第30話 彼らの潜在能力
わたわたと、風呂から出ようとするソラと、それを追いかける様に続くナエ。
だが、外に出すわけにはいかない。いつどんな魔物と出逢うか分かったもんじゃないのだから。
(というかなんで彼らはもう一度『
「ちょ、ちょっと! 外に出ないで!!」
「えっ!? な、何でですか!!」
剣とタオル一枚のソラが目を塞いで振り返って、そう訊ねてくる。
「なんでって……! その……ふ、服もないのに!! そんな剣と杖だけ持ってる姿で、外に出てどうするつもり!?」
「「……!!」」
しょんぼりと、こちらを決して見ない様に自分の今の姿を見下ろすソラ。その姿を見てポロポロと涙を零して泣き出すナエ。
「ううっ、ごめんなさい~。私のせいでソラ様が
「なんで僕が捕まる前提? そんな伝説、僕も作りたくも伝えられたくもないよ!?」
全裸で捕まる勇者の話は、伝説にはなりえないと思うし、むしろ伝説に傷がつくだろう。
私は、猥褻伝説って韻を踏んでいて小気味良いなと、ひっそりウケていた。
「だ、だってタオルもここの物ですから、勝手に持って帰る訳には……」
「それはそうだけど……。い、いや何か服を買って、それで、ええと……」
「服を買うお金、ソラ様持ってないですよね?」
「……うん。手持ち200ネル」
200ネル!!
その、聞き覚えのある金額に興奮した。
モカ様の想像話の所持金がドンピシャで当たっているのが、むしろびっくりしたからだ。
まあ、その駄菓子を買える程度の所持金では、多分服は買えなさそうだ。というか、魔王城に服は売ってないとは思うし。
……宝箱を探せば凄い防具がありそうではあるが。
それにしても、200ネルとは。
トーナ村につくまでに何匹か魔物を倒したとしても、そんなにお金にはなってなかったらしい。最初も最初、超序盤の魔物だし、仕方のないことなのだろう。
「私はありますけど?」
ふふん、と鼻を鳴らすナエ。
意地の悪いこと言わないで貸してやれよ。
ずっと一緒に冒険するんだから、返してもらう機会も無限大だろうが。
「えっ、どこに?」
「あっ」
「「……」」
……うん、お金も服と一緒にトーナ村に置いてきてるね。
絶望でしょっぱい顔をする二人に、少し同情の念さえ湧いてくる。
ただ、正直、二人がどんな気持ちだろうとどうでもいい。とにかくここから外に出ないで欲しいだけだ。
「とにかく、もう一度元の場所に戻ったら?『
「は、はい、多分あります~。『
――そうきたか。
そうか、そうだよね。魔王であるモカ様と違って、この二人は冒険者として駆け出し。『
それで歩いて戻ろうと、場所を聞きたがったのか。
「……モカ様」
「うむ、シズクの考えていることはなんとなく分かるぞ」
名前を呼んだだけなのに、自信ありげな表情で、力強く頷くモカ様。
モカ様は、湯船の縁に手を当ててこっそりとどんこ婆と連絡を取った。
その時点で、私の考えていたこととモカ様が思い込んでいる事とが、絶対に違うということが分かる。モカ様は、一体何を考えているのだろうか。
「どんこ婆、聞こえるか? 壁面通信で頼む」
『はいはい、魔王様。どうしたきの~?』
「ん? どんこ婆、語尾変えた?」
そんな、髪切った? みたいなノリで。
『あ、気づいたきの? シズクの提案きの~』
「そうか、これでまた魔界の憂いが一つ減りそうだな、嬉しいぞ」
『そうならいいきのが。ところで魔王様ご用件はなにきの?』
「あ、そうだった。どんこ婆、部屋を一つ用意してくれ! 食堂を一つ貸し切ってもてなす用意もだ! 思わぬ珍客の来襲だ!」
『珍客きのか~。客室は今日開いてるから大丈夫きの~』
どんこ婆の返信は、湯船の縁の岩から骨伝導のように体に響いてくる。私がモカ様の隣にいるからだろうか?
どうやら勇者たちには聞こえていないようだ。部屋全体に響かせるほかに、こんな風に他の誰かに聞かせない様にもできるのかと感心する。
ホントに便利だな、どんこ通信。……そんな名前なのか知らないが。
「うむ、万事抜かりのないように頼んだぞ!!」
『かしこまりきの。こちらで色々と手を尽くしきの』
そう告げて、どうやらどんこ通信は切れたようだ。
私は、モカ様の選択に驚きを隠せなかった。
「モカ様、あの二人をここに泊めるつもり!?」
「……? えっ? 一日休めばあのナエとかいう娘の魔力も回復するし、それが良いかと思ったのだが。シズクもそのつもりだったのではないのか?」
「いや、私は……モカ様かキュルムがナエちゃんに魔力を少しあげればいいんじゃないかなって……。ほら、私が蒼い炎を出した時みたいに。魔力の補助をして二人だけ飛ばすとか、出来る……よね?」
できないのかな?
「あっ」
……やっぱりできるんだ。
「それに別に彼らだけ送らなくても、もし行った事があるならモカ様かキュルムが二人を送って戻ってきてもいいよね?」
「うっ」
モカ様は心臓を抑え顔を伏せて、痛そうな顔をした。
「いや、だがどんこ婆はもう動き出しただろうし……魔王が勇者の補助を直接するって、おかしいと思うし……」
モカ様がもごもごと、らしくなく口籠る。
「でもほら、今すぐ止めれば――」
「その、それに……我は興味があるのだ、あの二人に。ずっと、本当は宝玉越しではなく、逢ってみたいと思っていた。……我を倒すべく生まれた人間に。話を、してみたいのだ」
「モカ様……」
切なそうな顔でそう言われては、引き下がるしかない。
ずっと、宝玉越しに覗いていた勇者。
宿敵だからこそ、モカ様は勇者に対して、私が考えている以上に何か思う所があるだろう。何かとは断定できないが、それはきっと勇者に対して、本当は魔王が持ってはいけない感情ではないだろうか。
しかしもう持ってしまっている
ただ――それはもしかすると選択の中では最悪かもしれない。
モカ様の持っている感情が、消化されるどころか膨らむだけの可能性の方が高いから。
それに比べて、特にモカ様のように彼らになんの思い入れもない私は、あの二人がどんな力を持っているのか、その辺りを詳しく知りたいから、すぐに帰すのは勿体ないとは少し思っていた。
だが、ここが魔王城だとバレるかもしれないリスクと照らし合わせれば、長く留まらせることは難しいと踏んでいたのだ。
これは、チャンスでもありピンチでもある。
なにせ、彼らがどんな能力を持っているか分からないということは、いつ何がバレるかこちらにも予想がつかないということなのだから。
「なに、奴らには宝玉がついて回っているのだ。宝玉越しに見て聞いて、ここが魔王城とばれない様に立ち回ればよいだろう。ただ、小声で話されると流石にマイクも音を拾えないから、その辺りは難しいが」
「う、うん……」
「あの……?」
不安そうに、タオル一枚の勇者とその背後から裸のナエがこちらを見つめている。
モカ様は湯船の中で彼らの方に振り向いて、にっこりと微笑んで告げる。
「ここは我の所有する宿なのです。魔法で帰れないというのであれば、部屋を用意させるので一泊していっては? そうすれば、魔力も回復して明日には元の村へ飛べるでしょう?」
「えっ、で、でもそんな、悪いですよ!!」
真っ赤な顔でソラがそう言うと、ナエも同意する。
「そうですよ! そ、それにその……、こんな立派な露天風呂のついているお宿ですから、宿泊費も高いですよね?」
お金の心配とはナエはちゃっかりしている。
だがナエからは、出来れば一泊させてもらえたら嬉しいという感情が少し漏れている。目線が落ち着かない。
本当は泊まりたいと思っているなら、話は早い。
「いいや、我は勇者を応援している。無料で結構ですよ。それに、この秘湯マオジョバスは秘湯中の秘湯。本来初めてであれば紹介者同行の上、決まった場所から宿の者が転移で連れてくるのです。あなた方が自分の足でここから出られてしまっては、他の方にこの場所を知られることになるかもしれない。それは避けたい」
演技掛かった固い声で、モカ様は二人に向かってそう言う。
弾かれたように、ナエは反論する。
「えっ、そんなっ! 私達この場所の口外なんて……!」
「されないかもしれないが、されるかもしれない。確証はない。ならば、今日はこの場所が一体どこなのかということを知らないまま部屋の中にいてもらい、明日回復した魔力で元の村に魔法で戻っていただいた方が、こちらとしては安心できます」
なるほど、これで二人は外に出られなくなった。頑なにこの場所がどの辺りなのか答えなかった理由にもなる。
「わ、分かりました。そういうことなら、こちらからお願いします。僕たちを泊まらせて下さい……。でも、本当にいいんでしょうか? そこまで甘えてしまって……」
「ええ、もちろん。こちらがそれを望んでいるのですから。どうしても気にかかるとおっしゃるのでしたら……そうだ。お二人のお話を食事がてら聴かせてもらえませんか? 勇者の冒険譚なんて、本でしか読んだことがありませんから。本物の勇者のお話を、聞いてみたいのです」
「そんなことでいいのでしたらいくらでも……。とはいえ、まだ冒険も始まったばかりで、冒険譚と言えるほどの物語もないんですけど」
ソラはそう言って、苦笑する。
(謙遜でもなんでもなく本当にそうだよね。勇者は冒険が始まって今日まで村の前で、延々ドラゴンキングに殺され続けていただけだもんね)
「服も用意させましょう。男女の服も脱衣所に用意しておいてくれ」
『はいきの~』
モカ様はにやりと笑うと、再度どんこ婆に連絡を取り脱衣所に服を用意するようにと告げた。さも、風呂の外に誰かがいるのだという風に、大きな声で。それに対しては、どんこ婆は木塀の外から声を響かせて対応した。できるきのこ過ぎない?
「さて、突然の事なので準備に少し時間がかかりますし、お二人はもう少し温まってください。ああ、女風呂なので気が引けるという話でしたが、今日は女性の宿泊客はおりません。お二人が出るまでは誰も入らない様に厳命しておきます。我らは出ますし、お二人だけですから御心配なさらず入っていて下さい。また、準備が出来次第お呼びします」
モカ様はそう言って、堂々とふしぎなゆげにまみれながら出て行った。勇者は目を自分で塞いでいた。紳士なんだな。
本当は全てのお湯を制覇したかったところだが、私もそれに倣ってついて行く。キュルムも、血の涙を流しそうな目をしながら、名残惜しそうに付いてきた。
ただ、ふしぎなゆげで見えないのは分かっていても、男性の前を裸で通過すると言うのは、ものすごく勇気がいった。
だって、私のタオルは、勇者の腰に巻かれていたから。
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