第31話 四星老
脱衣所に戻り、二人があのまま湯に入っているのを確認している間に、モカ様は服を着始めていた。ああ、間に合わなかった。
しょんぼりしていたその時、キュルムが私を妖しい目で私を見ながら後ろに立っていたのに、全く気付けなかった。
流石は六魔天将、気配を消すのもお手の物だったらしい。
背後から両腕を掴まれ、後ろ手に束ねられる。
「――んっ!?」
「うふふふ、うふふふふふふ♡ やっと隙を見せたわねぇ、シズク! 待っていたのよぉ!! アナタが隙を見せるこの
「えっ、それは、キュルムがなんかやりそうだからと思ってたから……っ!ちょっ!? なに!!?」
「キュルム!?」
「魔王様、ご安心ください~。別にシズクを傷つけるわけではないのでぇ。一応拘束させてもらうけど、シズクもできれば暴れないでねぇ♡」
驚くモカ様と私をそう制止する。
もう何もないだろうと思って、気を抜いてしまった私の落ち度だ。
キュルムは私の手を、ささっと手際よくタオルで縛りあげた。流石、サキュバス。拘束も手慣れ過ぎている。
前に立って下から上まで、私の体をじっとりねっとりと舐めるように視たかと思うと、今度は後ろに回って同じように私を視る。
視線だけなのに、視線だけだからなのか、体がぞわぞわする。
無理やり足を開かされて、足も同様に。最後にタオルを解いて腕を上げられて、脇まで。お風呂から上がった後だからなのか、それとも緊張からなのか、汗がじわりと浮かんでくる。
一通り、私の裸を見て気が済んだのか、キュルムは満足げに私の拘束と顔の強張りを解き、ふっと息を吐いて微笑む。
「……少しほっとしたわぁ、シズク」
「なっ、なにがぁ!?」
私は恥ずかしさに泣きそうになりながら、へたり込んだ。
まさかこんな、辱めを受けるなんて思いもよらなかった。なんだか、下手に触られない方が変な感じだった。
(うう、キュルムに、なんかもうありとあらゆる場所を見られた……)
「アナタに、女神の加護がなかったから」
「……あっ」
女神の加護は、どうやら服を着ている状態では見えない場所にある。キュルムは、それを確認したのだ。お風呂に入っている間に、なんとなく嫌な感じがしていたのは、これを確認しようと隙を窺っていたからだったのだ。
……なんだか、疑って申し訳ないことをした――ん、待てよ?
「……最初からそう言ってくれれば、私こんな恥ずかしい気持ちにならなくて済んだ気がするんだけど? 説明不足じゃない?」
「えっ?」
「見せてたよ、言ってくれたら」
だって痣もないし、こちらに隠す理由もない。
もちろん、あんまりじっくり見られるのは恥ずかしいけれど、事情が事情だ。甘んじて受け入れるしかないだろう。
「……で、でもぉ……」
「でも?」
歯切れが悪い。
「ちょっと無理矢理感ある方が、やらしいしなんかいいかなって」
「なんか、いいかな!?」
なんかいいかなって、なに!?
「サキュバス的な視点の話?」
「……はい」
「はいじゃない」
「うう……。あっ、で、でもぉ、シズクの恥辱に満ちた少し悔しそうな表情とか見てると、すっごくすっごぉくムラムラしたけど、耐えたの! 耐えたのよアタシぃ!! 凄くない!? 褒めてくれてもいいのよ!? 普段だったらもう、おっぱじめちゃってるからぁ!」
「こんな場所でおっぱじめられてたまるか!!」
ましてやモカ様の目の前で。
それが普通なのだから褒めるわけがない。
「気が済んだか? シズクに、女神の加護はなかったんだな? シズクは、勇者たちの仲間ではなかったんだな?」
モカ様が割って入る。
「はい、魔王様ぁ。安心しましたし、満足しました」
「そうか。我は知っていたがな」
テヘペロ☆と舌を出すキュルムに、そう答えて私に向かって穏やかに微笑むモカ様。ああ、モカ様はちゃんと分かってくれていた。好き。
その後、何事もなく全員服を着たのを確認してから、モカ様は何の予告もなく私とキュルムを連れて転移魔法を使った。
――こっ、この感覚にも、ほん、の……少しだけ、慣れ、なれなれ、なれ……。
あっ 光ってる、やっぱり、これ……。
キラキラ
キラキラ
ながれる――わたし――と
「――シズク、大丈夫か?」
お決まりのモカ様のアップで、また意識を取り戻す。
「……うん、少しは慣れたかなと思ったんだけど」
「魔族であれば転移酔いは大体最初の一、二回までで、それ以降は出ないから、油断していた。すまない」
モカ様が謝ってくるが、私はぶんぶんと首を振った。
モカ様が悪いわけではないのだから、謝る必要などない。ただ、まだ慣れないこちらに、転移魔法の適性がないのかもしれない。
ただ、ずっとこのままだと少し辛いかな。
「モカ様のせいじゃ――」
「そうですよ、魔王様。この小娘に魔王様が謝ることなど一つもない! こいつが貧弱なのが悪いのです。貧弱小娘なのが。なにが異世界人だ。この世界の人間よりも貧弱なんじゃないか? 貧弱貧弱ゥ!!」
うーん、この後ろから聞こえるうるさめんどくさい声は、もしかしてもしかしなくても……。
「カダ」
「カダ様、だ」
(しっ、しつっこぉい!)
振り返ると、見下すような眼でこちらを見ながら、カダはふんぞり返っていた。
絶対に、永久に様なんてつけてカダを呼ぶことはないから、諦めてほしいのだけれど。
「私も、小娘じゃなくて、シズク」
私がそう言うと、カダは鼻を鳴らして呆れたように笑った。いちいち腹が立つ。
「フン。お前は当然私に様もしくは卿などを付けて呼んで然るべきだ。だが、上位種族の私は人間の小娘の名前など、覚える必要はない。一生小娘で十分だ。小娘小娘ェ!!」
シンプルに、顔面をぶん殴りたい。ワンツー連打してその両頬骨を粉砕してやりたい。砕けた頬骨を取り出して、この世界の世界地図を作るのだ。その骨でできた地図なら、ナエみたいにこの世界のありとあらゆる場所を、正確にインプットできそうな気がする。
――だが、私はカダが私の名前を憶えてないというのは、嘘だと知っている。
「呼んでたじゃん。玉座の間で何回も。名前を呼んでたことを覚えてないってこと? 痴呆症、もしくは疲れが溜ってるのかもしれないから、ちょっと長いお休みを貰った方がいいんじゃない? 病院に相談してみたら?」
私がその間、親衛隊長代理として、モカ様を守ることにすればいいんじゃないだろうか。そのままカダが戻ってこなければ、尚良し。
う~ん、我ながらグッドアイデア☆と、自分のアイデアにニヤニヤしていると、カダがプルプルと震えながら叫ぶ。
「誰が痴呆だ!!」
「昨日の夜ご飯は、何を食べましたか? できる限り思い出して下さい」
「はぁあああああああ!!?? 何の質問だ!!」
カダが髪の毛を逆立ててギャンギャン吠えてくる。
(逆立った髪の毛を引き千切りたいなぁ。藁人形に詰め込むんだ)
「カダを怒らせることにかけて、シズクの右に出る者はいないな」
「そうですねぇ、魔王様。こんなに的確にカダの逆鱗に触れるどころか叩き割っていくなんて。こんな逸材今までいませんでしたよぉ」
「まあ、シズクにつっかかるカダが悪いのだ」
モカ様が、ククク、と笑いながら間に入ってきた。キュルムもなんだか楽しそうだ。
「魔王様、やっぱりこいつは、人間の村に放ちましょう」
カダがきっぱりとそう言う。
私につっかかるカダが悪いってモカ様が言ったんだけど? 聞いてた?
私が何もない時にカダに絡んだことなんか一度もない。喧嘩を売ってくるから勝っているだけだ。あ、間違えた、買っているだけだ。
それに放つって、私は家畜か何かか。
「落ち着け、カダ。お前達の掛け合いは中々楽しいし、もっと聞いていたいが、もうあの二人をもてなす準備はできているのか?」
「は……はっ、万全に進めております。ところで魔王様、珍客とは一体?
「いや、四星老ではない。勇者と魔法使いだ」
「なるほど、勇者と魔法使いでしたか。それはまさしく珍客。丁重にもてなさねばなりませんね。…………え? ゆうしゃと、まほうつかい?」
「そうだ、勇者と魔法使いだ」
「え、あの、そういう名前の誰かですか? ユー・シャと、マホ・ウツカイ?」
「そういう名前??? いや、我を倒すべく旅をしている職業勇者と職業魔法使いだ」
ぽかんと口を開けて、顔の筋肉が全部緩んだような間の抜けた顔のカダ。
カダって、あんなあほみたいな顔ができるんだなぁ。ずっとその顔なら、もう少し親しげもあるものを。
ただ――スマホがないのが本当に、本当に悔やまれる。コンビニでプリントして、あの顔をそこらじゅうにバラ撒いてやるのに。あ、コンビニもなかった。
私は、その顔を画像に残せない悔しさを隠して、キュルムにひそひそと話しかける。
当然、先ほどカダの口から出てきた、あの言葉についてだ。
「四星老って?」
「そうね、シズクにその名前は教えてなかったわねぇ。ステージの舞台袖で、私達と相容れない好戦的な魔物たちがいるって話をしたでしょぉ?」
「ああ、うん。あの昔ながらの破壊と絶望を好む的ポジションの魔物、だよね? モカ様が強いから一応表面上は静かだっていう」
「そうそう~。その反体制派のトップが四星老って呼ばれてて、先代様の遺志を継いでいるのは、こちらだ的な感じなわけぇ。先代様も、どちらかというと破壊思想の持ち主だったしぃ。元は私達の前、一世代前の旧六魔天将で、二人死んでて四人だから四星老って呼ばれてるのよぉ。今の魔王様はモカ様なんだから、先代の遺志なんか関係ないのにね~。まあ、老害ってやつよぉ」
うーん、まあ確かにそれは頭痛の種にもなる。
こんなことを言うと冷たいかもしれないけれど、そんなに心酔していたなら、先代と一緒に死ねばよかったんじゃないかと思う。
新体制に迎合するということは、旧体制に慣れていた者には難しいだろうが、必要な事でもあると私は考えている。結局、国の流れを作るのは、国のトップ。トップの考えを受け入れられないなら、正直他の国に行けばいいと思うし。
まあ、事がそんなに簡単ではないのも、なんとなく分かるけれど。
だって確かにモカ様が先に死んで、その遺志を継いでほしいと言われたら……、四星老みたいになっちゃうかもしれない。
「で、滅多に城に顔を出さないんだけど、まあ一応魔王様の支配下なわけだから、ごくごくたま~に顔を出すことがあるのよぉ。向こうの一方的な言い分や小言を尤もそうに喋り散らかして帰るだけなんだけどぉ。一応は実力者なわけで、それなりのもてなしが必要なのよぉ。カダは、その四星老の誰かだと思ってたみたいねぇ」
「ふたを開けてみれば、実際は本当の宿敵である勇者と魔法使いだったと」
「ええ、カダがあんな顔になるのもしょうがないと思うわぁ。今日六魔天将の招集が掛かるまでは、勇者はイハテ村にいたわけだし。なにがどうなって魔王城にいるのか、さっぱり分からないものねぇ」
あほみたいな顔のカダは、その顔を完全には元に戻すことができないまま、目をキョロキョロと落ち着きなさげに動かして、混乱した思考をなんとか正常化しようと試みているようだった。
「カダよ、お前ここにいて大丈夫なのか? 仕上げは当然お前がするのだろう?」
「えっ、あの……は、はい」
「そうか、ではもう二人を呼んで良いか?」
「では、仕上げに取り掛かるので下がります。中で仕上げが終わっていると思うので」
「??? うむ」
カダが何を言ってるのか分からない。
会話が通じているのかいないのか不明なまま、カダがモカ様に一礼して、その場からぎくしゃくと去っていく。それを眼で追いかけると、その先は厨房のような場所だった。
私は、ここでやっと周りを見渡すことができた。
綺麗に磨かれた10ほどの木の四角いテーブルと、それを囲む様に同じ作りの椅子が数十脚。テーブルには白いテーブルクロスが掛けられ、中心に可憐な花が置かれており、壁にはいくつかの絵画が掛けられている。カダが入って行った奥の厨房のような場所では、何人かの人間が忙しそうに調理を進めていた。
(ん、人間……?)
魔王城に、私以外の人間はいない筈だ。
恐らくあれは魔法の掛かった魔物たちなのだろう。。
「えと、モカ様、この場所は?」
「見ての通り食堂だ。城の一階にある。あの二人はここで食事を摂らせて、部屋に直接飛ぶ」
「部屋で食事した方が、まだリスクが少ないんじゃない?」
モカ様は、キョトンとこちらを見つめ返す。
「そうか、部屋で食事を摂らせるという方法があったか。この城の者はみな、食堂で食事を摂るものだから、部屋の中で摂るという概念がなかった。だがまあ、厨房の皆も幻影魔法はしっかり掛けているようだし、大丈夫だろう」
「そっか」
この城の中に住んでいる魔物にはひきこもりはいないんだなあ、健全魔王城。
だが、この城のみんなが一斉にこの食堂に来たら、絶対座れないと思うが、どうなのだろう。
「食堂は第一、第二、第三と三つある。一階はエントランス以外はほぼ全て食堂だ。ここは第一食堂」
「そうなんだ。なんで分かれてるの?」
「毎日同じようなラインナップではやはり飽きるだろうと思って、系統の違うものを出す様に、そして雰囲気も違う部屋にして三つに分けているのだ」
和・洋・中的な配慮までされているとは……。至れり尽くせりだな、魔王城。
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