第四章
第26話 お片付けは迅速に終わらせよう
モカ様のライブは、大盛況のうちに終わった。
兵士たちが帰路について、片付け作業が始まってやっと落ち着いた。
どんこ婆と話した後に会場の周りを見て回っていると、知らない間に出ていたグッズの販売も、ほぼ売り切れている。
チケット+グッズ……。
もしかして、このライブの収益で魔王城を建てたり、パーティをしたりしているのだろうか?
ただ、もちろんモカ様がめちゃくちゃ可愛いとはいえ、敵の親玉だというのに、彼らの熱狂ぶりは異常だ。魔王様であるはずのモカ様がアイドルというのもおかしいけれど、敵対しているはずの人間も人間だと思う。いいのかそれで。
……いや、いいのか。いいのだ。
可愛いは正義、そしてそれは世界の真理。
この熱狂は、ただそれが証明されているに過ぎない。
「ライブの途中で、モカ様が襲われるとか、考えてないの?」
単純に気になったので、片付け指示を出していたキュルムに訊いた。
「あらあ、もしも観客全員に襲われたって魔王様は負けないわよぉ。それに魔王様とどれだけの力の差があるかくらい、一般の兵士にだって分かるからぁ。あ、それはあっちのスペースへ入れて。それは同じ数字同士で纏めてねぇ」
忙しそうなので私も手伝いをする。文字の意味は分からなくても、同じ文字か違う文字かくらいなら分かる。
色々な魔物や亜人が片付けをしている中で、モカ様はライブが終わって疲れているはずなのに、率先して手伝おうとしている。
が、魔物たちからは、下がっていて下さいと言われて断られている。
怒られているというよりは、遠慮されているという方が正しいか。
こんなにどこから魔物や亜人たちが出てきたのだろうと思ったが……。
こんな量の魔物たちと相手してたら、玉座に着く前に勇者は色んな意味で疲れ果てているのは間違いなさそうだ。
口を尖らせながら、所在なさげにウロウロしていたモカ様が私に気付いて、パタパタと駆け寄ってくる。服装はもうアイドルのそれではなく、ゴスロリへと戻っていた。
「シズク~! 我も手伝いたいのに
「モカ様、さっきまで全力で歌って踊ってたでしょ? 疲れてるだろうって気を使ってるんだと思う。部屋に戻っていいよ?」
ガーン、と頭を殴られた様な顔で、衝撃を表すモカ様。可愛い。
「シズクまでそんなことを!! ぐむむむむ! キュルム!」
可愛いしかめっ面で、モカ様はキュルムを呼ぶ。
「は~い」
「シズクを連れて行くが良いな?」
「えっ!?」
いきなり、何を?
「いいですよぉ。もう片づけも終りそうですしぃ」
それを聞くや否や、モカ様は私の腕を取って「
ああ……、それはダメな、やつ……。
――手、足? 爪……透ける……。
まぶしい、くらい、これは、なに?
そら……、光る粒。ほし? ほし、ほし……ほし。
ゆれる、まぶしい。
ああ……みえる、あれ、は……。
「――ズク、……シズク!」
「――っ!」
心配そうな顔で覗きこんでくるモカ様と目が合う。
視線をモカ様から背景に移してみると、そこはモカ様の玉座の前だった。
「また、酔ったのか?」
「え、あ……」
「気分が悪いなら少し休め」
「いや、ええと……」
最初にモカ様にも言われた、『酔っている』という状態とは決定的に何かが違うということが、二度目の転移でなんとなく分かった気がした。
だが、どう伝えれば彼女に伝わるのだろうか。
あれは――……。
考え込む私を見て、モカ様はやはり気分が悪いのだと勘違いしたのだろう。気を使う様子で私の背中を擦ってくれた。
(本当に、モカ様の手は……あったかいなあ……)
彼女の手が触れると、心が綻ぶ。
「落ち着いたら、露天風呂に入ろう。我もライブで汗をかいたし、シズクと一緒に入ろうと思っていたのだ」
「!! ろっ、露天風呂!」
そのモカ様の言葉で、定まりきっていなかった自分の瞳孔がぐわりと勝手に広がったのが分かった。
転移のあの感覚について分かった気がしたが、そんなことは後回しでいい。
モカ様と入るお風呂以上に大切なことがあるだろうか、いやない(反語)。
「少しふらっとしただけ。大丈夫。露天風呂に行こうモカ様、確か屋上だったよね?」
大切なことは、忘れない。
「あ、ああ……。だが本当に大丈夫か、シズク?」
急にキリッとした私に、モカ様が戸惑いながらそう訊ねてくる。
彼女の心配を和らげるべく、私はこう答えた。
「私は異世界人。異世界人は回復が早いのです」
「そっ、そうなのか……?!」
驚きの事実を知って目を見開くモカ様。
異世界人であるということを自分の都合よく使っているが、異世界で生まれて育ったとしても、結局人間であるということはもちろん変わらない。デタラメもいいところだが、咎める人間がいるわけでもない。
「シズクがそう言うのなら、行こうか」
「うん!!」
(一緒におっ風呂!! おっ風呂!!! 露っ天風呂ッッッ!!!!)
テンションの高さを悟られない様に、必死で顔の緩みを抑える。
玉座の間から出て、上へと続く階段へ向かう。
「屋上の露天風呂の管理は、ウンディーネとサラマンダーがやってくれている」
「ウンディーネとサラマンダーって……水と火の精霊の?」
「おお、知っているか? そう、四大元素を司る精霊の内の二人だ」
精霊の中でもビッグネームの二人だ。精霊を魔物の括りにしていいものか、少し迷うけど、いるのならそうなのだろう。
水だけではお風呂にならないから、火の精霊もいるということか。
「そしてなんと!! 我が魔王城の露天風呂は効能があるのだ」
「えっ!? 温泉じゃ、ないんだよね?」
「そう、温泉じゃないのに!」
硫黄泉や、炭酸水素泉、硫酸塩泉、放射能泉などなど。
温泉にはその泉質によって様々な効能がある。
例えば、硫黄泉はアトピー性の皮膚炎や湿疹などに、炭酸水素泉は切り傷や冷え性などに効くのだが……。それは、温泉だったらの話で。
「我が魔王城の湯では、湯別に草系のモンスターがその力を注いでくれている」
「あっ、薬湯ってこと?」
モカ様はにんまりと八重歯を見せて笑う。
「そういうことだ。我のこのすべすべの肌は、魔王城の湯によって支えられているといっても過言ではないな」
するするとゴスロリ服のスカートをたくし上げて、ガーターベルトが眩しいその太ももにゆっくりと人差し指を這わせた。
その指の滑りから見ても、モカ様のこの肌がいかに
(魔王城の湯、すごっ!)
モカ様の若々しい肌を支え続ける露天風呂、素晴らしい。マーベラス!! トレヴィアン!!
……ん?
ふと、ずっと支えてきてはいないのではないかと気付く。
だってこの魔王城は……。
「この魔王城できたの最近なんだよね?」
「そうだが?」
「じゃあ、矛盾してない?」
魔王城がなければ魔王城の湯もないはずで。
魔王城の湯がなくても、モカ様のお肌がもっちりすべすべなのは変わりないということになるのではないだろうか。
モカ様は、私の質問の意図に気付くと、笑って答えた。
「いいや、矛盾してないぞ。先代の建てた魔王城にも、同じような数種類の風呂はあったのだ」
「あっ、なるほど。そうなんだ」
「父も風呂が好きだったからな」
「へえ」
モカ様のお父さんの話か。
そういえば、さっきキュルムにちらっとだけ聞いたけど、暇つぶしに拷問をしていたとか不穏な話だったような気が。
「拷問で付いた血をよく洗い流していた」
「そっ、そうなんだ」
そういう使い方をするのを、風呂好きと言えるのだろうか? その返事以外なんとも言いようがなく、私は黙った。
階段を登りきると小さなスペースに番頭らしき魔物が座っており、赤い
暖簾に書いてある文字が読めなくても分かる。なんだか、すごくほっこりした気持ちになった。
「魔王様、今日のライブも素晴らしかったですねえ」
番頭として座っているピンク色の魔物。のほほんとしたウーパールーパーのような魔物は、そう弾むような明るい声でモカ様にそう言った。
「ん? 聴いていたのか?」
「はい~、もちろんです。魔王様のライブはいつも欠かさず見ています~」
「その間番頭は誰が?」
「え~、誰もいなかったかもです~。魔王様のライブが観たかったんでしょうがなくないですか~?」
まさかの魔王本人を前にしてのサボり告白。
「まあ、確かにな」
ふっ、と勝ち誇ったような顔で笑うモカ様。
なるほど、この番頭はモカ様の扱い方を心得ているようだ。
「ところで~、魔王様と一緒にいらしたそちらの人間は~?」
「シズクという異世界人だ。今日エアリアルグランデの傍にいたので連れてきた」
「あら~、今度は異世界人ですか~。では、魔王様一人と異世界人一人、魔王城の湯にご案内~。…………えっ、異世界人?」
色々拾ってくるのはいつものことなのか、軽く流そうとした番頭だが、異世界人という言葉にワンテンポ遅れて気付いたようだ。
聞いといて、スルーしようとするその姿勢はどうなのか。
「ああ、そうだ! 最高に珍しいだろう!! SSRだろう!!」
「ええ~、すご~い! マジSSRですね~! ただの人間ならよく見ますけど~」
SSRって。こっちにもソシャゲがあるの?
ガチャで仲間がGET☆できちゃうの?
そういえばSSRって何の略なんだろう? スペシャルスーパーレア? ダブルスーパーレア?
しかし、モカ様が色々拾ってくるのはいつものことにしても、異世界人が珍しいのは違いないらしい。驚きながらも、もの凄くジロジロ見られてそわそわする。
「異世界人てなんか~普通の人間なんですね~?」
小首をかしげる番頭。
異世界人を何だと思っているのだろうか。
「まあいいか~。ではでは~、どうぞお入りください~」
私達は、その赤い暖簾をくぐって、やっとお風呂に入ったのだった。
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