閑話 3 争いはここにも
ライブが終わり、片付けの最中――。
腰をトントン叩きながら、休憩していたどんこ婆を見つけた。
アイデンティティの話にもなってくるので、訊こうか訊くまいかずっと迷っていたことがあった。
しかし、どうしても……どうしても聞きたくて仕方のないことを、私はどんこ婆に訊ねる。
そう、それは――、どんこ婆の語尾。
語尾がきのこって。きのこってなんだよ。
一人称のきのこは、まあ分からなくはないが。
「どんこ婆、気を悪くしないでほしいんだけど、その語尾言い辛くない?」
「言い辛い??? 別に言い辛いとか考えたことはないきのこねえ」
きょとんとした表情で、そう返すどんこ婆。
やっぱり彼女にとってはこの喋り方が普通なのだ。
だから異世界人の私なんかに言われるのは少し心外だったかもしれない。
だが、どんこ婆はにこっと笑って、それを流してくれた。
「同じことを他の六魔天将にも、確かに言われたことがあるきのこ。語尾にきのこってどういうきのこと」
「うん、まあ……聞いてるとすごく言いにくそうだから」
あと、きのこのつく法則が全く分からない。そこに入るの? って時々思う。
「そんなことないきのこけどねえ?」と、頭のまいたけをわさわささせてどんこ婆は首を傾げる。
「三文字っていうのが、言い難い原因なんじゃないのかなあ。だってほら、普通はずら、とかだべ、とかじゃ、とか。二文字が多いし」
しつこいと思われそうだったが、更に突っ込んでみる。
「だから、語尾をきのこじゃなくてのこにするとか――」
「それはできのこ!!」
「!?」
そう提案した瞬間に、どんこ婆に強い反発をされて、私は
眼は鋭く刺さるように光を帯び、今すぐにでも彼女が私に対して戦闘を始めそうなオーラを感じた。冷や汗がツツ――と落ちる。
(えっ、なに? 私そんなに悪いこと言った?)
私の
どんこ婆が我に返った瞬間に、私の冷や汗も止まったけれど、ものすごく怖かった。殺されるかと思った。
「あっ、すまないきのこ……。シズクには関係ないきのこに……」
「ううん、ごめん……こっちこそ。なにかのこを使えない理由があるってこと?」
どんこ婆は、何か言いたげな表情で私を見上げて、逡巡する。しかし、それも一瞬で、もごもごと口を動かしていたかと思うと複雑な表情で彼女はこう言った。
「異世界人のシズクには、言っても分からないかもしれないきのこ……。だから、その……」
やはり、口籠ってしまう。
「……そっか。でも理由は無理に訊かないけど、私がこの世界のことをよく分からないからこそ、喋ると楽になるかもしれないよ?」
普段温厚などんこ婆が、あれほど激昂するようなことだ。語尾をのこにすることができない、きっと何か、私には計り知れない深い理由があるに違いない。
すると、どんこ婆は言い難そうにぽつりぽつりと話しだした。
「……語尾ののこ使用権については、使用を巡って、きのこの種族である
んん……? きのことたけのこ?
「こんな戦争は、もう終わらせたいときのこも、たけのこ族の長も思ってきのこけど……。一部の過激派や血気盛んな者たちによって、拉致やテロ、敵対種族を使った儀式などの野蛮な行為も双方で報復のように行われていて、終着点が見えないきのこ。魔族という大きな種族でみれば同族であるはずなのに……。同族争い程、醜いものはないきのこ……」
なるほど、きのこたけのこ戦争……。
めちゃくちゃ知ってるよその戦争。
まあ、元の世界での戦争はお菓子の話だし、多分血は流れていないと思う。でも、食べ物のことに関しては、やっぱり燃えてしまうというか。悲しき日本人の
もしかして、語尾問題もそういう感じなのだろうか?
私たちがお菓子の事で譲れない何かがあるように、こちらの世界の魔族も自身の語尾に関しては並々ならぬ情熱を持っているということなのだろうか?
しかし、世界が違うというのにきのこたけのこ戦争がここにも。きのことたけのことは、徹底的に相容れないものなのか。
「だから、気軽にのこは、使えないきのこ」
「そうなんだね」
こちらが心配になりそうなほど、しょんぼりするどんこ婆。
なんとかして、この問題を解決できればいいんだけど――と思い、はたと気づく。
いけるかどうかは分からないが、提案してみる価値はある。
別に、菌床族も地下茎族も、好き好んで戦争しているわけではないようだし。
「……あのさ、これ私の
語尾に素人も
「なにきのこ?」
「菌床族がきので、地下茎族がたけを語尾にしたらどうかな? これなら、ちゃんと別だし種族の違いもでるし争いにならないでしょ?」
どんこ婆はこの提案にポカンとした後、その表情のままへたりとその場に座り込んで震えだした。
うわっ、震えすぎて恐い。
「……て、天才じゃったか」
語尾忘れてるし、今までそんな言葉づかいじゃなかっただろ。
やっぱりきのこは使い辛かったんじゃないか。
「……ありがとうシズク。シズクのお蔭でこの終わりのない戦争にも終結が見えてきたかもしれないきの」
さっそく使い出した。
本当にそれでいいのか私には判断しかねるが、どうやらどんこ婆にとってはこれは衝撃だったらしい。
「今度、そう爺も紹介するきの」
「そう爺?」
「地下茎族の
微笑みながら少し甘い柔らかい口調でそう言うどんこ婆。
おや、このぽやぽやとした甘い空気は……。
「どんこ婆、もしかして……、そう爺と付き合ってるの?」
「!!?」
頬を赤らめて驚いた表情は見せたものの、何も言わず黙るどんこ婆。
それが逆に答えになっている気もする。
私はどんこ婆が喋り出すのを待つ。心の中で大混乱しているであろうどんこ婆に対して、少し意地悪だったかもしれないが。
「――そっ、そんなこと、ああっ、あ、あるわけないきの。ででで、でもそそ、そういう、ことはあの、冗談でも、他の魔物には言わない方がいいかもしれないきの」
「うん、分かった。誰にも言わないよ」
あからさまにほっとした表情に、笑うつもりはなかったけれど、うっかり笑ってしまった。
「な、なんで笑うきの!」
「ふふっ、ごめん。でも、付き合ってることをみんなにバラした方が、戦争は早く終わるかもしれないのに」
「だ、だから付き合ってないきの!! ――それに……、因縁は根深いきの。月に一度、和睦の為にそう爺と会談をすることになってるきのが、時々妨害されて、会談できないことがあったりするあるきの」
「月一回の逢瀬を、邪魔されるのは許せないね!」
「そうきの! その時しかそう爺に逢えないのに――って逢瀬じゃないきの!!」
頭のまいたけから湯気を出して、怒るどんこ婆。
「うんうん、そうだよね。会談だったね」
「真面目な話をしているきのよ!?」
「真面目に両種族と自分たち二人の未来を会談しているんだよね」
「そうきの! ん……? 自分たち二人の未来……?」
「当然でしょ? 自分たちの種族のことだけじゃなく、長たちの未来は、同族たちにとっても大切なことだし、ちゃんと話し合った方がいいよ?」
「? あ、うん、確かにそうきのね……。???」
混乱した顔でどんこ婆は考え込んでしまった。
くっそ~、どんこ婆はどう見てもしわっしわのお婆ちゃんなのに、こんなに胸がキュンキュンして、弄りたくなってしまうのはなぜ?
恋愛に、年齢や見た目は関係ないということだろうか。
誰かを恋愛という意味で好きになったことのない私は、こんな風にクルクルと表情を変える彼女を、ほんの少しだけ羨ましいと思った。
本当に、ちょびっとだけ。
「きのこたけのこ戦争、早く終わるといいね」
「そうきのね。きのこも、頑張ってみるきの」
「うん、陰ながら応援してる!」
どっちも、美味しいからね。
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