第28話 しっぽり湯けむり露天風呂 2

「なっ、なんで勇者がいきなりここに現れたの……?」

「それは、こっちが知りたいんだが……」

「とりあえずぅ、私達が人間に見える様に適当な幻影魔法掛けておきましたぁ」


 ひそひそとモカ様とキュルムと喋った後、固唾を飲んで向こうの次の出方を見る。

 柚子色の魔物は、何かを察したのか、湯船の外に落ちたままピクリとも動かない。

 勇者は、黒い髪の可愛らしいイケメンだった。これまた、私の好みではなかったけれど。少し大きな茶色い瞳、すっきりとした目鼻立ちは、どこか幼さもあってくど過ぎない。

 カダのように嫌み過ぎることのない、ほどほどの万人受けしそうな顔だった。体は鍛えられていて、美術室の彫刻を思い出す。

 顔と身体のアンバランスさが、なんだが可笑おかしかった。

 杖を持った魔法使いらしき女の子は勇者と同じ年頃、つまり私と同い年程度に感じた。

 濡れてしまった金糸のような長髪の毛を軽く後ろに流して、長い睫毛に縁どられたアクアマリンのような色味の大きな瞳をこちらに向ける。

 体の方はふしぎなゆげごしに見ても控えめな感じで、言っては何だがふくらみの方はモカ様よりも大きいといったところだろうか。手足はすらりと長く、全体的に細身だ。

 モカ様ともキュルムともタイプの違う、お淑やか系美少女だ。

 杖を持った女の子はおどおどとこちらを見ながらお辞儀をした。

 

「あの、突然お邪魔してすみません。こちらは、勇者ソラ様。私は一緒に冒険をしています、魔法使いのナエと申します。ここは、一体どこでしょうか?」

「えっ、ええと……」


 魔王城です。

 とは言えず、口籠る。


「クックック、我が教えてやろう……。ここはまお――んもがもが」


 咄嗟にモカ様の口を塞ぐ。

 モカ様は、普通にバラす気がしたから。


「まお――? ……あら? えっ、あ……? ……えっ?」

「……?」


 ナエは、こちらを落ち着きなさげに見た後で、自分の体へと目を落としたかと思うと、ぺたぺたと触ってから、「ひゃあっ!?」と、声を発してしゃがんだ。

 自分が裸であるということに、やっと気付いたらしい。

 その後、先ほど一言発した後ぼんやりと空を眺めていた勇者に目を遣って、その大きな青い瞳を更にこぼれんばかりに開いて叫んだ。


「まっ、まさかっ! そっ、ソラ様の勇者的部位ヒロイックシンボルも、丸出しなのでは!?」


 ――魔界中に響くのではないかと思うほどの大声で。


 実際は多分、そこまで大きな声ではなかったのだと思う。しかし内容が内容なだけに、それは普通より広範囲に響いたように感じた。

 心の中でだけ叫んでほしかった。

 ふしぎなゆげで隠れている以上、恐らくナエの言うとおり丸出しなのだろう。いや、ふしぎなゆげがあるから逆に丸出しではないのか?

 まあとにかく、布的なものを纏っていないのは確実だ。


「サキュバスアイで見たところによると、ソラ君の自前のソードは対女性に使用の痕跡なし。ナエちゃんも清らかなままで間違いなさそうねぇ」


 おい、なにぶっ込んできてるんだ。サキュバスアイ使うのやめろ。

 サキュバスアイとやらが何か知らないが、多分想像通りのスキルなのだろう。

 

「ど、どなたか……タオル、タオルを……!! このまま、勇者様の伝説の剣が丸出しのままでは、勇者様の沽券に係わりますっ……!!」


(なんでその言葉を選んじゃうの、この子)


「えっ、股間?」


 キュルムがそう反応する。

 ほら~、ここにエロの権化、エロの化身、エロテロリストキュルムがいるんだから間違いなくそうなるよね。


「沽券じゃありません、股間ですぅ!!」

「「「!?」」」


(えー!? 嘘でしょ!? そんなベタにボケ乗せてくる!?)


「いや、沽券だから。タオルね、はい」


 私は、傍に置いてあったタオルを投げてやる。ナエはふしぎなゆげのおかげか、思ったよりも時間がかからず、勇者の足と足の間にある生まれ持った武器を隠すことに成功した。

 ふしぎなゆげがソラの周りから消えて、逆に心もとなくなった気がする。

 他力本願だが、もしもタオルが落ちても、ふしぎなゆげがきっと何とかしてくれるだろう。


「改めまして、ここは一体どちらの温泉なのでしょうか?」

 

 まだぼんやりと視線の定まらないソラを放っておいて、彼女は執拗にこの場所がどこかを知りたがる。こちらとしては、なぜここに二人がいるのかの方が聞きたいのだけれど。


「教えてやろう、ここは知る人ぞ知る秘湯。まおじょんもがもが」

「まお、じょ……?」


 あっさりとばらそうとするモカ様の口をもう一度塞ぐ。

 どう考えたって、今この時点で彼らがここにいることや本当のことを教える利点など、一つもないというのに。


「秘湯マオジョバスよぉ。知らない?」


 どう答えたらいいか考えていた私より先に、キュルムが答える。

 あ、咄嗟に出たにしてはいい名前だね。


「マオジョバス……? まあ! 私、勇者様と旅をするにあたって、この世界の地名を全て覚えているつもりだったのですけど、そんな地名聞いたことがありません! 本当に、知る人ぞ知る秘湯なんですね!」

「う、うん。そう……」


 嫌でも目が泳ぐ。

 だって、ナエの言うとおりそんな地名はもちろんないし、ナエの瞳が真っ直ぐすぎて眩しいから……。世界の地名全て覚えてるってさりげなく凄いな。

 しかも知る人ぞ知るっていうか、この場所にお風呂があると知っている人間という種族は恐らく私だけだったというか……。私は異世界人だし、きっとこの二人が、この風呂に入った初めてのこの世界の人間で間違いないだろう。


「でも、そうですか、やっぱりここは……カルトルではないのですね……。カルトルにこんな見事な露天風呂はなかったはずなので、おかしいと思いました。しかし知らない土地となると、困りました……」


 ナエはそう呟いて顎に手を当てる。しっとりと湯の中で考え込む美少女。絵になるなあ。お湯から杖が覗いてるのが違和感が凄いけど。


「あのう、重ね重ねお尋ねして申し訳ないのですけれど、サラエマール大陸の東にありますトーナ村、もしくはカルトルまで、この秘湯マオジョバスからどのくらい距離がありますか? 大分遠いですよね? 一日歩けば着く程度の距離だと嬉しいのですが」

「トーナ村……? カルトル……???」


 この世界の地理に疎い私に、キュルムがひそひそと教えてくれる。


「勇者の最初の目的地、がトーナ村。勇者が生まれた場所、イハテ村の西隣の村よぉ。で、カルトルはトーナ村の更に西にある大きな街。後で地図を見せてあげるわぁ。勇者がトーナ村に着いたし、その村で魔法使いのナエが仲間になったということでしょうねぇ」

「んも、もがが、もんも」


 ふむふむ、なるほど。では一体なぜそのトーナ村にいるはずの勇者と魔法使いが今、旅の最終目的地である魔王城に? 

 ――ん?

 あれ、私何か重要な事を、今思いだしそうになった気が……。勇者って一人でいた時も、本当にっけ?


「んも、んも! んも――っ!!」

「も~、なんですかぁ魔王様。ちょっと静かにして下さい」

 

 怒るキュルムを気にせず、パンパン、と目線を上に上げて私の手を叩くモカ様。

 手を離すと、モカ様は空をすぐさま見上げた。そこには――。


「視聴者の子どもたちにこんなシーンは見せられないだろう。『勇者一行ぶらり旅』は健全な番組だ!! キャメラをすぐに移動しろ!! もし勇者のタオルが落ちて、勇者の股間のエクスカリバーが丸出しになったらどうする! 副題に~ポロリもあるよ~を着ける必要が出て来るだろうが!!」

 

 だが、モカ様の言葉で思い出した。

 そうだ。キャメ、カメラだ。勇者には常に、三つのカメラ代わりの宝玉が着いて回っているんだった。


 ソラとナエに聞こえないほどの小声だったにも関わらず、そのモカ様の一言で、勇者にくっついていた三つの宝玉は、露天風呂の見えない位置へとスポーンと飛び去って星に紛れた。

 今頃、各ご家庭の宝玉は雄大な空の景色をお楽しみください状態なのだろうか。

 あれ、今更気付いたけど今なんか番組のタイトルおかしくなかった? 渋めのおじさんとかが、全然冒険と関係のない場所を訪れて、美味しいものを食べてそうな気がしたけど? そのタイトルに~ポロリもあるよ~って着けちゃったらどうなんだろうか。

 見た人みんな『ポロリするのそれかよ!!』ってツッコんじゃう気がする。

 いや、今それはどうでもいいか。

 とにかく私達三人と、勇者と魔法使いの裸は、ふしぎなゆげごしにカメラに撮られていたということだ。


(はっ、恥ずかしすぎる……)


 とりあえず、お湯に浸かって体を隠すことにする。向こうは完全にこちらを人間だと思っているようだから、戦闘もないようだし。


「あ、いきなり全裸で現れてしまったのでびっくりはされたと思うんですけど、本当に勇者と魔法使いなんです、信じて下さい」


 そりゃあ、いきなり全裸の男女が現れたらびっくりしない人はいないと思う。とらぶる的な展開があったらなあとは考えていたけど、そこに勇者は求めていない。


「えと、本当に勇者だとなにか証明できるもの……。王からの証、は服と一緒に置いてきちゃった……。えと、そしたら……あ、そうです!!」


 ナエは未だにぼんやりしている勇者の体をクルリと回転させて、苦労してその腰に巻きつけたタオルをぺろりと上に捲って見せる。

 お尻側だったからなのか、ふしぎなゆげは現れなかった。


「ちょっ……!? 何を……っ!!」

「この勇者様のお尻! よく見て下さい。複雑な模様の痣があるんです!! これ! これは女神セルンディーヌ様の紋章で、女神の加護を受けた証なんです!! 本当に勇者様なんです、信じて下さい!!」

「えっ、あ、わ、分かった。分かりました。分かったので、もうタオルで隠して」

「え~、待って待ってぇ? アタシ近眼でよく見えないから、もう少しそのきゅっと引き締まったカワイイ若尻を間近で見たいわぁ」


 よく見えてるじゃん!! 若尻ってなんだ、若尻って。

 フラフラと近付こうとするキュルムをがっと後ろから羽交い絞めにして止めた。


(なんで痣がお尻にあるの? いちいち勇者だって証明するのにお尻見せるの? ナエちゃんにも、『俺が勇者だ!』ってお尻を見せたの!? どうなの!? そんなの合法(?)露出狂じゃん!! 頭がフット―しそうだよお!!)


「そのう、信じてもらえたところで、見ず知らずの人にこんなことを言うのもおかしな話なのですが、私、魔法使いなのですけど、とにかく魔法が下手で」

「は、はぁ……」

 

 いきなり悩み相談が始まった。


「特に転移魔法が師匠もびっくりするほど下手で…。時々魔法で自分の持ち物を一緒に飛ばせなかったりして。今回も、武器は持っているのに衣服を置いてきてしまったようですし、着いた場所も目的地でもないですし……。多分、勇者様がぼんやりしているのも、私の転移魔法が下手過ぎて転移酔いをしているのだと思うんです」

 

 ああ、なるほど……?

 つまり、転移の失敗でここにいるということで間違いないようだ。

 勇者がぼんやりしているのは、そのせいだと。

 ということは、私も気が付くまではあんな感じなのかと、第三者がその状態になってくれて初めて気付く。

 でも、勇者だけ湯船に浸かってないのもなんか可哀そうだし、とりあえず座らせてあげたらいいんじゃないのかなと思った。

 が、ナエは特に気にしていない様子で勇者は置物のようにぼんやりと固まったままだった。


「転移酔いに転移魔法の上手い下手は関係ないぞ。我程の魔法の使い手でも、転移酔いを起こす者は起こすからな。なあ、シズク?」

「うん、そうだね。多分勇者の方に転移酔いの原因があるんじゃないかと思う」

「そ、そうなのですか?」

「多分ね。ここにいる、も、も、モモちゃんは、魔法が凄く得意なんだけど。私はモモちゃんの転移魔法ですごく酔うんだよね」


 流石に、モカ様と呼んでしまっては魔王であるとばれる可能性もあるので、とりあえずモモちゃんと呼んでみた。なぜか、モカ様はくすぐったそうな顔をしてにやにやしている。


「でも、そうだとしても、私が魔法が下手なのは変わりなくて……。なぜ私が女神に選ばれたのかも分からなくて……」

「じゃあナエちゃんにも痣が?」

「はい、あるんです」


 顔を真っ赤にして泣きそうな顔で、彼女は「う、内太ももに」と話してくれた。

 その言葉に目を光らせたのは、もちろんキュルムだ。


「え~、そうなのぉ? 内太ももにぃ? お姉さん、見たいな~? ややっ!? 勇者は勇者だって証明できたけど、ナエちゃんは本当に女神の加護を受けた魔法使いなのかなぁ!? お姉さん、イマイチ信用できないなぁ???」

「!!」

 

 ナエはプルプルと震えながら立ち上がろうとしたが、それを私が制止する。

 とりあえずキュルムのこめかみをと掴んで指をめり込ませて、静かに睨み付けた。


「調子に乗るんじゃない、このエロ魔族が」

「あっ、痛い。あっあっ、なにこれすごい痛い。ごめんなさい。めちゃくちゃ痛いです。痛い!! 痛い!! 痛いぃ~、ごめんなさいぃいいい!!」

「見せるのが恥ずかしいので、勇者様のお尻なら見せてもいいかなって、思ったんです……」

「そう……」


 さりげなく酷いけど、まあいいか。

 勇者の若尻は魔法使いの恥ずかしさ内ふとももの犠牲になったのだな。 

 偏見かもしれないが、誰よりも自分の犠牲を厭わない精神を持っているのが勇者だろうから、きっと怒らないだろう。

 そう思いながら勇者に視線を移した時、ぐらりと勇者が湯船に倒れ込んだ。


「あっ」

「っ! ぶは!! えっ、なに、これ? 水、いやお湯……? 溺れっ……っ! あっ、足が付く……」

「ソラ様! お気づきになられましたか!」

「あっ、ナエ! ここは? そして僕は一体? 宇宙?」


 いや、宇宙ではない。


―――――――――――――――――

――サキュバスアイとは

 サキュバスが持つ固有能力で、童貞か処女を見分けられるという恐ろしい能力ちから。この瞳があるら、キュルムは童貞狩りの際に安心して童貞を襲うことができるのだ!

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