第29話 そのパーティトラブルメーカーにつき

 やっと意識を取り戻したらしく、目の焦点がちゃんと合っている勇者が、私達の方を見回す。

 なぜかその途中彼はぎょっとした表情で、私を二度見した。一度さっと視線を外した後、弾かれるように確実に私を見た。

 私は、彼と逢ったことはない。

 なのになぜそんな反応をされるのか分からず、私が首をかしげながら勇者を見つめ返すと、勇者はなにか思案するような複雑な表情のまま顔を背けた。


「???」


 その勇者のおかしな態度に、モカ様もキュルムも何かを感じたのか、私の顔をじっと見つめてくる。二人の視線が突き刺さってきて痛い。


(なんなの!? なんで私との間に何かありそうな態度を取る訳!? 勘弁してよ、ほんとに)


 勇者と繋がっていると思われるだけで、事実無根だろうが疑わしきものは罰しとけくらいの気持ちでキュルムが、いやもしかすると他の六魔天将も、私を殺そうとするかもしれないのに。

 なんだか、少しキュルムの気配が変わったような気がして、私は気を引き締める。狙われている様な……そんな感覚だ。

 改めて、自分の立ち位置の綱渡り感を自覚する。 


「ソラ様! 気が付いて良かった~! ごめんなさい、私あの、魔法を失敗してしまったようで。『転移レドア』で知らない土地に……」

「あ、そうなんだね。うん、いや、でもナエだけのせいじゃないかもしれないし、別にそれはいいんだけど、ええと……その、ここって女湯……だよね?」


 ちらりと湯に浸かっている私たちに目を遣って、また背ける。


「えっ? ……ここって、女湯ですか?」

「うん、まあ……」

「!!」


 その返事を聞くや否や、ソラは真っ赤な顔をしてクルリと反転し、ザバザバとお湯から出ようとする――が。

 まだ、転移酔いから回復したばかりだったからか、動揺しすぎたせいなのか、彼は湯に足を取られて豪快に転んだ。


「ああっ! ソラ様! 危ないっ――!」

 

 それを横から支えようとするナエ。

 しかし非力な彼女では勇者の体重を支えきれず、私達から数メートル離れた場所で、彼らは二人仲良くお湯の中にまた沈んだ。

 数秒立って、彼らが浮いてくる。


「ぶはっ! ごめん、ナエ……だいじょう……ぶ……?」


 ソラが、ナエを支えながら湯から体を出す。

 すると二人を見るキュルムの目がいきなり血走った。

 その一挙手一投足を見逃すまいと、彼女の瞳孔は大きく開き、興奮からなのか少し震えてさえいる。

 それもその筈、ふしぎなゆげで隠れているとはいえ、ナエを抱きかかえる勇者の左手はナエの控えめな胸の膨らみに間違いなく触れている。

 しかしその様子は私達には見えてはいない。

 ふしぎなゆげはこちらの心配などどこ吹く風、まさに鉄壁だった。湯気なのに。

 間違いなく見えていないのだが、キュルムは、彼女にだけはもしかして見えているのかもしれないと錯覚するほどの、鋭過ぎる眼光を向けているが。


「あっ、あの、えと……は、はい。あの……大丈夫ですけどその……、ソ、ソラ様の……手が……、ひゃうんッ」

「っ……! ごめんっ!」


 ぱっ、とソラはその手を彼女から離した。

 たったそれだけの出来事だったのに、キュルムは息苦しそうに荒い呼吸をして、息を飲む。


「はぁ、はぁ……。す、すごいわぁ。こんな古典的で自然なおっぱいの触り方ある? しかも、手を離す前に二揉ふたもみしていたわぁ。なんて恐ろしい技術ワザ……!! サキュバスもインキュバスも真っ青よ。流石勇者としか言いようがない。アタシ、本当に彼に勝てるの、あの勇者に……!?」


 世界に浸った独り言は、聴こえない様に言ってくれないかな?

 もしかして聴かせてるの?


「……」


 バトルものにありがちな解説者ポジションかよ、とツッコみたくなる独り言を言うキュルムを傍目に、なぜかモカ様は勇者と魔法使いを見ながら険しい顔をしていた。

 目線は、どうやら勇者よりも魔法使いの方に向いているようだ。


「モカ様、ナエちゃんの事、気になるの?」

「ああ、我の予想が正しければ……、あの魔法使いは……」

「んくぅ……! ああっ、らっ、らめぇっ!! ア、アタシはサキュバスクイーンよぉ!! 男は屈させるもの、勇者の持つ大剣に、屈したりなんかしないっ!」 


 ――下ネタクイーンがやたらうるさい。


 気付けば、キュルムはそのまま勇者との妄想プレイへと突入していた。ハアハアうるさい上に下ネタじゃない、と言われてもギリギリ通りそうな変換が、無駄に腹立たしい。

 目を瞑ってお湯の中で一人で体をくねくねさせているキュルム。

 放っておきたかったが、止まりそうになかったしエスカレートされても困るので、一回強めに頭を殴っておく。


「はぐっ!?」


 やっと黙ったところで、モカ様との会話を続ける。 


「モカ様、ナエちゃんが、なに……?」

「恐らく、とんでもない逸材だ」

「えっ!? あの、ドジッ娘魔法使いっぽい、ナエちゃんが……?」

 

 だが確かに、最初はうまく魔法を使えない魔法使いが、最終的に大魔法使いになって、世界に名を轟かせるという展開は、王道且つよくあるパターンだ。ましてや、彼女にも女神の加護があるということは、そのパターンに当てはまる可能性が非常に高い。


「ああ、そうだ」

「えっ、でもなんでそう思うの……?」


 胸を揉まれてしまい、顔を紅くしながら、ソラを見つめるナエ。

 同じく顔を真っ赤にしながら、謝っているソラ。

 ちょっとしたとらぶるに違和感を覚えたが、何の変哲もない、冒険者パーティに見える。

 二人から目を離さず、モカ様は続けた。


「前にも言ったことがあると思うが、『転移レドア』は行った事のある場所にしか飛べない。魔法の発動に際し、その目的地の場所の『座標マーカー』を魔法式に組み込んで初めて成功する魔法だ。他の場所、ましてや知らない場所に飛ぶことなど、。――例えば我が行った事のない場所の、でたらめな座標を転移魔法式に組み込んだとしよう。その場合は100%失敗する。魔力だけが消費され、どこにも飛べはしない。転移座標は、場所を示す単純な数値ではなく、その場所での経験が合わさらなければ座標として機能しないのだ。ただ、その『座標マーカー』の正体がということまでは分かっていない。目的地の視覚情報、嗅覚情報、触覚情報、聴覚情報、そのどれか、もしくは複数……なのではないかと睨んでいるが……。いや、話が逸れたな。とにかく、あの魔法使いの使っている魔法は、転移場所が予定と違うとしても発動はしている。つまりこの世界にこれまであった魔法の理を凌駕りょうがした新しい魔法、という結論に至るほかない。『転移レドア』として発動させているつもりのようだが、恐らく構成がこれまでの移動魔法ものと全く違うのだ」

「そんなことが……ありえるの?」


 モカ様が肩を竦める。 


「目の前で起こってしまったのだから、そう考えるほかあるまい。今は、魔法の失敗は自分がドジなせいだからだと思い込んでいるようだが……。――女神が選んだだけあって、あの魔法使い、潜在能力にかけては恐らくこの世界で一番であるのは間違いないだろうな」


 あのおろおろと、頼りなさそうなナエが……。


「今のところあの二人だけのようだが、他にも恐らく勇者のパーティメンバーは増えるだろう。他の者も、何かしらの特殊能力を持っていると思うと、空恐ろしいな」

「あ、勇者の名前がソラだけに?」


 しらっとした顔で見つめてくるモカ様。目をチカチカさせていたキュルムが、こちらを見てにやりと笑う。

 ――なんだろう、バカなことを言った私が悪いのに、キュルムを殴りたくなった。

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