第19話 自己紹介は簡潔に 1

 モカ様は頬杖をついて、彼らを不遜に見下ろす。

 その表情は、一枚の絵画のように気高く美しい。スマホがあれば、絶対に写真を撮りまくるのに。あらゆる角度から。


「お前達を呼び出したのは、他でもない。どんこ婆かカダから聞いたとは思うが、勇者の育成に伴い、この魔王城の要所に勇者用の転移装置を組み込もうと思ったからだ」

「ええ、確かに聞きましたわぁ、魔王様。お隣の可愛らしい人間の少女が、それを魔王様に進言したってぇ」


(~~~~!! ~~~~~!!!???)


 サキュバスの色っぽいお姉さんは、私の方を見ながら、その姿にたがわぬ色っぽい声でそう言った。

 サキュバスのお姉さんの声が耳から入った瞬間に、全身がぞくぞくと震えた。これがサキュバスの能力の一つなんだろうか。セバスとは種類の違ういい声。女の私でもこうなのだから、私が男だったらあんな恰好の美人のお姉さんに、こんな色っぽい声で耳元で囁かれたら絶対落ちる。間違いない。


「この娘の名前はシズク。シズク・ナバリ。これから魔王育成を共に手伝ってもらう、異世界人だ」

「異世界人ですとぉ! ゲホッ! ゲホッ!」


 そう驚きの声を上げたのは、でっかい蛸だった。だみ声で、叫んだあと、咳込む。見た目からは分からないが、おじいちゃんなのだろうか。トローチを持ってたらあげるのになあ。


「先々代の魔王妃、我の祖母と同じ。ニホンから来た異世界人だ」

「なんと、ハナエ様と同じ国から――。そうでありましたか」

 

 カダとどんこ婆以外はざわざわひそひそと落ち着かない様子で、私に視線が集中しているのを感じた。

 そのざわめきがある程度納まると、また蛸がモカ様へ言った。


「モカ様。我々の紹介も彼女にしていただけませぬか?」


 でっかい蛸、にょろにょろしながらいいことを言う。目がヤギみたいでちょっと怖いけど。瞳孔が横向きになっている動物の目って、なんであんなに怖いんだろうか。


「そうだな。シズクにカダとどんこ婆以外の者たちの側近の紹介をしよう。一人ずつ、前へ出るがよい」


 一番最初に重々しい足音を立てて前に出たのは、ドラゴンキングだった。大きな体にびっしりと並んだ金色の鱗が、キラキラと光り輝いて美しい。鱗を一枚もらえないだろうか。それ一枚売るだけで、私の所持金問題が解決しそうな気がする。爪と牙も、キングというに相応しい鋭さだ。そして、長い尻尾。あの尻尾で毎回勇者をメキメキと容赦なく砕いているのだろう。


「ドラゴンキングのルドルフ・ドラゴムだ。現在、勇者の生まれた村、イハテ村付近にいる」


 私は、生ドラゴン格好いいなと思いながら見ていたのだが、ルドルフが私に向ける視線が鋭い気がした。敵対心のようなものを、感じるというか。


「オレがドラゴンキング、ルドルフ・ドラゴムだ。魔王様をたぶらかす人間の女だと聞いたが、なんだ、ただの小娘か。いざとなれば殺せばいいだけではないか」


(……ん?)


 誑かすとは穏やかではない。

 一体どこからそんな話が?

 なるほど、彼が私に向ける殺気めいたそれは、どうやら気のせいではなかったらしい。


「誰がそのような事を?」


 モカ様がヒヤリとした絶対零度ボイスでそう問う。

 誰もそれには答えない。

 が、私には誰がそうドラゴンキングに言ったか分かった。こんなことを言うのは、私の事を嫌いなあいつしかいない。

 

(誰が言うの? ――カダでしょ)


 しかし、女の腐ったみたいなことするな。しれっとした顔しやがって、お前のその鼻の穴に折った割箸を思いっきり突き差して抜いてやろうか。鼻血を噴き出しながらそのへんをのた打ち回ってほしい。

 多少イラッとしたので、一応反撃する。


「初対面の方から、そんな小言を言われるほど有名だなんて、光栄です。魔王様を誑かす女などと、私が考えもしなかったことをおっしゃる方がいるのですね。私は、魔王様が私を傍に置く選択をしたことを、六魔天将さんたちに後悔させるつもりはありません。それに、魔王様を裏切ることなど考えていません。裏切ろうにも、私がこの世界で知っているのは、今ここにいる方達だけですから。もし、勇者育成に対して、私の助言が失敗だと判断されれば、私は速やかにこの城から出て行くつもりでいます。それが私がこのお城に置いてもらえる理由ですし、その意味がなくなれば、魔物でない私は、去るのが当然だと思っていますから。ただ……、私の何を見たわけでもないのに、そのようなことを言われる筋合いがあるとすれば、――嫉妬以外に、なにかありますか?」

「嫉妬だと……? 誰がお前に嫉妬など……!!」


 低い声でそう返してきたのは、ルドルフではなくカダだった。

 おい、語るに落ちてるぞ。


「今日逢って、数回助言しただけの私のことを話すのに、嫉妬以外にそんな風に嫌みな伝え方をする理由を教えてよ。いきなり出て来て魔王様に気に入られた私が目障りなのなら、はっきりそう自分の口で言えばいいのに。まあ、カダに言われたからって、何もしないけどさ。他の人に私を攻撃させるのは楽しい? 他の魔物に言わせれば、私がヘコむとでも思ったの?」


 その私の返答に、歯噛みしながらカダがものすごい形相で睨んでくる。

 ルドルフは、そんな私を見てにやりとその口角を上げて笑った。


「グハハハハハハハ!!」


 大笑いするルドルフ。彼はその笑い声で魔王城を震わせた。

 その巨体で笑うと、建物が揺れるんだなあ。凄い笑い声だなと、割と冷静に私はそれを聞いていた。


「ルドルフ、笑うのをやめろ。やかましい」

「し、失礼しました、魔王様」


 少し、耳がキーンとしている。

 モカ様はカダを見下しながら先ほどと同じ冷え冷えとした声で、告げた。


「カダよ、お前は我の親衛隊長。別にシズクと仲良くしろとは言わないと前にも言ったな。だが、そのようなくだらない話を他の者にして、シズクを孤立させるようにはかるのであれば、我にも考えがあるぞ」

「!! い、いえ……その……」


 明らかに動揺するカダ。


(ざまあ!! もっと言ってやってモカ様!)


 こんな姑息な奴、他へ飛ばせばいいと思う。口に出せばカダと同じになるので、口が裂けてもそんなことは言わないが。

 しかし、ルドルフが冷静にその会話に割って入る。


「魔王様、オレが悪いのです。カダの言うことを真に受けたわけではありませんが、試したかった。魔王様の傍にいるものは、ただの魔物でもただの人間でもダメなのだと、オレは思っています。忠誠心だけではなく、芯の強さがなければ。すぐに折れるような者では、魔王様の傍に置くのに相応ふさわしくない。その点、シズクは合格でしょう。オレも、魔王様が好みそうな、面白い娘だと思いました。まあ、彼女の働き如何いかんを見てから、本当の判断を下したいとは思いますが」


 すごく好感度の高いフォローをしてくるルドルフ。

 カダよりルドルフを傍に置くことを進言したい。……傍に置くには、ちょっと大きすぎるか。


「フン、ルドルフに助けられたな、カダ」

「……」


 この瞬間に、カダのがぐんと上がった気がした。殺したい値なら私も負けてないぞ。


「では、続いていくぞ」

「次はアタシですねぇ、魔王様」


 ルドルフが下がり、童貞を殺す服を着たサキュバスが、羽根をはためかせながら前に出て来る。


「サキュバスクイーン、キュルム・キュラリアだ。彼女は現在の配置はまだ決定していない。なにせ、勇者が生まれた村からまだ出発できていないからな」

「あっ、勇者がイハテ村を出られない問題なら、今日中に解決すると思うよ」


「「「「「「「「「!!!???」」」」」」」」」


 魔王様とカダと六魔天将と開発部長は、驚きの表情を見せる。セバスだけはポーカーフェイスだった。


(やめて、ほんと。ほんとに恥ずかしい)


 少し考えたら分かることでそんなに驚かれると、こちらが恥ずかしくなる。


「今日中……? 旅立って三週間、勇者は生まれた村で足止めを食らっているというのに?」


 わなわなと震えながらそう言うルドルフ。

 『誰のせいだよ?!』と、口をいて出そうになった。

 勇者が足止め食らってるのはなんでだと思ってその発言をしてるの? 痴呆症的ななにか?

 

「いや、だって今――」

「魔王様――っ!!」


 私が説明しようとした瞬間に、急いで扉から入ってくる影。

 顔は黒猫だが、黒い忍び服を着て二足歩行をしている。そのマスコットのような魔物は、小さく息を切らせて「ニャッ! ニャッ!」と言いながら転がり込む様に入ってきて、キュルムの横で膝をついた。


「なんだ、騒々しい。魔王様の前だぞ、もう少し静かに入ってこれないのか」

 

 黒猫の魔物は、カダの小言も耳に入らない様子で、息を少し整えてからモカ様へ告げる。


「こ、こころしてお聞きください魔王様!! た、たった今――!! 勇者が、隣村に着きましたニャ!! そしてレベルも……3から10に……!!」

「なんだと――っ!?」


 良かった、勇者がちゃんと隣村に着けて。

 まあ、当たり前の事なんだけど、思ってるより早かったな。

 

「だから言ったでしょ?」

「「「「「「「「「「!?!!???」」」」」」」」」」


 私のその言葉に、どよめきが起こる。

 「なぜ分かったのだ」「まさか、この娘……」「預言者?」「早く、魔王様とシズクと露天風呂に入りたぁい」などという声が聴こえた。

 全然関係ないこと言ったのはキュルムだ。声で分かる。私も、ちゃんとしたお風呂に早く入りたいな。


「まさか、シズクお前……、こうなることを予測していたのか?」


 予測も何も……。


「そりゃ、ルドルフさんさえいなくなれば、当然隣村には普通に着けるでしょ? 曲がりなりにも、神様の加護を持ってる勇者なんだし。最初の村から隣村まで、そんなに遠くないだろうし」


 絶句する魔物たちに、私は続けた。 

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