正で、清廉潔白なイケショタ勇者でいなくてはなりません。その反動で隠しエロ本の一冊や二冊持っていることは、なんら不思議ではないのです。反動がなくても数冊のエロ本を持っていることは、一般男子としてなにもおかしいことではないのですから。

 ですから、気になるとしても、年頃の息子の部屋を探ってはいけません。隠し事を暴いてはいけません。それは双方の為にならないことです。子はいつまでも子どもではありません。意思を持った一人の人間なのですから、隠し事の一つや二つ、三つや四つ、持っているものなのです。

 部屋を探ってはダメ、ゼッタイ。


「それは分かりませんが、目覚めましたね。蘇生代として、手持ちのネルから半分頂きます。ですが、勇者は今1ネルしか持っていないので、蘇生代はいただきません」

「??? は、はい」 


 生き返った直後は、脳が混乱します。

 ですので、毎回この方法でソラは蘇生するのですが、一体なぜ飛び起きたのかということは、毎回忘れてしまうのです。毎回エロ本エロ本囁かれて蘇生する、勇者ソラ。せめてもの情けとして、神父見習いは周りに誰もいないことを確認してから蘇生しています。時々村を出入りする人間がいるので、周りの確認は大切です。

 こうして蘇生が終わると、神父見習いはもう勇者から蘇生代も貰えないというのにまた村の出入り口で待機します。

 元々いた村の神父は世界中を飛び回って稼いでいますし、教会には国から勇者助成金が出ているので、勇者からお金を貰わなくても大丈夫なのです。

 助成金を教会ではなく勇者にあげればいいのにと思いますが、お役所仕事とは本当に必要な人には届かない、こういうものなのです。

 世の中とは複雑なのです。

 勇者はとにかくすぐに死ぬので、その度に教会を行ったり来たりするのも面倒です。なので、その場で待機します。逆にこれが、勇者の死亡回数増加に拍車を掛けているといっても過言ではありませんが。

 また教会は空っぽですが、なにもない日に祈りを捧げに来る敬虔けいけんな人間も、この村には特にいないので大丈夫です。


 ――こうして、朝に数時間、お昼には家に帰り、また昼食後から数時間。村の前で何度も何度も同じことを繰り返します。

 

「」

「エロ本」

「!!」


 本日最後の蘇生を終える頃には、もう陽は落ちて、辺りは真っ暗です。

 的中率95%を誇るルドルフ天気予報の通り、雨も降り出し、傘を持っていなかった勇者はずぶ濡れです。


「今日はこのくらいにしておいてやろう。まずはぽかぽかのお風呂に入り、その濡れた体をしっかりと温めるがいい!! 母親の美味しいごはんを食べ、あったかい布団にくるまって英気を養うんだな!! 世界の希望を背負う大切な体だ! 病気には気を付けろ!!」

「くそっ! 今日も勝てなかった!! 明日こそ、お前を倒して隣村に着く!!」

「グハハハハ、やれるものならやってみろ」


 純粋な勇者は、そう宣言して家に帰ります。


「それでは、ルドルフさん。私もこれで」

「ああ、いつもすまないな。また明日も頼む」

「いえいえ、仕事ですから」


 神父見習いと和やかに挨拶を交わして、届けてもらった夕飯を食べ、ルドルフさんも眠りにつきます。

 こうしてルドルフさんの一日がまた、終わるのでした。

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